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2022年6月号特集

Vol.291 | 英語の習得を邪魔する日本語の知識

敵を知るにはまず味方から。頭の中の日本語の仕組みを知ろう

written by 船津 洋(Hiroshi Funatsu)


※本記事のテキストは引用・転載可能です。引用・転載する場合は出典として下記の情報を併記してください。

引用・転載元:
https://www.palkids.co.jp/palkids-webmagazine/tokushu-2206/
船津洋『英語の習得を邪魔する日本語の知識』(株式会社 児童英語研究所、2022年)


どうして英語が聞き取れない?

どうして英語が聞き取れない? 日本人が英語を聞き取れないのには、いくつか理由があります。ひとつ目は「音素の違い」、ふたつ目は「音節構造の違い」です。
 日本語と英語では、音の在庫が異なります。英語の母音が少なくとも9や10あるのに対して、日本語には5つしかないことからも、このことは自明でしょう。また、英語が子音連続(’str’, ‘kst’…)や子音で終わることを許すのに対して、日本語ではそれが許されていないことも、感じ取ることができるのではないでしょうか。さらに日本語には、特殊拍という厄介な存在があります。
 それら英語と日本語の差を克服しないと、英語の聞き取りはいつまで経っても上達せず、発音も日本語訛りのままです。しかし、この問題の克服は、幼児期であれば音声のインプット、小学生であればインプットとアウトプット、中学生以上はアウトプットしながらのインプットで解決することができます。
 今回は、日本語と英語の違いと、日本語の特殊性をざっと眺めながら、「パルキッズ」で学習している子どもたちが、どのような困難をいとも簡単に克服しているのかを見ていくことにしましょう。


絶望的に聞き取りも発音も出来ない音は???

絶望的に聞き取りも発音も出来ない音は??? ひとつ目の「音素の違い」の代表選手は、 /l r/ の聞き取りでしょう。英語では /l r/ は音素です。音素とは、その音が現れる言語内において「意味の差を生じる音」のことで、従って英語では ‘light’ と ‘right’ のように /l r/ が入れ替わると、語の意味が変わってしまいます。例えば、日本語では /l/ 音で「ラーメン」と言おうが、 /r/ 音で「ラーメン」と言おうが、どちらも同じ対象を指し示しています。
 この /lr/ 問題、厳密に言えば、日本語には [l](側面開放音)も[r](震え音と呼ばれる音)も存在しません。さらに言えば、[ɹ](接近音)で発音される米語の /r/ 音もありません。日本語の「ラ行」に一番近いのは [ɾ] の音で、これは「ラララララ♪」と言うときに生じる、はじき音と呼ばれる音で米語では ‘water’ なども [ɾ] と発音されます。日本語のラ行は、音素記号では /r/ ですが、日本語表記のシステムであるローマ字でも ‘r’ と表記されるので、ローマ字を習う3年生以降、日本語のラ行音と、米語の /l r/ が混同されてしまうのも仕方がありません。
 これら /l r ɾ ɹ/の違いを具体的に聞いてみたい方は、Uvic のサイトを参照してください。実際に音が聞こえます。

 他にも /v/ を /b/ に置き換えることも起こります。英語では意味が変わってしまうふたつの音(/b v/)を、日本語のひとつの音(/b/)として聞き取るのです。従って ‘vest, best’ はいずれも「ベスト」となります。
 これは /θ s/ のペアにも言えます。 ‘thank, think, thought’ などは「サンク、シンク、ソート」とサ行音の/s/として聞き取ります。このあたりは比較的表面的な違いなので、一般的に良く知られていることです。しかし、それだけではないのです。

 絶望的に日本人が聞き取れず、発音もできないのは /dʒ ʒ/ です。日本語では /ʒ/ のみの音は通常使われません。必ず /d/ とくっついて「ザ行イ段」と「ダ行イ段」の「ジ、ヂ」( /dʒi/ )の音として発音されます。( /d/ がつくことで一度舌が歯茎の少し奥に接触します。)
 しかし、英語には ‘leisure, measure’ などで /ʒ/ の音が出てきます。すると脳が勝手に日本語の/dʒ/ に変換して聞き取ってしまい、また /ʒ/ の発音をしたことがないので、口にするときも/dʒ/ に変換して、/liʒɚ/ ではなく /lidʒɚ/ 、/mɛʒɚ/ ではなく /mɛdʒɚ/ と発音するのです。  これは /dz, z/(日本語では「ヅとズ」)のペアにもいえることです。

 それに比べれば学習が楽なのが /f/ の音でしょう。/f/ を「ファ行」([ɸ])の音として聞き取ったりするのも、同様に、日本語の音韻知識で英語を聞き取ろうとすることから生じます。「ファ行」と「ハ行」は、ウ段で中性化(同じ音になること)して「フ」となります。英語では、’food’ と ‘who’d’ は、それぞれ /fud/, /hud/ と発音されますが、日本語には /f/ の音がないので「食べ物」は「誰が(する)?」と同じ音となります。


音素の違いは克服できる

音素の違いは克服できる 上で見たような音素の違いは、音のカテゴリーの仕方の違いによって生じます。母音の話を繰り返すと、英語の/æ ɑ ʌ/は ‘hat, hot, hut’(/hæt hɑt hʌt/)の発音の違いを生じさせますが、日本人の耳にはすべて「ア」としか聞こえません。英語では細かく分ける母音の空間を、日本語ではひとまとまりでカテゴリー化しているのです。この「音のカテゴリー化」という考え方がとても重要になります。

 こういった音素の違いを学習する過程は、様々な角度から研究されています。移民などの第二言語習得に関する研究では、Flege(Dr. James Emil Flege)のSpeech Learning Model (SLM)があります。ここでは大前提として「母語の音声カテゴリーの学習に使われる仕組みは外国語習得にも利用可能である」としている点が特徴的です。
 幼児が外国語の習得が得意なのは当然ですが、大人でも母語習得の時に音声カテゴリーの学習の仕組みを使っているわけです。そして、それが生涯にわたって外国語学習にも利用可能であるとは、何とも嬉しい話ですね。

 SLMではさらに「子ども時代に確立された母語の音声カテゴリーは、外国語の特性を反映しつつ生涯にわたって進化する」ともあります。こちらも、「パルキッズ」に取り組んでいる子どもたちはもちろんのこと、大人の学習者にとっても心強い理論です。
 また、外国語の音声カテゴリー(例えば上記英語の母音の分類の仕方)は、母語とは別の場所に新しく記憶されるのではなくて、母語のカテゴリーと同じ場所に、しかも母語と外国語の差を保とうとしながら存在するともされています。これは、つまり、帰国子女などの日本語の子音や母音の発声の仕方が、微妙に日本語モノリンガルの発音と異なるようなケースにも観察されます。

 もうひとつの切り口は、Best(Catherine T. Best)のPerceptual Assimilation Model (PAM)という、外国語の経験のない話者が未知の言語をどのように知覚するかの研究で、それを外国語習得に当てはめることが行われています。
 ここでは、母語にはない音声対立(例えば /lr/ )を聞いたときに、両方の音が程度の差はあれ知覚される方法を3つに分けています。
 外国語の2つの音が母語の2つの音として知覚される Two Category(TC) は、最も学習が簡単で、例えば、英語の/p b t d k g/などが挙げられます。これらはそれぞれ日本語の「パ・バ・タ・ダ・カ・ガ行」と対応しているので学習に困難はありません。
 次に学習が楽なのは、Category Goodness(CG) と呼ばれる対立で、英語の /ɑ æ/ が挙げられます。前者の /ɑ/ は日本語の「ア」と同じ音で、後者の /æ/ は/ɑ/程ではないけれども「ア」に近い音と感じられます。この場合、学習はスムーズに進みます。
 学習が進みにくいのは、Single Category(SG) と呼ばれる対立で、外国語の2つの音が母語の1つのカテゴリーに等しく収まっているケースで、これには /lr/, /bv/ などが含まれます。これらは弁別がとても困難で、学習もなかなか進みません。
 また別のケースとしては、外国語の2つの音の片方がカテゴライズされて、もうひとつがカテゴライズされないケースがあります。強いて例示すれば、英語の「シュワ」と呼ばれる曖昧母音 /ə/ は、日本語の母音空間のちょうど真ん中辺りにあって、「ア」にも「ウ」にも聞こえる音です。これは範疇化されない特殊な音なので、特徴的であり、学習も楽に行われます。留学生がまず覚えるのがこの音です。

 このような研究では、一般論として学習年齢が低い方が学習効率が高いとしていますが、もちろん、我々大人や中高生でもインプットの質と量が担保できれば学習は進む、というように仮定しています。


音素のたかまり「音節」の仕組みも違う

音素のたかまり「音節」の仕組みも違う ここまで述べてきたのは音素の違いで、それらは大量のインプットによって学習されると同時に、上記参照リンクなどでの補助的な学習でその違いを「理解」することでさらに学習がはかどります。
 ちなみに僕は、中学時代の塾の先生が英語の音声にうるさい方で、正確な発音をみっちり仕込まれたので、留学時代の聞き取りの上達のスピードなどにも好ましい影響を受けていたと、当時を振り返って今更ながらに感謝している次第です。

 さて、音素の次には「音節構造の違い」という大問題が控えています。

 一言でいえば、英語の閉音節性と日本語の開音節性が引き起こす様々な問題です。日本語では、促音(そくおん:「っ」)や撥音(はつおん:「ん」)などの特殊拍を除くと、音節が母音で終わるように制約されていることが、問題の核心です。
 もう、これは日本語の規則なので、我々も知らないうちに、この規則に則った言語の処理をしています。つまり、英語をはじめ日本語以外の言語を聞き取るとき、「そこには存在しない母音」をわざわざ当てはめてみたり、話すときにはひとつひとつの子音に「母音を足してやる」など、気の遠くなるような作業を無意識のうちに行なってしまうのです。
 
 この開音節性が引き起こすのが、リンキングができない状態です。英語では、語が子音で終わることができるので、そこに母音で始まる語が続くと、語末の子音と語頭の母音がくっつく「再音節化」という現象が起こります。
 なぜ語末の子音と語頭の母音がくっつくのか。音韻論の世界では、語末の子音は不安定で「母音とくっつきたがっている」と考えられています。例えばこんな具合です。

 finish it up → fi ni shi tup

 語末の sh が後続する語の i とくっつきます。語境界が消えているのが分かります。これが再音節化です。さらに、後続する語の語末も p なので不安定です。すると、

 finish it up in an hour → fi ni shi tu pi na naur

 このように、どんどんくっついていってしまうのです。英語は分かち書きされ、ひとつひとつの単語がはっきり分かれて見えますが、ここでは語境界が消えてしまっています。つまり、書かれているようには発音されない。英語は表音文字でありながら、書かれているものと音声とでは現れ方が異なるのです。


日本語は英語とは別のやり方で「不安定さ」を解消する

日本語は英語とは別のやり方で「不安定さ」を解消する 一方の日本語は開音節ですので、母音で終わります。母音で終わるということは、構造的に安定しているので、なかなか再音節化は起こりません。
 平安中頃から中世にかけては、一部で連声(れんじょう)と呼ばれる再音節化が起こっていました。例えば、「天皇」は本来「てんおう」ですが、子音の「ん」に母音の「お」が後続するので、それらがくっついて「の」になる再音節化が起こっています。新しいところでは「反応」なども連声ですが、今日では「ん」の立場が変化したのか、そのような現象は見られなくなっています。
 他にも「三位一体」の「さんみ」などは「さm」と「い」が再音節化されて「さんみ」となっています。こんなところから、当時の数字の「三」は「さん」ではなく「さm」と発音されていたことが分かったりするのも興味深いのですが、そんなこと思うのは僕ぐらいでしょうか?

 余談の余談ですが、世界の言語をみると、開音節の方が圧倒的に多いのです。つまり日本語はマジョリティーに属する体系で、逆に閉音節の英語の方がマイノリティーと聞いて、なぜか少し安心して胸をなで下ろすのも僕だけかも知れません。

 さて、いずれにしても日本語は母音で終わるので、次の語が母音で始まっても再音節化が起こりません。
 これは、(日本語の音韻体系のフィルターを通して)我々が聞き取る英語も同じことで、我々が知覚した英語も、いちいち母音が挿入されて「開音節」に変換されているのです。従って、我々日本人が話す英語も、すっかり日本語化した安定している音節構造なので、自立していて他の音とくっつく必要が最早存在しないのです。

 fi ni s shu i t to a p pu in an aur ※(単独の s, t, p は「ッ」に相当して一拍取ります)

 英語の場合の再音節化でも、結果として子音+母音で安定した構造になっていましたが、日本語は再音節化というやり方ではなく、母音挿入というやり方で不安定な英語の音節構造の安定化を図っているです。
 母音挿入に関しては、『パルキッズ通信2022年4月号』でも触れているので、「幻のu」の段を参照してください。


再音節化は出来る!!

再音節化は出来る!! 母音挿入は、これは日本人の性ですので、ある程度仕方がないとしても、意識すれば「母音挿入」でなく「再音節化」で英語の不安定さを解決し、英語らしい英語を口にすることは可能です。
 そもそも平安時代にも一部の音素において行われていたことですので、現代人の我々ができないことはありません。
 それが証拠に、再音節化してみてください。
 jump in → jum pin 「ジャンピン」
 stand up → stan dup 「スタンダップ」
 get up → ge tup 「ゲタップ」
 make up → mei kup 「メイカップ」
 come in → co min 「カミン」

 いかがでしょう。リンキングできますよね。/pbtdkgfvm/ や ‘th, sh’ などで終わる場合も次に母音で始まる語が来れば、それほど困難を伴わずにリンキングはできるのです。

 しかし、少し心がけてもリンキングできない子音もあります。それが撥音(「ん」)なのですが、その “発音” の仕方だけでなく、「モーラ」という日本語独特のリズムも関わってくるので、少し厄介です。これに関しては次の節で述べることにします。


根が深い特殊拍問題

根が深い特殊拍問題 さて、日本人が英語を聞き取ったり、話したりすることに関して、障害となっている音素の違い、音節構造の違いに関してここまで見て参りました。
 既に述べたように、私たちすべての日本人は、日本語に存在しない新規な音の学習はもちろんのこと、日本語とはカテゴリーの異なる英語の音の学習もできるし、また日英の音節構造の違いによるリンキング問題も乗り越えられることが分かりました。

 しかし、もうひとつ問題が残っているのです。それが「日本語の音節構造が開音節である」という一般的なルールに従っていない「一部の特殊拍の問題」です。

 特殊拍とは、日本語では長音、促音、撥音を差します。この順番は、問題が少ないものから多いものへと並べてあります。引き続き見ていくことにしましょう。

 長音とは、「エイ」が「エー」、「オウ」が「オー」になるような現象を含んでいて、例えば、大学名の「慶應」は /keiou/ ではなく /keeoo/ と発音されます。日本語では、子音+母音あるいは母音が「モーラ」というひとつの空間を支配します。従って、 /keeoo/ には四つのモーラがあり「ケイオウ」と4拍(モーラ)で発話されることになります。
 手で叩いてみれば分かりますが、一般的に「ケイオウ」には4拍が当てられます。この点、英語では /kei.ou/ は2つの音節と見なされて2拍で発声されます。このあたりが少し違いますが、特殊拍の中でも長音はそれほど問題ではありません。

 ところで、「聞いて」と「切手」を口にしてみると何が違うでしょうか。前者は /kiite/ で後者は /kitte/ と表記されます。使用している音は両方とも同じですが、「聞いて」つまり長音の方は、同じ母音(i)を1モーラ(より通常短い)分、伸ばしているのに対して、「切手」つまり促音は /ki/ と /te/ の間に1モーラ(より通常短い)分、音声の空白(t)を入れています。決して小さく「ッ」と呟いているわけではありませんね。


‘water’ を「ワラー」と言わせない、邪魔する促音

'water' を「ワラー」と言わせない、邪魔する促音 ’cat, cut, cot’ を考えてみることにしましょう。これら外国語は日本語の音韻フィルターを通って、それぞれ /kyatto, kʌtto, kɑtto/ に自動変換されます。
 よく見てください。それぞれ /kya, kʌ, kɑ/ と /to/ という2モーラの間に1モーラ分の /t/ が挿入されて3モーラになっています。英語では /kæt, kʌt, kɑt/ とそれぞれが1音節です。
 少し付け加えると、もちろん、アメリカ人は、’cat’ /kæt/ を日本人のように「拗音」(ようおん:「ャ」等)とは感じません。それが証拠に、日本語の読み書きの初学者である外国人に /kæt/ を仮名で表記させると「カトゥ」となります。これだけ見ても、アメリカ人と日本人では、ずいぶん異なるフィルターを通して音声を聞いていることがお分かりいただけるでしょう。

 しかし、まぁ、単独で発話される場合には ‘cat, cut, cot’ /kæt, kʌt, kɑt/ を /kyatto, kʌtto, kɑtto/ と発音しても、それほど問題はありません。しかし、接辞をつけたり母音を後続させたりして再音節化させてみると、別の問題が見えてくるのです。

 例えば、’cut up’ は日本語のフィルターを通ると /kʌ.t.to.ʌ.p.pu/(ピリオドはモーラの境界)と6モーラになります。「カットアップ」で手を叩くと分かります。しかし、英語ではこれは /kʌ.ɾʌp/ の2音節です。これの何が問題なのかというと、英語の方を見ると ‘ʌ’ と ‘ʌ’ に ‘t’ が挟まれています。
 本通信の読者の皆様であればお馴染み、母音に挟まれた /t/ が [ɾ](「ラ」)になる「母音間叩き音」が発生する環境となるのです。(例 : ‘water’, ‘a lot of’ の /t/)  しかし、日本語のフィルターを通ると ‘t’ の環境は母音間ではなくなってしまいます。するとこれらの語の並びや語を促音で知覚することで、極めて米語らしい「ワラー(’water’)」のような発音ができなくなってしまうのです。
 仮に頑張って’cut up’ の ‘t’ や ‘p’ に、母音がつかないように踏ん張ったとしましょう。すると /kʌ.t.tʌp/ と3音節になります。日本語フィルター丸出しの6音節の /kʌ.t.to.ʌ.p.pu/ よりは余程英語らしい発音となりました。
 しかし、それでも促音分の ‘t’ の一拍が入ることで、母音間の叩き音現象を作り出すことができなくなっています。英語を口にするときには、日本語らしさを醸し出す促音をなくすように意識すると良いのです。

 「促音(「っ」)をなくす?」どういうことだ、と感じる方もいらっしゃるかも知れません。簡単な話です。日本語の促音では「1モーラ分の空白がある」と書きましたが、その空白の正体は、声門の一時的な閉鎖です。口にしてみると分かると思いますが、促音の間は一拍分声帯をピタッと閉じているのです。それをやめれば宜しい。すると /kʌ.t.tʌp/ が /kʌ.ɾʌp/ と極めて米国英語らしい発音となるわけです。

 さて面倒な話が続きますが、もうちょっとで、終わりです。

 ちなみに、こんな記事、読んでも役に立たないとお考えの方もいらっしゃるでしょう。もちろん、我が子の英語がしっかりしていれば良いわけで、ご自身の英語力の向上に関心のない方もいらっしゃいます。
 しかし、ですよ、これらのことを知っておくことで、我が子がポロッと上記のような英語らしい発音を口にしたときに、それが単なる猿まねではなく、「おお、我が子は日本語の音韻フィルターの軛から逃れて、英語の音韻知識を手に入れたのだ」と理解することができるのです。

 最後、もう一踏ん張りです。次に最も厄介な撥音「ん」の音へと進めます。


日本語の一番の特長、柔軟そうで頑固な「ん」

日本語の一番の特長、柔軟そうで頑固な「ん」 日本語の撥音「ん」を、皆さんは何通りのやり方で発音しているでしょうか。
 教科書的には、少なくとも5通りの「ん」があるとされています。試しに、「本邦、本島、本校、本」と発音してみてください。特に「ん」に相当するときに、口や舌の形や位置がどうなっているのかに気をつけてみると、お気づきになりますでしょうか。
 「本邦」/honpoo/では、/n/ が/m/ で実現され、実際には /hompoo/ となっています。
 「本島」/hontoo/ では、/t/ と /n/ がそもそも同じ歯茎の位置で発音されることから /n/ で実現します。
 「本校」/honkoo/ では、/n/ は歯茎から後ろの方に移動して、/k/ の位置で発音される /ŋ/ となり、実際には /hoŋkoo/ と発音されています。この /ŋ/ の音は ‘song, sing, king…’ などの語末の音です。また、母音に挟まれる特殊な環境では鼻音化します。

 ご覧いただくと分かるように、日本語の撥音「ん」は後ろに続く子音の唇や舌の位置に同化するのです。
 と、ここまでは良いのですが、最後の「本」/hon/ はどうでしょう。

 後ろに続く子音がないので、唇や舌が行き場を失ってしまっているのです。そして、ある人は「ご飯」というときに口を閉じて /m/ と発音したり、外国人は素直に /n/ と発音したり、またある人は /k/ に同化する場合と同様に口を開けて /ŋ/ の音で調音したりします。

 しかし、教科書的には同化しない場合の撥音の「ん」の基本的な位置は、口蓋垂(いわゆる「のどちんこ」)とされていて、/ɴ/ で表されます。「か」と言ってみれば分かりますが、舌が当たっている部分が軟口蓋です。そこに同化する鼻音の /ŋ/、つまり「本校」の「ん」は鼻濁音とも呼ばれています。そして、その軟口蓋よりもっと奥の方の口蓋垂の位置が撥音「ん」の中立位置なのです。

 それらを踏まえてもう一度「本邦、本島、本校、本」と言ってみましょう。これが「ん」の正体だ!と何となくでも分かっていただければ幸いです。お互いの努力に感謝しましょう。


「ん」は /m, n, ŋ, ɴ/ であって、/n/ ではない

「ん」は /m, n, ŋ, ɴ/ であって、/n/ ではない さて、この撥音「ん」です。これを /n/ と勘違いしている人が少なくない。「ん」を /n/ で発音する分には、「ちょっと変なしゃべり方だな」という程度で大した問題もありません。しかし、その逆は大問題、つまり /n/ を「ん」で置き換えると面倒なことが起こります。そして、これが、日本人が英語の聞き取りや発音が下手な理由の重大な部分を占めているのです。

 英文 ‘I’m in on it.’ は日本語フィルターを通ると /a.i.mu.i.ɴ.o.ɴ.i.t.to/ となります。注意すべきは ‘in, on’ の ‘n’ がそれぞれ撥音の中立位置の /ɴ/ で発音される点です。これは英語の /n/ と日本語の「ん」が同じであるという誤った理解から、撥音の /ɴ/ で英語の /n/ を置き換えてしまっていることによります。

 なぜそんなことになってしまうのでしょうか。なぜ「ん」を中立位置の /ɴ/ で置き換えるのでしょうか。

 これには日本語の発音の習慣で説明できます。皆さんも「ん」を /ɴ/ で置き換えているのをご実感いただくために、試しに「安易」と言ってみてください。/a.ɴ.i/と3拍で発声しているはずです。仮に /a.n.i/ と /n/ で発音していると、自然に /a.ni/ つまり「兄」の音になるはずです。いかがでしょうか。
 アメリカ人などは、/ɴ/ の発音ができないので「安易」は /ani/ となってしまい、例えば「健一さん」も /ke.ni.chi.san/(「けにちさん」))となってしまうのです。僕が研究している「音韻」も、「ん」を /ɴ/ で言うので「おんいん」となりますが、/n/ で発音してしまうと /onin/ つまり「おにん」となってしまいます。


まるで日本人のように空気を読めたり,頑固だったりする撥音

まるで日本人のように空気を読めたり,頑固だったりする撥音 上記のように、英語の ‘n’ を日本語の撥音「ん」と混同していることによって、撥音の /ɴ/ が英語の ‘n’ が登場する度に首をもたげることになってしまいます。
 本当に、これで最後の最後ですが、しかしながら、もうひとつ撥音には重大な特徴があります。「頑固」なのです。

 撥音は、後ろに来る子音の唇や舌の形に同化する、言い換えれば空気を読めるという、極めて日本人的な性質(?)を持っています。ところが、同時にこれが非常に頑固なのです。

 外来語を見ることにしましょう。例えば、運動として走ることや袖のない体操用の下着を外来語で何と言いますか?

 おそらく「ランニング」と答えたのではないでしょうか。例えば、’plan’ に ‘ing’ をつけるとどうなりますか。こちらもおそらく「プランニング」でしょう。
 この両者に共通しているのはもちろん「ン」です。それぞれ2カ所に「ン」が登場しますが一番目の「ン」に気をつけてもう一度口にしてみて下さい。
 おそらく「ン」の時には舌先は下がっていて口を開いた状態で発音していると思います。これが /ɴ/ の音です。そしてキチンと「ン」で一拍取った後に、なんと /n/ やその少し後方の位置に舌を持っていって「ニ」と発音しているのです。
 これを同化と呼ぶかどうかは悩ましいことですが、不思議な振る舞いをしていることだけは間違いないでしょう。

 ちなみに、これを音素記号で書くと /pulɑɴniŋgu/ となります。英語っぽくするためには、まず同化(っぽいことを)しているにも関わらず、どかっと場所を占めている /ɴ/ を発音しないことです。すると /pulɑniŋgu/ となります。さらに最初の /u/ と、母音を追加することで破裂してしまっている最後の /gu/ をなくせば /plɑ.niŋ/ となり、これで英語の発音のできあがりです。

 日本人は、外国人の名前にも /ɴ/ をつけてしまいます。例えば、’Anna’ や ‘Hanna’ も /a.ɴ.na/, /ha.ɴ.na/ と発音します。両方とも、モーラ1つ分を陣取っているこの頑固な撥音 /ɴ/ を取れば、英語の発音になるのです。
 また、前出の ‘I’m in on it.’ の ‘in on it’ の部分も /i.ɴ.o.ɴ.i.t.to/ ではなく、まずリンキングさせて /i.ɴ.no.ɴ.ni.t.to/ と2カ所に /n/ を出現させ、その後撥音の /ɴ/ と促音の /t/ と最後の母音挿入の /o/ を取れば /i.no.nit/ と英語の発音になるのです。


子どもの発音を注意深く聞きましょう

子どもの発音を注意深く聞きましょう お疲れ様でした。今回は僕も疲れたので、いつもより短か目に終わることにします。
 よくぞここまで読んでくださいました。改めて感謝申し上げます。何のための感謝かというと、ざっとでも構わないので、母語である日本語の知識がフィルターを作ってしまい、耳から入ってくる英語を、そして口からでる英語を歪めていることにお気づきいただけたことに対する感謝です。
 昔から「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」などと言われますが、まさにその通り。英語の発音の癖を知ることも確かに大切ですが、まずは自分の日本語脳がどのような仕組みで動いているのか、その日本語脳が無意識のうちに英語をどのように歪めてしまっているのかを知ることは大変意義のあることです。
 もちろん、ご自身の英語力の向上のためにも大いに役立つことですが、翻ってみれば、このような知識を持つことで、お子さんが口にする英語にどんなフィルターがかかっているのかを観察することができるようになるはずです。
 母音挿入があるのか、モーラが確立されてきたのか、再音節化が行われているか、撥音や促音がどのように口から出てくるのか、などなど今まで見えなかったことが、目の前に現れるようになることでしょう。
 この稿が、皆様やお子さまたちの英語教育に少しでも役立てることを心より祈っております。


【編集後記】

今回の記事をご覧になった方におすすめの記事をご紹介いたします。ぜひ下記の記事も併せてご覧ください。
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特集イメージ9 児童英語研究所・所長、船津洋が書き下ろした『子どもの英語「超効率」勉強法』(かんき出版)でご紹介しているパルキッズプログラムは、誕生してから30年、10万組の親子が実践し成果を出してきた「超効率」勉強法です。書籍でご紹介しているメソッドと教材で、私たちと一緒にお子様をバイリンガルに育てましょう。


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プロフィール

船津 洋(Funatsu Hiroshi)

1965年生まれ。東京都出身。株式会社児童英語研究所・代表取締役。上智大学外国語学部英語学科卒業。実用英語技能検定1級取得。30年以上に渡る幼児教室・英語教室での教務を通じて幼児の発達研究に携わるかたわら、「パルキッズ」などの英語教材を始めとした幼児向け教材を多数開発。また、全国の幼児・児童を持つ親に対して9万件以上のバイリンガル教育指導を行う。講演にも定評があり、全国各地で英語教育メソッドを広めている。著書に20万部のベストセラーを記録した『たった80単語「読むだけで」英語脳になる本』(三笠書房)をはじめ『どんな子でもバイリンガルに育つ魔法のメソッド』(総合法令出版)『ローマ字で読むな!』(フォレスト出版)『英語の絶対音感トレーニング』(フォレスト出版)など多数ある。

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