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2024年4月号特集

Vol.313 | 日本人が英語下手な本当の理由

英語の習得ではなく日本語の干渉が問題

written by 船津 洋(Hiroshi Funatsu)


※本記事のテキストは引用・転載可能です。引用・転載する場合は出典として下記の情報を併記してください。

引用・転載元:
https://www.palkids.co.jp/palkids-webmagazine/tokushu-2404/
船津洋『日本人が英語下手な本当の理由』(株式会社 児童英語研究所、2024年)


英語ができない理由アレコレ

英語ができない理由アレコレ 日本では、英語産業は廃れることがありませんね。受験生は英語から逃げた段階で、進学できる学校のランクがグッと下がるのが日本の受験制度の奇妙な特徴です。まぁ、決まっているんだから仕方がないですけれど。そんな中、大学進学率が6割ほどですので、ひと学年100万人で計算しても、高校生だけで180万人の英語マーケットがあることになります。また、中学生も三学年で300万人と想定して、全国の高校の数が5000校弱で、その1割強の中高一貫校を除けば、ざっと250〜270万人が高校受験をすることになります。そこには英語が受験科目として課されているので、中高合わせて430〜450万人が受験英語マーケットの規模となります。
 英語が必要とされるシーンは受験だけではありません。就活においてもスキルアップにおいても英語が必要とされることがあります。また、英語学習はダイエットや美容関連と並んで、コンプレックスビジネスとも呼ばれることがあるように、日常で英語を必要としない人までが、英語力を求めて彷徨い歩いています。そして、そんな人たちをターゲットとして英語学習本がいまだに売れているようです。もっとも、最近では書店からオンラインレッスンへと河岸を変えているようで、活発にウェブ上で広告が打たれています。

 さて、理由はともあれ、英語ができるようになりたい人がいるわけです。問題は、その中身です。英語ができるようになりたいというのは、具体的にはどうなりたいのでしょうか。「英検準1級」なり「英検1級」をとりたいとか具体的な目標があれば、それに向けて勉強なり何なりすれば良いのですが、「海外旅行に行くから」とか「英語で話す友達が欲しい」などとなると、はてさてどうしたものやら。最近ではイベントボランティアで英語を話したい、などということもあるようです。
 そうなると、何が目標なのかが明確ではありません。海外旅行で使う英会話くらいであれば、拙著『英語で旅するハワイ』(総合法令出版)とか『2時間で「話せる・わかる」トラベル英会話』(大和書房)などをご活用いただければ、十分に足ります。おそらく、それらの本に載っている以外の英語表現を相手が使うことも、こちらが使うことも稀でしょう。しかも、高校まではほぼ義務教育の今日の日本です。これらの書籍に書かれている英文などは理解できない人など皆無のはずです。つまり最短、本を読む時間、2時間ほどあれば必要な “英会話” はマスターできることになります。もちろん、 “旅行先で困らない程度の” との脚注付きであることは言うまでもありません。また、先方が予想外のことを話し始めたら「ちんぷんかんぷん」になることも付け加えるまでもないでしょう。
 最近良く見かけるのは、「一日30分」、「たった7日間」で「英語が話せる」、「英語がペラペラに」というキャッチです。ちなみに、我らが『7-day English』 も「最短7日」を謳っているので、「同じじゃないか」と感じる向きもあるかもしれませんが、そんなことはない。我々が謳っているのは「英語がペラペラ」でも「英語が話せる」でもなく、「英語が変わる」ですので、混同されませんよう。

 しかし、英語が「ペラペラ」とか「喋れる」というのは、どういうことでしょうか。確かに、日本人の英語は通じないことが少なくありません。理由は簡単、日本語の文をそのまま英訳と英文法に置き換えているからです。例えば「何食べたい?」「私は鰻かな?」という会話があったとします。それをそのまま英語に置き換えると “What do you want to eat?” “I may be an eel.” 、つまり「私は鰻かも」となります。この問題を解決するためには、分裂文に置き換える方法があります。つまり、「私が食べたいのは鰻です」と日本語を一旦置き換えて、その上で英訳すると ‘It is eel that I want to eat.” となります。まぁ、こっちのほうが間違いなく伝わりますね。このように、より相手に伝わりやすい英文を作文する練習は、英会話力向上の為には有効かもしれません。もちろん、いつも分裂文で話す人がいたら「新手のヨーダか?」と奇妙がられることは間違いないでしょう。

 しかし、大切なことを忘れていませんか?

 上で紹介した拙著には、ひとつ重大な問題があるのです(内緒ですけど)。海外旅行で想定される英語でのやり取りは、ほぼ収録されていることには自信を持っています。なんといっても、ハワイとアメリカ西海岸で、バイリンガルが現地の人々と取り交わした会話をすべて録音して、それを書き起こして整理したのですから、間違いない。それでは何が問題なのでしょう。
 上の書籍には、先方が発すると想定される英文と、それに対するこちらの返答、あるいは、こちらから声掛けする際の英文が載っています。それらがスムーズに取り交わされたとき、先方が「あ、この人は英語ができる人だな」と勘違いしてしまうのです。そして、想定外の英語が飛び出てくることになります。すると、そこまで何とかごまかしていた自分の英語力が露呈します。つまり「聞き取れない」のです。そして、想定文以外の英文が聞き取れなければ、会話はそこでストップします。そこまでは、さっそうと英語を喋っていた人が突如として無口な日本人になってしまうわけです。

 そうなのです。英語を身につけるにおいて、何にも増して重要なのは、英語をペラペラと喋ることではなく、相手の言っていることを聞き取る英語力を身につけることなのです。しかし、あたりを見回してください。「たった7日」「一日五分」で「英語を聞き取れるようになりますよ」という教材は皆無です。『7-day English』では「あなたの英語が変わる」のですが、どう変わるのかといえば、英語を訳すことなく理解できるようになることです。つまり『7-day English』は「英語が聞き取れる」「英語のまま理解できる」ようになる「入口」まで、学習者を導いていくように作られているのです。

 前置きが長くなりましたが、今回は、なぜ日本人が英語ができないのかという点に関して、リスニング力を向上させるという視点から、見ていくことにします。少し専門的な内容も入ってきますが、極力平易に進めますのでお付き合いくださいませ。


英語の聞き取りが困難な理由

英語の聞き取りが困難な理由 英語ができない理由は、「ペラペラ」「喋る」事ができないからではなく、「聞き取れない」ことにある、と述べましたが、それでは、聞き取りに関して何が障害となっているのでしょうか。外国語の聞き取りに関してはFlege(Dr. James Emil Flege) の SLM (Speech Learning Model) や Best(Catherine T. Best)の PAM (Perceptual Assimilation Model) などの研究があります。これらは、耳に入る外国語の音素が、如何にして母語の音素にカテゴライズされるか、そして、外国語のどのような音素が習得容易・困難であるのかを研究しています。両者の具体的な説明は省きますが、ざっと言えば「母語と同じ音」や「母語にはない音」は問題なく習得できるが、「母語と似ている音」や「2つの音が母語の1つのカテゴリに分類される音」は習得が困難であるとされています。例えば、/p, b, t, d, k, g/ などの破裂音や /s, z, sh, j/ などの摩擦音は、日本語と同じなので習得は楽ちん。/f, v, th/ などは日本語の /h, b, s/ と似ているので少し難しく、/r, l/ の2つの音は日本語の /r/ としてカテゴライズされる(他に紐づけられる音がないので仕方がない)ので弁別が困難、ということになります。

 このように、音素の違いに着目して日英の発音を比較学習することは、過去にもLL学習(Language Laboratory)などで行われていましたが、最近では姿を消しつつあります。しかし、民間では未だに盛んに行われています。
 音素とは、とある言語の中で対立を生む最小要素のことです。もう、こんな表現を聞くとうんざりされる方もいらっしゃるかもしれませんが、簡単に言えば、「川(カワ/kawa)」と「沢(サワ/sawa)」ひとつの要素を入れ替えると別の語になる最小の単位(この例では k と s)で、ざっくりとアルファベットと考えて間違いはありません。上の例を見ると「カワ」と「サワ」では、一文字ずつ違いますが、「カ/ ka」も「サ/ sa」もひとつの音素ではなく音素から作られた音節です。
 日本語は英語や韓国語などのアルファベット言語とは異なり、かなで表される音節単位で正書法が成立しています。したがって、多くの日本人は日常的に音素に注意を向けることなく、かなの違い(つまり音節)で弁別しているわけです。(これに関しては、日本人も音素で弁別しているという考え方もありますが、煩雑になるのでこれ以上立ち入りません。)しかし、「川(カワ/kawa)」と「沢(サワ/sawa)」では音素 (k, s) を入れ替えると意味が変わることはご理解いただけたでしょう。このように、音素に敏感になることは、英語を身につける上で必要であることも間違いありませんし、逆に言えば、英語に堪能になれば音素に敏感になることも付け加えておきましょう。

 しかし、音素より大きな単位である音節構造も、日本語と英語では大きく異なります。また、超分節音と呼ばれるリズムも、日英で大きく異なります。これらの点はあまり目を向けられることはありませんが、日本人の英語の聞き取りに、著しい足かせとなっているのです。順に具体例を示しながら説明することにします。まずは、音節構造から参りましょう。


聞き取りを邪魔する主犯は再音節化

聞き取りを邪魔する主犯は再音節化 まず音節とは、音節主音となる母音を中心に、その前に来るオンセット子音群と後に来るコーダ子音群からなります。日本語は開音節の音節構造を持っています。開音節とはひとつの音節が母音で終わる構造を持っているという意味です。この点が後に重要となりますが、一部の例外を除いてはコーダ(音節末子音)が無いということです。反対に英語は閉音節で、音節は子音で終わることができます。英語の音節構造のもうひとつの特徴として、子音連続を許す点があります。
 英語の ‘strict’ は音素表記だと /strɪkt/ で音節主音の /ɪ/ がオンセットの /str/ とコーダの /kt/ に挟まれていて1音節を成しています。このインプット (/strɪkt/) はそのまま日本語で発音できないので、日本語の音韻論に当てはめながら、つまり日本語風に置き換えて解釈されます。日本語では一部を除き子音連続は許されないのでオンセットで後続母音のない子音連続 /st/ には母音が挿入されて /su.to/ (. は音節の境目。基本的に開音節化には /u/ が使われるが、日本語では /t d/ と /u/ の組み合わせは別の問題を引き起こすので /t d/ には /o/ が挿入)と解釈されます。音節主音を含む音節 /ri/ はそのままです(/ɪ/ が /i/ に変化していますが、無視しましょう)。さらにコーダの /kt/ にも母音が挿入されて /ku.to/ と解釈されます。結果として英語では1音節の /strɪkt/ が、日本語になると /su.to.ri.ku.to/ と五音節に変換されます。

 はい。皆さん、お疲れさまでした。

 この日英の音声構造の違いが、日本人における英語のリスニングに大きく影を落としています。一般に開音節は無標(パルキッズ通信2024年2月号参照)で安定しており、他方の閉音節は不安定と考えられています。日本語は安定、英語は不安定。
 問題はここからです。音節はその本性として母音を音節主音に求めます。さらに、MOP (Maximum Onset Principle)と呼ばれる原理が働いていて、音節主音はできるだけたくさんオンセットを取ろうとします。コーダよりオンセットが優先されるわけです。不安定な上にオンセットをたくさん取ろうとすると、何が起こるのかというと、これが重要、再音節化が起こるのです。
 例えば ‘on a desk’ は音素表記すると /ən ə desk/ となります(前置詞などの機能語は母音が弱化します。これも重要ですが、ここでは触れないことにします)。これにMOPの原理が働くと、音節が組み変わり(再音節化) /ə.nə.desk/ となります。日本語風に言えば「アナデスク」です。何度も本誌で紹介している例の ‘I’m in on it.’ は、音素記号で書けば /aɪm ɪn ən ɪt/ となりますが、これも再音節化されると /aɪ.mɪ.nə.nɪt/ となります。かなで書くと「アイミノニ (最後の /t/ は開放しないので日本人には聞こえず、母音挿入も起こらない)」となります。学校で習う英語の読み方で言えば「アイムインオンイット」なのですが、英語ネイティブが発音すると「アイミノニ」となる。日本人は聞き取った英文から単語を探し出そうといます。そして開音節毎に走査していく。すると「アイミノニ」からは「アイ」が抽出されますが、その後に続く「ミノニ」に相当する語が見当たらないので、はい、ゲームオーバーとなるわけです。


撥音が再音節化を妨げる

撥音が再音節化を妨げる さて、母音はたくさんオンセットを取ろうとするので、不安定な閉音節のコーダ子音まで、後続する母音のオンセットとして再音節化されてしまうわけです。すると、開音節単位でしか知覚する習慣のついていない日本人の耳には、習った英単語すらも、聞き知らない音の塊としてしか知覚できないのです。それ故に、英語における再音節化という現象が、日本人が英語を聞き取れない理由の最たるものだと考えています。もちろん、音素が聞き取れないこともひとつの原因ではありますが、l r の違いや b v の違い、あるいは s th の違いは、文脈から正しい音素を推測できます。考え中の人が ‘I’m sinking.’ と言えば、「(沈んでいるのではなく)考えているんだな」と理解できますし、ピロートークで ‘I rob you.’ と言われても「何か取られるのか?」と訝る無粋者もいないでしょう。こう考えると、単語を見つける手がかりすら奪ってしまう再音節化は、音素の違いよりも余程罪深い現象と言わざるを得ません。

 さて、その再音節化、何もかもが再音節化されると聞き取れないわけではありません。’love you’ が /lʌv.jə/(ラビャ)になっても、’come on’ が /kʌm.ən/(カマン)になってもそれほど大問題ではありません。 ‘love you’ は動詞と目的語、’come on’ は動詞と副詞ですべて内容語です。内容語にはアクセントが付きます。英語においてはアクセントは語の区切りの目安として重要な働きをします。例えば、幼児が ‘ba.nana’ のことを ‘nana’ と言ったりしますが、’ba.nana’ では第二音節のナにアクセントが来るので、そこを単語の境界と判断することで起こります。このように、意味語は語頭にアクセントが来ることが多いわけです。
 問題は上の(注)で少し触れた、機能語です。機能語はアクセントを持たず、弱化するので母音も曖昧になります。そして周囲の語にアチラコチラを吸い取られて、ばらばらになってしまうのです。この機能語がはらむ問題点が2つあります。ひとつに、機能語が母音で始まり子音で終わる(in, on, at, of, an, as, and…, it の一部)ことが多い点です。これにより、コーダが後続する音節のオンセットとして吸い取られてしまいます。そして、もうひとつ、これが僕の研究のテーマですが、特に鼻音で終わる機能語(on, in, him, an…)や一部の副詞(often, again…)などの語の一部が、前後の語に吸収されて、本来の姿が見えないし聞こえなくなってしまっていることが、日本人の英語のリスニングに多大なる悪影響を及ぼしているものと見られます。

 更に厄介なことに、日本人は語末、つまりコーダ位置の鼻音にあまり注意を払わず、すべてを「ン」と ‘解釈’ するのです。この点に関しては、以降述べていくことにします。ここから楽しくなっていきます。


撥音の種類

撥音の種類 日本語の鼻音には /n m/ があります。因みに // で括られているのは音素です。上で述べましたが対立を生む最小の単位です。それとは別に [] で括られている音声(あるいは異音)があります。ざっと // は頭の中の音、[] は実際の物理現象とご理解ください。これに関しては下に例を書きます。
 音素としての /n m/ はオンセットには現れますが、コーダには撥音の異音として現れます。オンセットに現れればそれぞれ「ナ行」と「マ行」となります。さて、ここからが本題。日本語には撥音と呼ばれる音素(/N/ で表される)があります。そして、ですね、その撥音の異音がなんともバラエティーに富んでいます。 子音だけでも、両唇音、歯茎音、軟口蓋音、口蓋垂音(それぞれ [m n ŋ ɴ] で表される)があります。さらに鼻母音(/ɑ̃ ĩ ũ ẽ õ/)まである始末です。これすべて「ん」の異音です。
 お気づきではないと思うので、実際にやってみましょう。声に出して「さんま」と言ってみましょう。「ん」の時の唇はどうなっていますか。おそらく閉じています。次に「サンタ」と言うとどうでしょう。歯茎の裏側に舌がついているはずです。次に「三角」では、「カ」の準備をして舌が奥の方で軟口蓋にくっついて口腔の気道を塞いでいるはずです。最後に「三」ではもっと奥の方の口蓋垂(鼻腔を塞ぐ弁)が気道を塞いでいます。さらに「五千円」では「セ」のあとの「ン」が鼻母音化した「エ」になっていて、「ご声援」の「エ」と区別がつかない音になっている方もあるでしょう。何が起きているのかと言うと、「ん」が周りの環境から「素性」と呼ばれる特徴(舌の位置や音の作り方)をもらってきているんです。これを同化と呼びます。
 では、周りに環境が少ない場合にはどうなるんでしょう。「ん」と一言いってみてください。もしくは「ンー」と考えてみてください。その時口は開いていますか、閉じていますか。あいていれば、それは [m] ですし、閉じていれば恐らく [ŋ] でしょう。歯茎に舌先をつけて /n/ のように「んー」という方は皆無でしょう。このように独立した「ん」や発話の最後の「ん」はかなり自由に異音を選べるんです。テキトーです。

 さて、日本語におけるローマ字教育では「ん」は /n/ と習います。これは、とんでもないことです。最近、訓令式を廃してヘボン式に統一する動きがあるようですね。そこでは、両唇音の前に来る撥音は ‘Nihombashi’ のように ‘m’ と表記されるようです。確かに「日本橋」の「ん」は [m] です。しかし、頭の中では /N/ つまり撥音であって /m/ ではないわけですね。このように、異音がたくさんある撥音ですが、それらの異音は異音であって、すべての異音は撥音として解釈されます。例えば「ごはん」の「ん」を両唇音で [goham] といっても、軟口蓋音で [gohaŋ] といっても、鼻母音で [gohɑ̃] といっても、聞く人はみんな「これは、ん、だな」と知覚してくれます。

 ところが、それは日本語の話。英語では語末の [m, n, ŋ] は音素 /m, n, ŋ/ です。以下更に見ていくことにしましょう。もうちょっとだ、頑張れ!


英語の鼻音

英語の鼻音 日本語の「ん」は同化する、と書きましたが、英語でも鼻音は同化の歴史ですし、現在でも一部は同化します。英語に関心のある皆さまにとっては、言語学より興味深いことかもしれません。
 英語ではコーダ /m/ は両唇音 (/p b/) 以外の後続環境に同化してきました。英語の接頭辞の ‘com-‘ はラテン語の cum 「〜と一緒に」から来ています。例えば、’company’ は「パン(panis)仲間(com)」ですし、’computer’ は「一緒に(com)考える(putare)人(er)」です。これらは両唇音に先行するので ‘com-‘ のままですが、後続音が歯茎音に変わると、’contact’ は「共に(com)触れる(tangere)」、’collect’ は「共に(com)集める(legere)」、のように、後続する音(t, l…)に同化するか、あるいは ‘costar’ で「共に(com)主演する(star)」のように消えてしまったものもあります。
 以上のように、コーダ鼻音の /m/ が同化してきたのと同様に /n/ も同化してきました。’impossible, irregular’ など “否定” を表す ‘in-‘ は後続する音(この場合 /p r/)に同化してきました。また、方向を表す ‘in’ も同化の歴史をたどっています。  さて、このように、同化の歴史をたどってきたコーダ /m n/ ですが、今日の英語においては /m/ の方は同化することはないと考えられています。他方、今日でも /n/ は同化します。例えば ‘input’ なども、音韻レベル(つまり頭の中の音)としては /n/ のままですが、実際に発音される際には [ɪmpʊt] となります。試しに口にしてみてください。 ‘n’ のときに口が閉じてしまうことがわかります。同様に ‘Henry’ の ‘n’ も音韻的には /n/ ですが、実際には [heŋrɪ] と発音されていることが日常的です。

 英語のコーダ鼻音には /m n ŋ/ があります。ここまで /m n/ を見てきましたが、最後に曲者の /ŋ/ の同化についても見てみましょう。このセクションは英語の発音を改善されたい方必読です。
 皆さんは発音するにあたって ‘think, thing’ をどのように区別していますか? で、’think’ は最後の音が /k/ で、’thing’ は /g/ といった具合でしょうか。そのように発音されていらっしゃる方には残念ですが、実は少し様子が異なるのです。’think’ は軟口蓋鼻音 /ŋ/ のあとに /k/ をつけて /θɪŋk/ となりますが、’thing’ は /θɪŋ/ のように軟口蓋鼻音で終わり /g/ は実現されないのです。

【think, thing】


 同様に、’sink’ は /sɪŋk/ なのに対して、’sing’ の方は /sɪŋ/ となります。なぜこんな事が起きるのかというと、これは歴史的に同化と削除が行われたことによります。つまり、’sing’ はもともと /sɪnɡ/ でした。ところが /n/ は同化するので、調音点を歯茎から軟口蓋へと移動して /sɪŋɡ/ となります。その後に /ɡ/ が削除されて今日の /sɪŋ/ が一丁上がりとなります。

  本当は ’sing’ /sɪnɡ/  →(同化)/sɪŋɡ/ →(ɡ削除)/sɪŋ/

 読者の皆さんにおかれては ‘sing’ を発音する場合、/ɡ/ で破裂させて、 /sɪŋɡ/ と発音されている方も少なくないのと思います。あるいは /ɡ/ に母音挿入して /sɪŋɡu/、あるいは口蓋化(主にイ段で舌を硬口蓋方向に盛り上げる現象で「シ、チ、ヒ」などに顕著)させた上に母音挿入して /ɕiŋɡu/ と発音している方も少なくないと思います(←これに関しては大した問題ではない)。

日本人は ‘sing’ /sɪnɡ/ →(ɡ破裂) /sɪŋɡ/ →(u挿入)/sɪŋɡu/  →(口蓋化)/ɕiŋɡu/

 さらに、日本人に特徴的なのが、’sing’ に動作主を表す接尾辞 ‘-er’ や現在分詞の接尾辞 ‘-ing’ をつけた時の発音です。歌い手は ‘singer’ で、歌っている状態を表す形容詞は ‘singing’ です。音声学でもやっていない限り、あるいは帰国子女でさえも、これらを /sɪŋɡər/(スィンガー)あるいは /sɪŋɡɪŋg(u)/(スィンギング)と発音するのが自然でしょう。でも、正しくは /ɡ/ は発音せずに /sɪŋər/(スィガー), /sɪŋɪŋ/(スィギン)となります。

【singer, singing】


‘singer’ ‘singing’ ✕/sɪŋɡər/ /sɪŋɡɪŋg(u)/ ◯/sɪŋər/ /sɪŋɪŋ/

 ’I’m sinking.’ は /aɪm.sɪŋ.kɪŋ/ なのに対して、歌う方は /aɪm.sɪ.ŋɪŋ/ なのです。違いがわかりますでしょうか。前者は後者より真ん中の音節が1モーラ多いのです。そして、この違いが、後に日本人の英語の特徴としてクロースアップ(「クローズアップ」ではない)されることになります(僕の研究なので、いつのことになるか分かりませんけど…)。

 お疲れさまです。ここまでくればあと一息。頑張れー!!

 さて、頭の中の音(//で表される音素)と実際の音([]で表される異音群)の違いは、もう十分にお分かりいただけたことと思います。また撥音(/N/)の異音群のこともわかったでしょう。加えて、英語の鼻音群もどうも弱々しくて、周りの環境に左右されてしまうこともお分かりいただけたと思います。(これで、もう皆さん大学院の音声学・音韻論の授業には付いていける!現に、ここまで付いてこれない学生を何人も見てますし…!?)
 ここから、最後に撥音の異音の振る舞い、というか日本人が英語の鼻音を算出する時のクセとそのクセを取り去る考え方を述べておくことにしましょう。ここからは英語の発音向上の役立つこと請け合いですので、安心して読み勧めてください。


軟口蓋鼻音

軟口蓋鼻音 軟口蓋鼻音(音声表記では /ŋ/)、調音の仕方は「口蓋垂を下げて鼻腔への道を開けながら、舌の奥の方を盛り上げて口腔内の気道を塞いで」などというと「やれやれ、そんなこと知るか!」と感じる向きもあるかもしれません。でも、これ、皆さんやっているはずです。やっていないまでも、テレビでニュースを見る人は聞いています。そうです。鼻濁音のことです。少し整理しましょう。
 両唇音には無声・有声・鼻音のそれぞれ /p b m/ があります。日本語のかなではパ行、バ行、マ行です。ちなみに日本語ではハ行に濁音をつけるとバ行になるとされていますが、ハ行は声門音なので濁音はつけようがない。逆に無声音パ行を有声音にするとバ行になるわけですね。そのバ行に対して口蓋垂を下げて鼻腔への道を空けると鼻音のマ行になるわけです。ああ、複雑。
 歯茎音はもっと単純です。歯茎音にも無声・有声・鼻音のそれぞれ /t d n/ があります。日本語のかなではタ行、ダ行、ナ行です。無声音のタ行のオンセットに声帯振動を加えてダ行になる。ダ行を鼻音にすればナ行の出来上がりです。こっちはシンプル。
 で、最後に軟口蓋音です。軟口蓋音には無声・有声・鼻音のそれぞれ /k ɡ ŋ/ があります。日本語のかなではカ行とガ行しかありませんが、濁音のガ行の東京方言バリエーションとして、語頭(「学校が」の最初の「が」は /ɡa/ ですが、次の「が」は /ŋa/ となります)には来ない鼻濁音の行があります。これが軟口蓋鼻音。軟口蓋鼻音は両唇音や歯茎音と同様に、無声音のカ行のオンセット /k/ を有声化して /g/ にすることでガ行が得られます。そのガ行を鼻音化することで、いわゆる鼻濁音の行(ŋa, ŋi, ŋu, ŋe, ŋo)ができるわけです。はい、それではやってみましょう。/ŋa, ŋi, ŋu, ŋe, ŋo/。

 日本語の鼻濁音では、限定的にオンセット位置に現れることができる/ŋ/ ですが、英語ではコーダ位置にしか現れることができません。/ŋ/ はコーダ位置の音素というわけです。音素であるからには音が入れ替われば意味が変わるわけです。そして、予測通り ‘Kim, kin, king’ は /kɪm kɪn kɪŋ/ となって実現されます。
 さて、問題はここから。すでに述べたように日本語では、コーダ位置の/m n ŋ/ は撥音 /N/ の異音とみなされます。つまり、全部「ん」と解釈されるわけです(「ごはん」のくだりを思い出してください)。英語を話す人達が一生懸命(!?)区別して ‘Kim, kin, king’ を /kɪm kɪn kɪŋ/ と発音しても、日本人の耳には /kɪN kɪN kɪN/ と響くわけです。

【kim, kin, king】


 これは、極めて自然なことです。なぜなら、くり返し言うように、日本語のコーダ鼻音はすべて「ん」の異音だからです。これは、日本語でも日常的に使用している音を正しく近くできないのであれば、これは英語の発音の知識の問題ではなく、日本語の音韻知識の干渉と考えるのが筋でしょう。
 ただ、ですね。これはさんざん実験してわかっていることですが、LOR(Length of Residence: 英語圏の滞在期間 )が長くなれば、解消されます。つまり、きちんと聞き取れるようになります。だって、せっかく言い分けてくれているものを聞き取らなかったもったいないし、聞き取らないと正しく理解できないわけですから、そのような要求に答えてリスニング力が向上します。もともとそれらコーダ鼻音群の弁別ができないのではなく、「必要がないのでしない」ので無頓着だっただけなので、一度「必要だ」と思えば誰でもできるようになるわけです。

 産出に関しても軟口蓋鼻音は問題山積、というか撥音 /N/ の異音として /ŋ/ を産出する方が少なくない。特に狭母音と呼ばれる /i u(あるいは o)/ のあとに来る /n/ が /ŋ/ になることが少なくない。すると上述の ‘I’m in on it.’ は /aɪm ɪN əN ɪt/ となります。もう少し詳細に書くと /aɪm ɪŋ əŋ ɪt/ となってしまう。こうなると、再音節化ができなくなります。
 軟口蓋鼻音の注意点はいかに産出するか、もそうですけど、いかに(/N/の異音として)産出しないかも問題となるわけです。面倒ね。この辺にしておきましょう。


両唇鼻音

両唇鼻音 さて、コーダ位置の両唇鼻音については、ここ2年間散々研究して修論にもまとめたので、できれば論文を読んでいただけると助かります。が、長いし専門的だししかも英語で書いたものですから、なかなか気軽に「読めばわかる」とは言えないので、極々簡単に説明することにいたします。
 両唇鼻音は上に書いた通り /m/ のことで /p/ を有声化した /b/ に鼻腔への通り道を開けて作り出される音声です。オンセット位置では音素として機能しますが、コーダ位置では /N/ の異音として処理されます。つまり「ん」としてのみ知覚される。しかし、です。英語にはコーダ位置の /m/ がたくさんあるわけです。それを全部「ん」として処理すると特に語末での弁別ができなくなります。すでに述べたように ‘Kim, kin, king’ もそうですし、’Tim, some, come…’ もすべからく「ティン、サン、カン」となってしまう。これ大問題。そこで、出てくるのが母音挿入です。これは借入語音韻論の範疇の作業のひとつですが、すでに冒頭で述べたように日本語では(撥音 /N/ など)子音で終わること、あるいは子音連続が許されていないので、その間に母音挿入(デフォルトで /u/ ところにより /o i/ )がなされます。そのようにして、’Tim, some, come…’ は「ティム、サム、カム」となるわけです。めでたしめでたし。

 と、これは知覚の話です。産出の方は気をつければ治るのですが、意外や意外、「ん」の例に則って /n/ の代わりに /m/ を産出している方が少なくありません。「ごはん」の例にあったように、特に語末の「ん」では口を閉じてしまうことが少なくないので、英語で話すときには /n/ のときにはしっかりと歯茎の裏側に舌をつけて、口を閉じないことを心がけるとよいでしょう。


歯茎鼻音

歯茎鼻音 歯茎鼻音はこれだけで本一冊書けるくらい興味深く、僕の研究課題のひとつでもあります。ただ、長くなってきたし、みなさんも読むのに疲れてきたでしょうから、さっと書きます。
 日本人の英語聞き取りの課題の責任の多くは /N/ = /n/ とするローマ字教育にありますが、これはある程度以上仕方がないことです。もともとローマ字は日本語を読めない人向けの表記ですので、日本人には不要です。日本語は日本語の漢字仮名交じりで読み書きできれば良いわけですし、英語はアルファベットで書かれた英文の読み書きができれば良いわけです。ローマ字は日本語教育において、どれほど重要なのか僕には分かりませんが、撥音を /n/ と表記させましょうという文化庁の訓示があるのですから、まぁ、仕方がないか…。
 撥音 /N/ とローマ字の /n/ がイコールであるわけですし、その上「ローマ字の /n/ は英語の /n/ とは違って比較的自由に発音して良い」などという注がついているわけでもありません。結果としてどのように発音しても構わない語末の撥音 /N/ の発音の仕方が英語の /n/ に拡大解釈されて、前節で述べたような ‘I’m in on it.’ → /aɪm ɪŋ əŋ ɪt/ のようなことが起こるわけです。また、語末の /n/ を /m/ で発音することが頻発してしまうことになります。

 /n/ は /n/ であって、/m/ や /ŋ/ ではない。

 このことを肝に銘じて、今後 ‘n’ と向き合ってみましょう。皆さんの英語の発音は格段に向上するはずです。また、/n/ を /ŋ ɴ/ で調音することで妨げられてきた再音節化もスムーズになることが期待されます。

 そして、最後ですがひとつだけ。 “perception before production” という考え方がありますが。これは「産出の前に知覚あり」という意味です。正しく発音する前に、正しく聞き取れるのが一般的な言語習得の道筋であることを示しています。英語を「一週間」や「毎日5分」で「ペラペラ」「喋る」ようになるのは、これ産出の話ですね。それに対して、正しく聞き取れる、というのは知覚の話です。そして、日本人の英語ベタを解決する方法は、「如何に喋れるようになるか」ではなく「どれだけ聞き取れるようになるか」にかかっていると僕が言い続けている所以でもあります。

 まだまだ書くべきことはたくさんありますが、もうこの辺にいたしましょう。ここまでお読みいただき恐縮です。一度で分る方は少ないと思うので、来年また読んでみてください。


【編集後記】

今回の記事をご覧になった方におすすめの記事をご紹介いたします。ぜひ下記の記事も併せてご覧ください。
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「インプット」で育てる「国語力」が学力すべての土台となります
「主体性」の育て方

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特集イメージ9 児童英語研究所・所長、船津洋が書き下ろした『子どもの英語「超効率」勉強法』(かんき出版)でご紹介しているパルキッズプログラムは、誕生してから30年、10万組の親子が実践し成果を出してきた「超効率」勉強法です。書籍でご紹介しているメソッドと教材で、私たちと一緒にお子様をバイリンガルに育てましょう。


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プロフィール

船津 洋(Funatsu Hiroshi)

1965年生まれ。東京都出身。株式会社児童英語研究所・代表取締役。上智大学外国語学部英語学科卒業。実用英語技能検定1級取得。30年以上に渡る幼児教室・英語教室での教務を通じて幼児の発達研究に携わるかたわら、「パルキッズ」などの英語教材を始めとした幼児向け教材を多数開発。また、全国の幼児・児童を持つ親に対して9万件以上のバイリンガル教育指導を行う。講演にも定評があり、全国各地で英語教育メソッドを広めている。著書に20万部のベストセラーを記録した『たった80単語「読むだけで」英語脳になる本』(三笠書房)をはじめ『どんな子でもバイリンガルに育つ魔法のメソッド』(総合法令出版)『ローマ字で読むな!』(フォレスト出版)『英語の絶対音感トレーニング』(フォレスト出版)など多数ある。

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