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2022年3月号特集

Vol.288 | 「インプット」で育てる「国語力」が学力すべての土台となります

ことば・ろんり・りんりでIQとEQの高い子に育てる

written by 船津 洋(Hiroshi Funatsu)


※本記事のテキストは引用・転載可能です。引用・転載する場合は出典として下記の情報を併記してください。

引用・転載元:
https://www.palkids.co.jp/palkids-webmagazine/tokushu-2203/
船津洋『「インプット」で育てる「国語力」が学力すべての土台となります』(株式会社 児童英語研究所、2022年)


 本年4月より、『パルキッズ』では幼児教室用のプログラムの提供を開始いたします。4月以降は皆様お馴染みの『パルキッズ』の「インプット・メソド」を、英語教育のみでなく幼児教育においても実践可能となります。
 今回は、英語教育や幼児教室の成り立ちから教材のあり方について、過去を振り返りながら、国語力をいかに高めるべきかについて考えていくことにします。児童英語研究所や世の中の幼児教育の歴史のようなものですので、気楽にお読みください。


インプットが軽視される現代の教育の場

インプットが軽視される現代の教育の場 前提として、今の日本の教育の問題点から始めることにしましょう。

 「日本人はアウトプットをしないから英語ができるようにならない」つまり読んだり聞いたりばかりのインプット中心でアウトプットの場がないので、いつまで経っても使える英語を身につけられない。専門家と言われる人たちのそのような発言を聞くと「確かに」と頷いてしまう人が少なくないようです。
 そして、アウトプットの場を求めて、せっせとお金を払うわけです。また、これは民間に限ったことではなく、学校教育においても同様のことが見られます。そして、”CLIL : Content and Language Integrated Learning、内容言語統合型学習、クリル” などというお題目を掲げて「英語を使ってみよう」というタイプの教育が行われることになります。
 終いには、英語の授業が英語で運営されるようなことも実際に起きているようです。これに関しては、長くなるのでまた別の稿で触れることにして、インプットに話を戻しますが、本当に「日本の英語教育の場ではインプットばかりが行われている」のでしょうか?

 それが事実ではないことは、教科書を眺めれば自明です。
 中学の英語の教科書を調べると、3年分の教科書の地の文で使用されている語数は僅か7,000語ほどです。ちなみに毎月の「パルキッズ通信」で使用されている語数は、英語に直すとだいたい6,000語です。英語の副読本の導入のストーリー1冊に使用されている語数が6,000語程度ですので、その程度の分量の英語を3年間かけて学習するわけです。

 これで「インプットばかり」と言われたら、返す言葉も見つかりません。英語を身につけたければ、少なくとも10万語、レベルによっては50万語はインプットが必要です。7,000語では心細いと感じるのは私だけではないでしょう。


国語力が弱い高校生たち

国語力が弱い高校生たち インプットが足りないのは英語ばかりではありません。国語もインプットが足りません。そして、こちらの方が問題は深刻です。

 大学入学共通テストの国語の平均点は100点満点で換算すると55点くらいです。念のため付け加えますが、これは日本語の試験を受けた外国人の成績ではありません。日本語を母語とする日本人の、しかも大学進学を目指す学力が高い側の高校3年生の平均点です。平均ということは、55点取れない子が半数いるのです。この点だけ見ても、日本人の国語力がいかに貧弱であるのかは見て取れるでしょう。
 さて、高校3年生が、国語の問題に取り組んで、読めていないか、あるいは理解できていないのですが、なぜ彼らは国語の問題を理解できないのでしょうか。

 理由は単純です。まず、概念が理解できない点があげられます。概念が理解できなければ、いくつもの概念が組み合わさってできている命題の理解はできません。つまり、文字を読むには読めても、理解に繋がっていないわけです。
 文を理解するには、読む力が必要なのは当然のことですが、その上に理解する力が必要になります。最初に豊富な語彙が必要であって、その上に理解力が伴えば高い言語力が成立します。その言語力で一文ずつの理解ができるようになれば、今度はより大きな単位、節や文章全体の論理が理解できるようになるのです。
 豊富な語彙と理解力は、大量のインプットがなければ成立しません。そして、豊富な語彙と理解力を備えた「言語力(ことば)」の基礎の上に、ようやく「論理性(ろんり)」が成立するのです。

 言語能力が低い学生に、闇雲に考えさせアウトプットを促しても、まともな議論に至らないのは当然のことでしょう。そして、繰り返しますが、大学進学を志す「賢い」はずの高校生たちの国語力の平均が55点という現実を見ることとなります。
 子どもたちの理数離れが叫ばれており、理科や数学教育の強化が試みられていますが、思考の源となる国語力が弱ければ、他の教科の成績に繋がらないのも当然のことでしょう。

 さて、児童英語研究所では、英語はもちろんのこと国語の課題にも取り組んで来ました。以降は、『パルキッズ』や幼児教室が何を目指してきたのかに目を向けることにしましょう。


英語だけでなく幼児教室も

英語だけでなく幼児教室も 『パルキッズ』の英語学習は、インプットを最重要視しています。これは、児童英語研究所の設立以来の基本的な考え方です。

 ところで、お陰様で、児童英語研究所は今年で創立40年となります。児童「英語」研究所とあるように、児童英語研究所は「英語」の会社のように思われがちです。もちろん英語を主体としているのですが、実は「幼児教育」も同時に行っておりました。
 現在、日本全国で行われている「幼児教室」のプロトタイプのようなものが形作られていた時代、今から35年ほど前に、私は児童英語研究所に入社することとなりました。当時、英語教室と並んで運営されていた幼児教室では、「インプット」と「記憶」が重視されており、文字の教育はもちろんのこと、俳句や百人一首、漢詩や論語、あるいは地理や歴史上の人物、絵画や様々な百科知識、指先や記憶の訓練が、1歳半からの子どもたちを対象に行われていました。
 このような幼児教室は、その頃、児童英語研究所(東京都新宿区)でしか行われておらず、関東近県からはもちろんのこと、毎週新幹線に乗って通ってくる親子も珍しくありませんでした。
 何がそれほど、私たちの教室の魅力であったのかと言えば、当時行われていた英才教育がまだ一般化されておらず、型が決まっていなかったところに、私たちが一律のカリキュラムと家庭学習用のインプット教材を持っていた点が挙げられるでしょう。

 つまり、教室に通う理由の半分は「家庭学習用の教材」を手にすることでもあったのです。

 もちろん、英語教育の方も「インプット」中心主義であることはしっかりと根を下ろしていましたが、こちらも肝心のインプット用の教材がありませんでした。そこで、作られたのが皆様ご使用いただいている『パルキッズ』シリーズです。
 『パルキッズ』は通信指導用の教材として発売されましたが、すぐに教室でも『パルキッズ』を導入することとなります。これにより、十二分な量かつ高い質の英語のインプットが家庭内で可能となり、一律のカリキュラムで、日本全国どこでも同じクオリティーの英語教育が受けられるようになったのです。


幼児教室教材は作るのが難しかった

幼児教室教材は作るのが難しかった ところが、幼児教室の教材の方は、というとなかなかそうはいきませんでした。『パルキッズ』が「英語を身につけさせる」という点に注視して作られている一方で、幼児教室の教材は、すでに「日本語を身につけた」子どもたちに「語彙や理解力、論理性、倫理観を身につけさせる」、つまり、ベースとなる言語を身につけさせるのではなく、言語能力をはじめとした上位の様々な認知力を向上させることが目標なので、英語のようにシンプルには行かなかったのです。

 しかし、だからといって放置するわけにも参りません。そこで、私の友人や仕事仲間や先輩たちと、様々な教材作りを始めました。例えば、社会科や理科などの教科で必須の知識を、歌にのせて覚える教材の製作です。
 種を明かせば、当時可能となった “DTP : Desktop Publishing、PC上で印刷出版用データを作成すること、机上出版” の技術を真っ先に取り入れ、すでにかなりの程度で技術が確立していた “DTM : Desktop Music(和製英語)、PC上で楽曲制作を行うこと” の技術と組み合わせることで、これらの教材製作が、高い外注費用をかけずに内々でできるようになったという背景もあります。
 ちなみに、作曲は、私や私の古くからの音楽仲間、あるいは音楽家の先生たちが手がけていました。恥ずかしながら、私も歌を唄っていましたので、耳にしたことがある方もいらっしゃるかも知れません。余談ですが、上智大学から我が社へのインターンたちの中には、幼児期に私の歌声を聞いて育った学生もいるというのですから、時の経つのは早いものです。

 その後、絶対音感を身につけるための「音感教育プログラム」が作られる一方で、さらに新技術として当時一般にも可能となったと “DTV : Desktop Video、PC上でビデオ制作を行うこと” の技術を先取りして、ビデオ制作に乗り出します。この技術により、家庭でできる教室プログラムの『クラスルーム』や『ものしり博士シリーズ』等の映像教材が販売されることになります。現在、『パルキッズ』にお取り組み中の方であれば、オンラインレッスン内のオマケの動画として、これらの一部を見たことがあると思いますが、これらはその日本語版にあたります。


幼児教育の中身

幼児教育の中身 「やらなければ分からない」ということで、私自身、英語教室はもちろんのこと幼児教室の指導にも当たっていました。そのおかげで、幼児たちの発達やどのような学習が彼らにマッチしているのかなどは、実感として持っていたので、その点も教材製作に活かされることとなります。  実際のレッスンの知識に加え、音声・印刷・映像など制作に関する技術もあったので、親も子も使いやすく、高い効果が期待できる理想的な教材が、それほどコストをかけずに次々と作られていく理想的な環境でした。

 取り組み内容は、すでに述べたように「ことば」の取り組みばかりでなく、嵩や平面など数学に関わる取り組み、あるいは知能教育ばかりでなく、道徳や社会生活を送るために必要な倫理などの広範にわたります。

 それら雑多な指導内容について、世の中ではさまざまなカテゴリ化が行われていますが、言語学や人間本性の知見からそれらを分類すると「ことば」「ろんり」「こころ」という3つのカテゴリに上手く収まることが分かりました。
 ひとつひとつを概観すると以下のようになります。


まずは「ことば」~知らないモノは存在しない~

まずは「ことば」~知らないモノは存在しない~ 「ことば」とカテゴリーされる言語力が、人間の知的活動すべての源となります。言語力(ことば)は語彙と理解力で構成されています。語彙の「彙」には「あつまる(り)、なかま、ハリネズミ」等の意味があり、一人の人間が持っている語の集合のことです。語彙は、とある人の世界の知覚力を決定します。一人の人間がひとつの語彙を持っていて、その語彙が豊かであるか否かがその人の世界に関する知覚能力を決定します。
 語彙が豊富な人は、ひとつの景色から500や1,000もの情報を引き出せますが、語彙が乏しい人は同じ景色からわずかな情報しか取り出すことができません。これらの情報は、概念とも呼ばれます。概念とは世界の中の他のものから切り離された、とある対象のことです。ざっと「語」や「命題」と考えて差し支えないでしょう。
 道路標識などが好例です。街中にあふれる道路標識ですが、運転免許を持っている人ならば、それら標識の意味が分かります。しかし、免許を持っていない子どもたちは、それらの記号が示す意味を知りません。

 つまり、そこに「何かがある」のは知覚できても「何がある」のかは分からないのです。日本人の英語力も似たようなものかもしれません。英語の看板も街中にあふれていますが、しっかりと読む人は少ないのではないでしょうか。
 アメリカ人など英語圏の人たちの目には、それらの英文が意味のある情報として次々と処理されますが、日本人にとっては「英語が書いてあるな」程度の意味しか持たず、もちろんその英文の示すところも直観的に理解できないばかりか、おそらく大半の日本人は一瞥もくれないかも知れません。

 街中のことばかりではありません。晴れている日に夜空を見上げれば、無数の星があります。それらの星たちはグループを成していて、それらは星座と呼ばれます。例えば、夜空の写真を反転させても、星座を知らなければ、それが反転していることには気づかないでしょう。
 日本史に詳しい人であれば、旅先で目にする小さな丘が古墳であることに気づくかも知れません。またそのような丘の多くは、南側に鳥居を持っていることに気づくかも知れません。各地にある寺社仏閣を訪れれば、感慨も一入でしょう。

 美術館でも、絵画の知識がなければ、そこにある美術作品に興味も湧かないでしょう。しかし、画家の名前やその生涯、その絵の産み出された背景などを知っていれば、同じ美術鑑賞もとても意味深いものとなるはずです。
 短歌や俳句なども同じです。京都や奈良、大和などそれが読まれた場所を訪れるにあたり、短歌や俳句などの豊富な知識を持っていれば、千年以上の時を超えて読み手と気持ちを通じ合えるかも知れません。

 音感教育を施せば、子どもたちはあっという間に音符を読めるようになります。音譜を読めない子にとってはただのオタマジャクシの連なりも、読める子にとっては鮮やかな音楽として再生されます。

 4歳くらいになれば文字を読めるようになりますが、文字を読めるようになった子たちの世界は、文字を知らない子どもたちとは比べものにならないほど豊かになります。街中の看板を読み意味を尋ねる。メニューを見ては自分で注文するようになる。
 また、古典的な文学作品のさわりの部分、名言などを知っていることが、私たちの世界を広げる鍵となるのです。知っているからこそ、その次に出会ったときに関心を持てるのです。

 このように、そのことについて「知っている」ことは「分かる(知覚できる)」ことに通じます。そして「分かる(知覚できる)」ことがさらに「興味」をかき立てます。そして、さらに知識が増えていくのです。

 まずは語彙(概念または知識)が重要であり、その上に理解力が成立します。あとは大量の博物知識や文学的な知識を入れていくことで、子どもたちの目に入る世界はどんどん色彩を増していきます。


理解力とは言語をイメージに変換する力

理解力とは言語をイメージに変換する力 すでに触れてきたように「ことば」の能力で、語彙とペアを成す重要な能力が理解力です。
 理解力とは、読んだり聞いたりした言語記号をイメージに変換する力です。例えば、物語の音声を、子どもたちが目をつむって聞いているのを目にしたこともあるでしょう。そんな時、耳に入ってくる音声は、彼らの脳の中で鮮やかに映像に変換されているのです。

 理解力とは文字を読んだり、音を正しく聞き取ったりする能力ではありません。文字を読める、日本語を聞き取れるからといって、理解しているとは限らないのです。
 この事実は、実感を伴っているのではないでしょうか。英語が苦手な学生たちでも英語を読むことはできます。しかし、彼らにとってはそれは読めるだけの対象であって、意味は伴っていないのです。
 これは英語ばかりの話ではありません。日本語でも起きています。つまり、漢字やひらがなは読めても、理解できない。これがすでに触れたところの、大学入学共通テストの結果に繋がっているのでしょう。

 いくらたくさんの漢字を読めても、それらが理解できないのであれば、文字通り意味がありません。大切なのは読めるように育てることと同時に、理解できるように育てることなのです。

 理解力を育てる方法は、いくつもあります。

 皆さんは毎日どれくらい絵本や物語の読み聞かせをしていますか。面倒な作業ですが、絵本や物語の読み聞かせが子どもたちの理解力を高める最も手軽な手段です。絵本や物語は理解力を育てるだけではなく、語彙や表現を膨らませるのにも最適です。可能であれば、毎日30分は読み聞かせに時間を割くことをオススメします。

 絵本や物語を200冊ほど読み進めて4歳にもなれば、もはや絵本ではなく、挿絵が入っている程度の小学生が読むような物語でも黙って聞くことができるようになります。そして、黙って聞いているときの彼らの頭の中でも、物語が活き活きと再現されているのです。
 浦島太郎でも桃太郎でも何でも構いません。洋の東西を問わず、古典的な物語をどんどんインプットすることでも理解力は高まっていきます。


嵩の理解

嵩の理解 算数など数字に関わる取り組みも、交通標識の意味と記号の関係、実際の音と音符の関係などと同じく、意味(嵩)と記号(数字)の関係とみることができます。「1」という記号は何かが1つ存在することを意味しているという具合です。
 小学校の1、2年生は足し算や引き算中心ですが、3年生になるとかけ算や割り算もできるように求められて、さらに文章題も複雑になります。筆算は上手にできても、文章題になると途端にできなくなる子が多くなるのもこの頃です。それはなぜか。理解力が弱いからです。

 例えば「3キロの渋滞を抜けるのに5分かかります。平均時速は何キロですか」という問題があったとしましょう。ここでは、「3キロ」と「5分」がそれぞれ距離と時間の変数として与えられます。子どもたちは先生の指示に素直に従って、それを公式に当てはめて解こうとするわけです。
 もちろん、公式を覚えることは便利ですが、きちんと理解した上で公式を使わないと、面倒なことになります。
 上の問題などは「速さ・時間・距離」の公式を使わなくても、簡単に解くことができます。「5分」は1時間の12分の1なので、「3キロ」を12倍すれば、平均時速は時速36kmと答えが導き出されます。しかし、筆算と公式になれきっている子どもたちは、先生に教わったとおりに公式を使おうとするのです。
 文章を読んだときにその意味をイメージできていれば、簡単に答えは出るのですが、問題をイメージできずに、与えられた数字と公式だけで解こうとしてもうまく行かないのは自明でしょう。

 例えば「千円札と百円玉で1,300円持っています。そのお金で900円の筆箱を買いました。おつりはいくらですか」。これも与えられた数字だけを見て、計算式を創り出し、それを計算するだけでは、ひょっとすると、400円という答えが出てくるかも知れません。
 しかし、言うまでもなく答えは100円です。問題文を正しくイメージ(理解)できる前に、計算式に当てはめようとする。このあたりの国語力の弱さに、算数の苦手意識は潜んでいるのかも知れません。
小学生の国語と算数のテストの点数は、正の相関関係(詳しくは『パルキッズ通信2021年7月号』参照)にあります。国語力が弱ければ、算数の筆算はできても、文章題ができないのです。これは、当然のことでしょう。そして、算数ができなければ理科もできない。算数や理科ができない遠因は、国語力の弱さにあるのです。

 文を正しくイメージできるようなる、それが即ち理解力を身につけることとなります。
 そして、国語力を支える、理解力と語彙は相関関係にあります。語彙が豊富な子は理解力が高く、高い理解力がある子は、その後に語彙が増えるスピードが速いのです。そして、より豊かになった語彙が、さらにその子の理解力を高めるわけです。
 さて、いかがでしょう。算数が得意になるためにも国語力の高さが必要であることがご理解いただけたのではないでしょうか。


「ろんり」~物事の道理~

「ろんり」~物事の道理~ まずは、「ことば」の能力、言い換えれば国語力を高めて、世の中に対する知覚能力を高めます。この作業、つまり語彙を増やす、概念を増やす作業は一生涯続くこととなります。もっとも、大学に合格したらその後は勉強しない、などという大人も少なくありませんが、そのような人たちは語彙や概念、そして理解力がさほど増強されることなく年老いていくこととなります。

 そして、「ことば」の能力で知覚された情報間の関係性や因果関係を理解するのが「ろんり」の能力です。

 分かりやすく言い換えると文の理解、あるいは命題の理解までが「ことば」の能力であり、「しかし、そして」など接続詞や物事の発生の順序、「こうしたらこうなる」など原因に対する結果などの命題間の関係性を取り扱うのが「ろんり」です。
 
 「サリーとアン課題」(Sally–Anne test)をご存じでしょうか。

 検索していただければいくらでも出てきますが、簡単に概要を説明すると、以下のようになります。
 「サリーはビー玉を籠の中に入れて、その上に中が見えないように布をかぶせます。その後サリーはその場を立ち去りますが、その一連の作業をアンは見ています。アンはサリーのビー玉を籠の中から箱の中に入れ替えます。箱にも蓋がされるので中が見えません。そこにサリーが戻ってきます。さて、サリーはビー玉で遊ぼうとしますが、籠と箱のどちらを探しますか。」

 3歳以下の子どもたちは、箱を差します。これは、子どもたちの中に他者の視点でものを見る「ろんり」が確立されていないためです。視点切り替えの論理が分からないので、サリーの視点で見ることができないのです。4歳になれば、多くの子がこの課題をクリアします。しかし、放っておくとなかなか論理は育っていきません。
 論理は上に述べたように文単位の理解力ではなく、文と文との関係を理解することですが、これも大量のインプットによって身につけて行きます。それでは、何をインプットすれば良いのか。論理を育てる最強のツールは「ごっこ遊び」や「物語」ですが、電車やバスの路線図なども、興味がある子にとっては「こうすればこうなる」という論理性を高める教材となり得ます。

ところで、この論理性が低いと、物事の関係が分かりません。そして、多くの日本人にとっては、ロジックは意外とどうでも良い対象らしく、論理をまったく無視した標語などが多く見られます。「為せば成る」などはその最たるものでしょう。この点に関しては、過去に書いているのでそちらを参照してください(『パルキッズ通信2021年2月号』)。
 別段論理性が高くなくても、普通に生きていく分にはそれほど問題がなさそうに思えるかも知れませんし、逆に高い論理性など持たない方が、ある意味「幸せ」かも知れません。しかし、そのような人が自分の上司だったら困るでしょう。やはり、仕事をきちんとこなして、社会に出てから大いに影響力を発揮するためには、高い論理性が必要となるのです。

 このように「ことば」と「ろんり」の高い能力を持っていれば、国語ができ、社会ができ、算数ができるようになり、理科もできるようになる。そして、中学に行けば数学が得意になる。このような子たちは、学校英語も自然とできるようになります。「学校」英語と限定しましたが、あくまでも学校英語ができるようになるだけで、実際の運用に耐えうる英語力でないことは付け加えておくことにします。賢明なる読者の皆様は、引き続き『パルキッズ』でお子さまに実際の運用に適した英語力を身につけさせてください。


「りんり」~頭が良いだけでなく地頭の良い子に~

「りんり」~頭が良いだけでなく地頭の良い子に~ 頭の良い人は世の中にたくさんいますが、地頭の良い人は頭の良い人の総数より少なくなります。
 ところで、地頭とは何でしょうか。これに関しては『パルキッズ通信2020年4月号』で詳しく述べているので重複を避けますが、ざっと言えば「空気を読める人」です。この「空気」というものは、日本の風土に特徴的です。話をしなくても空気を読んで通じてしまう。妙なお国柄です。そもそも存在しない空気を読む、などということは論理性の逆の精神行動です。
 しかし、日本においては、この空気が読めることが社会生活を送る上でひとつの重要な能力となります。「空気」に関しては、山本七平先生の名著(山本七平『「空気」の研究』文春文庫)がありますので、科学的な分析はそちらに譲るとして、『パルキッズ』なりの解釈をしておくと、相手のことを慮る能力つまり「りんり(倫理)」の知識といえるでしょう。
 もちろん、これは人類にある程度共通している能力です。しかし、日本人は論理的な思考より情緒を好み、論理性が高いと「理屈っぽい」と敬遠されることになります。そこで、論理性の高い人も終いには黙り込んでしまうのですが、黙っていては考えは分からないわけです。しかし、その相手の「無言」から空気を読んで何らかの情報を引き出すのですから、日本人とはスゴい人たちです。
 「りんり」は人類に共通している、といいましたが、これは「トロリー(トロッコ)問題」(trolley ploblem)などの思考実験からも推察できます。トロリー問題では、5人を救うために1人を犠牲にするとの選択が人間に共通して行われる一方、「歩道橋問題」では5人を救うために1人を犠牲にすることは選択されない傾向にあります。
 このような知識は、ひょっとするとヒトが共通の遺伝子として持っているのではないのかとの考え方もあるようです。確かに、言語習得能力をヒト特有の遺伝子、あるいはソクラテスの奴隷少年の数学的な知識も生得的な知識と考えれば、倫理観もヒト特有の生まれつきの能力と考えるのも妥当だと思われます。

 そして、仮に倫理観が生得的であるのであれば、言語能力と同様に倫理観もどんどん子どもから引き出してやれば良いのです。それによって高い倫理観が育てば、その子は他人を思いやることができるEQの高い子に育つこととなります。「ことば」と「ろんり」でIQを育て、そこに「りんり」が加われば、鬼に金棒、単なる頭の良い子ではなく、地頭の良い子のできあがりとなるのです。

 それでは、「りんり」はどのように育てれば良いのでしょうか。ここは、勘所ですが順番があべこべではいけません。「りんり」は、高い「ことば」の能力で物事を理解できることが大前提であり、さらにその上に物事の道理が分かる「ろんり」の力が育っていなければいけません。
 ことばの能力が低く、論理性が伴っていない子にとっては、道徳などは理解の対象外にあるのであり、単なる「やってはいけない」ことのリストに過ぎないのです。最近のいじめ問題を見ていて、しみじみそう感じます。

 さて、「ことば」と「ろんり」が育って、高い理解力があり物事の道理が分かる子であれば、「りんり」はその切っ掛けを与えるだけでスルッと引き出すことができます。教材としては、イソップ寓話や諺、四字熟語などがそれに適しているでしょう。
 また、状況をイメージして相手の気持ちを考える共感力は、物語や詩、和歌や俳句などを理解して感じ取る力とも共通します。


重要なのはインプットを続けること

重要なのはインプットを続けること さて、今回は4月に「幼児教室プログラム」が発売されるにあたり、私たちが英語以外の幼児教育に関してどのような考え方を持っているのかを述べて参りました。
 言語習得機能が、ヒトに生得的なプログラムであり、それらは表面的なアウトプットではなく、継続的なインプットに因らなければ、引き出すことができないことは本誌で繰り返し述べているところです。
 しかし、インプットが重要なのは英語教育ばかりでなく、国語の教育においても重要なのです。国語の教育というと、文字や漢字を覚えたりすることが思い浮かびますが、そうではなく、最も重要なのは「読めること」は当然ですが、その先の「語彙」と「理解力」の涵養にあるのです。これらはインプットに因らずしては、高めることができない能力なのです。
 インプットが重要なのは「ことば」の能力ばかりでなく「ろんり」においても、物語やごっこ遊びなどの親子のやりとりの中で引き出すことができますが、これらの取り組みも、コンスタントに環境を整える必要があります。
 そして、「りんり」の能力も寓話や詩など、共感力を高める情報のインプットによって効率よく引き出すことができるのです。

 ここで、最後にひとつだけ付け加えておくことにします。

 早期教育では様々な取り組みが行われますが、どこか「早くできるようになれば良い」というニュアンスを感じ取られている方が少なくないと思われます。しかし、実は早くできるようになることが重要なのではなく、できるようになるときに、十分にできるようになることが大切なのです。
 例えば、パズルの取り組みを与えたとしましょう。2歳で48ピースのパズルを完成させたら、それでお終い、ではないのです。4歳になり集中力が高まれば100ピースのパズルもできるようになるかも知れません。線引きや文字書きの練習も、与えてみてダメだったからと諦めてはいけません。親が手を添えてコンスタントに取り組むことが大切です。
 ドッツしかり、計算能力もしかり、ちょっとできたからそれでお終いではないのです。できるようになってからも繰り返し与えて、十二分にできるように育てなくてはいけません。できないことも、根気よく与えているうちに、できるようになります。子どもには、得手不得手があります。得意なものを十分に引き出しつつ、苦手なものも放り出さずに、インプットし続ける、あるいは機会を与え続けることが大切です。
 『パルキッズ』や絵本の暗唱の取り組みにもコンスタントさが大切なように、日本語や才能開発においても、コンスタントなインプットが重要なのです。

 今後も、幼児教育に関するコンテンツは増やしていく予定です。英語だけでなく、総合的な教育のお手伝いができるようになることを嬉しく思っております。


【編集後記】

今回の記事をご覧になった方におすすめの記事をご紹介いたします。ぜひ下記の記事も併せてご覧ください。
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【注目書籍】『子どもの英語「超効率」勉強法』(かんき出版)

特集イメージ9 児童英語研究所・所長、船津洋が書き下ろした『子どもの英語「超効率」勉強法』(かんき出版)でご紹介しているパルキッズプログラムは、誕生してから30年、10万組の親子が実践し成果を出してきた「超効率」勉強法です。書籍でご紹介しているメソッドと教材で、私たちと一緒にお子様をバイリンガルに育てましょう。


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プロフィール

船津 洋(Funatsu Hiroshi)

1965年生まれ。東京都出身。株式会社児童英語研究所・代表取締役。上智大学外国語学部英語学科卒業。実用英語技能検定1級取得。30年以上に渡る幼児教室・英語教室での教務を通じて幼児の発達研究に携わるかたわら、「パルキッズ」などの英語教材を始めとした幼児向け教材を多数開発。また、全国の幼児・児童を持つ親に対して9万件以上のバイリンガル教育指導を行う。講演にも定評があり、全国各地で英語教育メソッドを広めている。著書に20万部のベストセラーを記録した『たった80単語「読むだけで」英語脳になる本』(三笠書房)をはじめ『どんな子でもバイリンガルに育つ魔法のメソッド』(総合法令出版)『ローマ字で読むな!』(フォレスト出版)『英語の絶対音感トレーニング』(フォレスト出版)など多数ある。

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