認知力 — 分かる力 — とは
頭の良さは、「分かる」ことから始まる
漢字をたくさん知っている。計算も速い。学校のテストでもよい点を取る。それでも、文章を読んで「何が書いてあった?」と尋ねると答えられなかったり、算数の文章題になると突然手が止まったりする子がいます。
反対に、知らない問題でも、書かれていることを頭の中で整理し、「つまり、こういうことだよね」と状況をつかめる子もいます。この違いを生み出すのが認知力です。
認知力とは、単に知識を覚える力ではありません。目の前に何があるのかに気づき、それが何を意味するのかを理解し、持っている知識と結び付け、その先を考える働きです。
「地頭力とは」のページでは、地頭力を、認知=「分かる力」、非認知=「感じる力」、メタ認知=「気づく力」という3つから捉えました。
ここでは、その中でも頭の良さの土台となる認知力=「分かる力」について詳しく考えます。
認知力とは、「分かる」ための頭の働き
見ることと、分かることは同じではない
私たちは目を開ければ世界がそのまま見えているように感じます。しかし、同じものを見ても、そこから受け取っている情報は人によって違います。
公園を歩いたとき、植物をほとんど知らない子には、「木」「花」「草」が見えているかもしれません。一方で、桜、ケヤキ、タンポポ、アジサイ、ススキを知っている子には、それぞれが違うものとして見えています。
道路を歩いていても、交通標識を知らなければ赤や青の模様にしか見えません。意味を知っていれば、「ここは駐車してはいけない」「この先は一方通行だ」という情報が一瞬で取り出されます。
英語を自然に使える人は、見ようとしなくても、街中の英語の看板の情報が自然に入ってきます。情報を取りに行くのではなく、情報が買ってい入ってくる。これは外国語を身につけるうえでの大いなるメリットです。
私たちが世界から何を受け取れるかは、知識の量に依存します。何を知り、どのような概念を持っているのかによって、同じ景色をみていても、見える世界そのものが変わるのです。
認知力の入口は、知覚にある
知らないものには気づきにくい
子どもに「よく見なさい」と言っても、それだけで多くのことが見えるようになるわけではありません。何を見るべきなのかを知らなければ、目の前にあっても情報として取り出せないからです。
たとえば、空を見て「雲がある」と感じるだけの子もいれば、積乱雲を知っている子なら、「雨が来るかもしれない」と気づきます。虫をすべて「虫」と捉えている子より、アリ、テントウムシ、カマキリ、セミ、バッタを知っている子の方が、散歩をしたときに多くのものを発見できます。
知覚とは、単に目や耳に刺激が入ることではありません。入ってきた情報の中から、「これは何だ」と取り出せることです。
語彙が世界の解像度を上げる
そこで重要になるのが、語彙や知識です。
語彙を豊かにすることは、単語テストで正解するのが目的ではなく、世界の捉え方を緻密にすることに直結します。「寂しい」「悔しい」「不安」「恥ずかしい」「うらやましい」という言葉を知れば、自分の感情をより細かく見分けられるようになります。
「重い」「軽い」「長い」「短い」「速い」「遅い」「広い」「狭い」といった言葉を知れば、もの同士の関係にも気づきやすくなります。
言葉を知ることは、世界を細かく分類するための枠を持つことでもあります。知識が増えるほど、子どもが世界から取り出せる情報も増えていきます。
「知っている」だけでは、まだ理解ではない
理解とは、頭の中に状況が立ち上がること
「男の子が赤い傘を持って、公園を走っています」
この文章を理解するとき、私たちは「男の子」「赤い」「傘」「公園」「走る」という五つの単語をバラバラにイメージするだけではありません。頭の中には、赤い傘を持った男の子が公園を走っている、一つの場面ができます。
これが理解です。
言葉の一つひとつを知っているだけでは十分ではありません。それらがどのような関係にあるのかをまとめ、一つの意味のある心内表象として作り上げる必要があります。
音読できるのに、内容が分からない
文章を音読できるのに内容が分からない子では、文字から音への変換まではできていても、その先で意味のある場面が十分に作られていないことがあります。
情報を覚えることと、意味を取ることは違う
昔話を聞かせたあとで、内容を尋ねてみます。一人の子は、聞いた文章をかなり正確に繰り返せます。もう一人は細かな言葉は覚えていませんが、「欲張ったから、最後に全部なくしちゃった話」と答えます。
前者は表面の情報をよく記憶しています。後者は、物語全体を一つの意味として、抽象化して捉えています。
どちらも大切な力ですが、「覚えている」と「分かっている」は同じではありません。地頭力を考えるうえでは、記憶した情報を意味として理解できることが重要になります。
5つの語を別々に記憶するのではなく、1つの場面(心内表象)として頭の中に立ち上げることが「理解」。語同士の関係が見えて初めて、意味がつかめる。
分かったことから、「この先」を予測する
認知したことから、まだ見えていないことを考える
認知力は、目の前にあるものを理解するだけではありません。「今、何が起きているのか」が分かれば、それまでの知識や経験と結び付けて、「この先、何が起きるのか」まで考えられます。
たとえば、夕方の西の空が赤く染まっている。「きれいな夕焼けだな」と気づくだけでなく、「明日は晴れるかもしれない」と予測する。反対に朝焼けなら、「これから天気が崩れるかもしれない」と考える。
飛行機雲が長く残っているなら、上空の湿度が高く、天気が変わるかもしれない。太陽や月のまわりに輪が見えれば、上空に薄い雲が広がり、雨や雪が近づいているかもしれない。道路の一部だけが濡れていれば、雨ではなく誰かが水をまいたのかもしれない。冷たいコップに水滴がついていれば、水が漏れたのではなく、空気中の水分が冷やされたのかもしれない。
大切なのは、未来を当てることではありません。「なぜこうなっているのだろう」「このあと、どうなるだろう」「ほかの可能性はないだろうか」と考えることです。
今見えていること + これまでの知識や経験 → この先の予測
これが推論です。知識が増えるほど、同じ景色から取り出せる情報が増えます。そして、その情報を結び付けることで、まだ見えていないことまで考えられるようになります。
読解力の土台には、「聞いて分かる」がある
読むことには、多くの処理が必要になる
文字を読むとき、頭の中ではいくつもの処理が行われます。
まず、文字列を見て音へ変換する音韻符号化を行い、その音から語を認識し、意味を取り出し、さらに文と文の関係を結び付けて内容を理解します。
まだ文字を読むことに慣れていない子は、この音韻符号化そのものに多くのワーキングメモリを使います。そのため、声に出して読むことはできても、何が書いてあったのかまで十分に理解できないことがあります。
ただし、読む場合には目の前に文字が残っています。分からなくなれば前の文へ戻り、もう一度読み直すことができます。
聞くとき、音声は次々と消えていく
一方、話を聞く場合には、文字から音への音韻符号化は必要ありません。その代わり、聞こえてきた音声は次々と消えていきます。
前の文を目で見直すことはできないため、聞いた言葉をワーキングメモリに一時的に保持しながら、その場で意味を取り出し、前後の内容と結び付け、次々と心内表象を作っていく必要があります。
つまり、「聞いて分かる」ときには、聞く → 保持する → 意味を取る → 心内表象を作るという処理を連続して行っています。
こうした聴解は、聞いた情報を保持しながら同時に意味処理を行うため、ワーキングメモリを働かせる経験にもなります。
子どもの理解力を見るときには、「どのくらい読めているか」だけでなく、「聞いた話をどのくらい理解できるか」を見ることも大切です。
読み聞かせをしたあとで、「誰が出てきた?」「どうして怒ったの?」「最後はどうなった?」と尋ねれば、消えていく音声からどこまで意味を作り、内容を保持できているのかが見えてきます。
「聞けば分かる」という土台が十分に育ち、その上に文字を読む力が乗ることで、「読めば分かる」へとつながっていきます。
算数では、数字どうしの「関係」を読む
結果だけ見るのではなく、状況を把握する
算数では、数字そのものを見るだけではなく、数字どうしがどのような関係にあるのかを捉える必要があります。
たとえば高速道路で、「ここから渋滞5km、通過に10分」と表示されていたとします。一方、(こんな事はありえませんが)「ここから渋滞10km、通過に5分」という表示があったとします。
数字や結果だけを見れば「10km」や「10分」の方がひどい渋滞に見えるかもしれません。しかし、10kmを5分で進めるなら平均時速は120kmで渋滞ではありません、5km進むのに10分かかるなら平均時速は30kmで渋滞です。
問題なのは、数字だけを見るのではなく状況を把握することです。距離と時間を組み合わせて、「どのくらいの速さで進んでいるのか」をイメージできないといけません。
同じことは生活の中にもあります。「500円」は小学生のお小遣いとして見れば大きくても、家族4人分の夕食代として見れば小さい。「1リットル」の水も、コップに入れれば大量ですが、お風呂に入れればほとんど変化が分かりません。
数字は単独で意味を持つのではなく、ほかの量や状況との関係の中で意味を持ちます。算数が分かるとは、数字を計算することだけではありません。数字どうしの関係から、現実の状況を読み取ることでもあります。
数字の表面だけを見ると
- 渋滞5km — 通過に10分(長時間)
- 渋滞10km — 通過に5分(長距離)
- 「10km の方がひどい渋滞だ」と感じる
- 数字の大きさで判断している
- 関係を読めていない
数字の「関係」を読むと
- 5km ÷ 10分 → 平均時速 30km/h(渋滞)
- 10km ÷ 5分 → 平均時速 120km/h(猛スピード)
- 「5km / 10分 が渋滞である」と分かる
- 数字どうしの関係から現実の状況を読んでいる
- 算数の「分かる」はここにある
数字の手前に「嵩」が見える
数は、量を表す記号にすぎない
数字はとても便利です。しかし、数字そのものが現実に存在しているわけではありません。
「100g」という記号の手前には、実際の身体感覚としての肉の嵩があります。「500m」の手前には、歩いたときに感じる距離があります。「30分」という量の手前には、待ったり遊んだりしたときの身体感覚としての時間の長さがあります。
こうした、数字の手前にある現実の量の身体感覚は、「嵩」と呼ばれます。
割り算には、二つの意味がある
「8÷4」という式でも、現実の中では意味が二つあります。8個の梨を4人で同じ数ずつ分ける「8個÷4人=1人あたり2個」は等分除です。一方、8個の梨を4個ずつに分ける「8個÷4個=2人に行き渡る」は包含除です。同じような計算に見えますが、頭の中に立ち上がっている「嵩」の順序関係は違います。
この違いは、分数の割り算のときにより明確になります。2÷1/2を包含除として考えると、「2の中に1/2はいくつ入るか」という意味になります。1/2が4つで2になるので、答えは4です。
割り算を単なる記号操作として覚えるのではなく、「全体を等しく分ける」のか、「ある量がいくつ含まれるのか」を捉えることが大切です。数字の手前にある嵩が見えれば、整数の割り算から分数の割り算まで、同じ量の関係として理解できます。
記号操作として覚える
- 8÷4 = 2(計算できる)
- 2÷1/2 = 2×2 = 4(逆数をかける公式)
- なぜそうなるのか分からなくても解ける
- 分数・少数で突然分からなくなる
- 公式を覚え直すたびに混乱する
嵩(量の関係)で理解する
- 8個を4人に分けると1人2個(等分除)
- 2の中に1/2はいくつ入るか → 4つ(包含除)
- 量の関係として見えている
- 整数でも分数でも同じ考え方が使える
- どんな問題にも応用できる
論理は、日常生活の中にある
順序が違えば、結果も変わる
論理的思考力というと、難しいパズルや算数問題を思い浮かべるかもしれません。しかし、論理は毎日の生活の中にあります。料理には順序があります。卵を割る前にフライパンへ入れることはできません。ケーキを焼く前に飾り付けることもできません。
原因と結果をつなぐ
「氷を外に置いたら溶けた」「水をやらなかったら花がしおれた」「強く投げたから遠くまで飛んだ」。生活の中には原因と結果の関係があふれています。子どもは、こうした出来事を繰り返し経験することで「なぜそうなったのか」を考える材料を蓄えていきます。論理とは、順序・原因・条件・比較など、物事の関係を正しく捉え、つなげることです。
知識がなければ、考えることもできない
知識が、世界の「解像度」を上げる
暗記より思考力と言われることがあります。もちろん、意味も分からず覚えるだけでは単なる試験対策に過ぎません。しかし、そもそも知識がなければ、考えることもできません。
たとえば、街中のスナップ写真を一枚見せたとします。ある子には、「人が歩いている」「車がある」「店が並んでいる」くらいしか見えないかもしれません。一方、道路標識、車種、建物の様式、季節の植物、服装、看板の文字などについて知識がある子なら、同じ一枚の写真からはるかに多くの情報を取り出せます。
写真そのものは同じです。違うのは、見る側が持っている知識です。
知っていることが増えるほど、目の前の世界を細かく区別できるようになります。いわば、世界を見る「解像度」が上がるのです。知識は思考の反対ではありません。何かに気づき、意味を理解し、その先を考えるための材料です。
大切なのは、知識が使えること
ただし、知識は持っているだけでは十分ではありません。覚えた知識を使って目の前のものに気づき、情報を結び付けて理解し、そこから先を推論する。このように知識が動き始めたとき、「知っている」が「分かる」「考えられる」へと変わっていきます。
認知力は、経験することで豊かになる
文から、正確な状況を頭の中に作る
たとえば、「お財布に480円入っています。230円の買い物をしたら、お釣りはいくらでしょう」という問題があります。
数字だけを見て、480−230=250と計算すれば、「250円」と答えてしまいます。しかし、文章の場面を心内表象として作れている子は、「480円を持っていて、230円の商品を買うのだから、お釣りはない。財布には250円入っている」と気づきます。
ここでは、計算ができるかどうかよりも、書かれている言葉から、現実の状況を正確に再現できているかが問われています。文章題を見た瞬間に数字を探し、足すのか引くのかを考える癖がつくと、文の意味を十分に理解しないまま計算へ進んでしまうことがあります。
大切なのは、まず「何が起きているのか」「誰が何を持っているのか」「何が変化したのか」を頭の中に立ち上げることです。文章から心内表象を作り、その上で必要なら計算する。こうした経験を繰り返すことで、「数字を見ると計算する」から、「状況を理解してから考える」へと認知の使い方が変わっていきます。
認知力が、「自分の頭で考える」土台になる
知覚から思考までには流れがある
子どもの「分かる力」は、突然生まれるものではありません。
まず、語彙や知識が豊かになります。知っているものが増えることで、世界の中から多くの情報を知覚できるようになります。知覚した情報を結び付けることで、一つの意味ある状況として理解できるようになります。理解したことを既存の知識とつなぐことで、推論ができます。
さらに、比較したり、分類したり、原因と結果を考えたり、別の場面へ応用したりすることで、思考へつながります。知識は多い方が有利です。しかし、大切なのは、持っている知識を使えることです。
何が起きているのかに気づく。意味をつかむ。知っていることと結び付ける。そこからまだ書かれていないことまで考える。これが、認知力という「分かる力」です。
認知力だけで、地頭力のすべてが決まるわけではない
認知力は頭の良さの大切な土台です。しかし、認知力が高ければそれだけで地頭力が完成するわけではありません。難しい問題をすぐ理解できても「失敗したくない」と思って挑戦を避ける子がいます。友達が困っていることは理解できても「助けてあげたい」と感じるかどうかは別です。さらに、何をすべきかも分かり、人の気持ちも分かっているのに、自分自身が今どのような行動をしているのかには気づきにくいこともあります。
ここに、非認知とメタ認知がかかわってきます。認知が世界を「分かる力」なら、非認知はその世界を「感じる力」、メタ認知は自分自身に「気づく力」です。この3つがかかわり合うことで、知識や理解が現実の判断や行動へつながっていきます。
まとめ
認知力とは、単に知識を覚えたり問題を速く解いたりする力ではありません。知っているものが増えることで、世界の中から多くの情報を引き出せるようになります。知覚した情報を結び付ければ状況を理解できます。理解したことを既に持っている知識と結び付ければ、その先を推論できます。
聞いた言葉から意味を作る力は読解の土台になり、量や関係を頭の中に立ち上げる力は算数の理解につながります。日常の中で順序や原因、条件を捉える経験は、論理的思考へとつながります。
頭の良さとは、たくさん知っていることだけではなく、知っていることを使って世界を見つけ、意味を理解し、その先まで考えられること。認知力は、その「分かる力」の土台です。
よくある質問
認知力とは何ですか?
目や耳から入ってきた情報に気づき、それが何を意味するのかを理解し、既に持っている知識と結び付けて考える頭の働きです。地頭力では認知力を「分かる力」と捉えています。
「認知」と「認知力」「認知能力」は違いますか?
厳密には使われる文脈によって意味の幅がありますが、地頭力では、知覚・理解・推論などを含む認知の働きを、子どもの「分かる力」という意味で「認知力」と定義しています。
語彙を豊かにすると、なぜ理解力が高まるのですか?
語彙や概念を知ることで、それまで区別できなかったものを区別して認識できるようになるからです。知っているものが増えるほど、世界から取り出せる情報が増え、理解や思考の材料も豊かになります。
音読できるのに、文章を理解できないのはなぜですか?
文字を音に変えることと、その言葉から意味のある状況を頭の中に作ることは別の処理だからです。音読ができても、文章全体を心内表象として組み立てられていなければ、内容を十分に理解できないことがあります。
計算はできるのに文章題が解けないのはなぜですか?
計算手順を知っていることと、文章に書かれた量や関係を理解することは別だからです。文章から「何がどのくらいあるのか」という嵩を頭の中に作り、それを式へ翻訳する必要があります。
論理的思考力は、問題集で鍛えるものですか?
問題集も一つの方法ですが、論理は日常生活の中にもあります。料理の順序、遊びのルール、出来事の原因と結果などを考える経験が、順序・原因・条件・関係を捉える力につながります。
家庭で認知力を育てるには何をすればよいですか?
会話・読み聞かせ・買い物・料理・散歩・遊びなどの中で「これは何だろう」「なぜこうなったのだろう」「どちらが多いだろう」「次はどうなるだろう」と考える機会を作ることが、認知力を育てる材料になります。
