JIATAMA GUIDE

地頭力とは

「頭がいい」は、ひとつの力ではない

漢字をたくさん知っている。計算が速い。学校の成績もよい。それでも、文章を読んで意味をつかめなかったり、算数の文章題になると急に手が止まったりする子がいます。反対に、理解力も高く勉強もよくできるのに、「自分なんて」と自信を持てない子もいます。さらに、頭もよく、人の気持ちにも優しいのに、ケーキを持ち帰れば箱の中で片側に寄っていたり、うっかりミスが多かったり、どこか「天然」な子もいます。

頭がよいだけではなく、さまざまなことを卒なくこなす地頭力は、知識量や計算力だけでは説明できません。ここでは地頭力を、ことば・思考・認知の関係から、子どもの総合的な学ぶ力として捉えます。 語彙や概念を使って世界を理解し、考える。そのうえで、認知=「分かる力」、非認知=「感じる力」、メタ認知=「気づく力」がかかわり合い、自分の頭で考え、判断し、行動するための土台がつくられます。

地頭力 認知力 非認知力 メタ認知力 子どもの思考力

地頭力を、「分かる・感じる・気づく」から考える

「頭の良さ」をひとつの尺度で見ない

「地頭力」という言葉には、学術的に一つに定まった定義があるわけではありません。一般には、覚えた知識をそのまま再生するのではなく、初めて出会った問題を理解し、自分で考えて対応する力という意味で使われます。

しかし、子どもの頭の働きを見ると、「考える力」だけでは十分に説明できません。問題はよく解けるのに失敗を極端に恐れる子がいます。人の気持ちには敏感なのに、自分自身が何をしているかには気づきにくい子もいます。これらは、認知、非認知、メタ認知という、人の学びや行動にかかわる異なる側面を表しています。

分かる・感じる・気づく

友達が転んで泣いている場面を考えてみます。「転んで膝を打ったから泣いている」と状況を理解するのが認知です。「痛そうだな」「かわいそうだな」と感じるのが非認知です。そして「助けたいと思っているのに、恥ずかしくて声をかけられない自分がいる」と気づくのがメタ認知です。

実際の生活では、この3つは別々に働きません。人は分かり、感じ、気づきながら、次に何をするのかを決めています。地頭力を、自分の頭で世界とかかわるための総合的な力と考えるとよいでしょう。

認知の入口は、「何がそこにあるか」に気づくこと

知らないものは、見えていても見えていない

認知(分かる力)というと、理解力や思考力を思い浮かべるかもしれません。しかし、その前に必要なのが知覚です。そもそも目の前に何があるのか分からなければ、その意味について考えることはできません。植物についてほとんど知らない子と公園を歩けば、そこに見えるものは「木」「花」「草」くらいかもしれません。しかし、「桜」「ケヤキ」「タンポポ」「アジサイ」「ススキ」という名前を知っている子には、同じ景色の中にそれぞれ違うものが見えています。道路標識も同じです。駐車禁止の標識を知らない子には、赤と青の丸い模様です。意味を知っている人には、「ここには車を停めてはいけない」という情報として見えます。

語彙や概念が、世界の解像度を上げる

語彙や知識を豊かにすることは、単に物知りにすることではありません。知っているものが増えるほど、世界から取り出せる情報が増えていきます。感情についても同じです。「悲しい」という語しか知らない子より、「寂しい」「悔しい」「不安」「恥ずかしい」「うらやましい」といった言葉を持つ子の方が、自分の中で起きている感情を細かく区別できます。

「国語力」とは、一般に漢字の書き取りや読解力を育てることと受け止められていますが、実際には、上記のように語彙や概念を使って世界を捉え、ことばから意味を作り、関係を考える総合的な力のことです。

「読める」「計算できる」と「分かる」は違う

漢字が読めても、文章が分かるとは限らない

教科書をすらすら音読できる子がいます。漢字も正しく読めます。それでも、読み終わったあとに「何の話だった?」と尋ねると答えられないことがあります。文字を音へ変換することはできています。この作業をここでは音韻符号化と呼びます。しかし、その言葉が表している状況を頭の中に作るところまで進んでいません。

たとえば、「男の子が赤い傘を持って、公園を走っています」という文章を理解するとき、「男の子」「赤」「傘」「公園」「走る」という五つのことばが個別に存在するだけでは困ります。赤い傘を持った男の子が公園を走る、一つの場面として頭の中にイメージされる必要があります。理解とは、情報一つひとつをバラバラに処理することではなく、意味のある心内表象を作ることです。

計算できても、文章題が解けない

「平均時速40kmでは1時間半でどれくらい進む?」なら、40km/h×1.5h=60kmと瞬時に答えられる。それでも、「行きは時速60km、帰りは時速40kmのとき、往復の平均速度は?」と聞かれると、単純平均の50km/hと答えてしまう子がいます。正解は48km/hです。「は・じ・き」の計算方法は覚えています。しかし、「き=距離」が与えられていないと立式できない。理解できる子は、文章をそのまま式へ変えているのではありません。いったん頭の中に状況を作り、その状況を式へ翻訳しています。

知識を持つだけでなく、「その先」を考える

知っていることから、何が分かるか

たとえば、「世界一長い川はナイル川です」という文章があります。その文章を読んだ子に、「では、日本一長い信濃川とナイル川ではどちらが長いでしょうか」と尋ねます。世界一と日本一では世界一のほうが範囲が広いことを理解していれば、「ナイル川」と分かります。ところが、これを「調べてみないと分からない」と考える子がいます。この場合、知識がないのではありません。文章に書かれた情報から、その文章には直接書かれていない関係を取り出せていないのです。

推論とは、知識と知識をつなぐこと

「知っている」と「知っていることから考えられる」の間には認知に一段階あります。雨が降れば道路が濡れることを知っている子が、朝、道路が濡れているのを見て、「夜に雨が降ったのかな」と考える。さらに、「でも散水車が通った可能性もある」と別の可能性を考える。こうして知識を結び付け、仮説を作り、その妥当性を考えるところから思考が始まります。地頭のよい子とは、必ずしも最も多くの知識を持つ子ではありません。持っている知識を使って、その先まで考えられる子です。

理解力は、「聞いて分かる」ことから育つ

記憶と、理解は違う

昔話を聞かせたあとで内容を尋ねます。一人の子は、聞いた文章をかなり正確に繰り返します。もう一人は細かな言い回しは覚えていませんが、「欲張ったから、最後に全部なくしちゃった話」と答えます。前者は記憶が優れています。後者は、物語全体から意味を取り出し、抽象化しています。

文章を理解するとは、言葉の表面をそのまま記憶することではありません。書かれている情報を、すでに持っている知識や経験の枠組みである「スキーマ」と結び付けながら、何が起き、なぜそうなり、結局どのような話なのかを、意味のあるまとまりとして頭の中に構成することです。

読解力の前に、聴解力がある

文字を読むときには、文字列を見て音へ変換し、その音から語を認識し、意味を取り出し、さらに文と文の関係を結び付けて内容を理解する必要があります。まだ文字を読むことに慣れていない子は、この文字から音への処理そのものにワーキングメモリを多く使います。そのため、声に出して読むことはできても、文章の意味を保持し、文同士を結び付けて理解するところまで十分に処理が回らないことがあります。

一方、話を聞く場合には文字から音への変換がありません。文字の解読に使う処理負荷がない分、内容の理解に認知資源を回しやすくなります。 そのため、まず「聞けば分かる」を育て、その上に「読めば分かる」を育てていきます。その上に「読めば分かる」を育てていきます。子どもの初期の理解力を見るときには、読解問題だけでなく、耳から入った話をどれだけ理解できるかを見ることも重要です。

詳しく読む — 認知力-分かる力-とは

参考記事

パルキッズ通信「読めば分かる子、聞けば分かる子に育てる」を読む

算数が分かる子は、数字の向こうに「嵩」が見える

数字の前に、嵩がある

算数では、数字や計算記号が使われます。これらは、現実に存在する量を表すための記号です。親子丼のレシピに「2人分、鶏肉100グラム、卵4個」と書いてあったとします。数字や量として、それらを処理します。しかし、実生活で料理をしている人の頭には、100グラムの肉がどのくらいなのか、卵4個でどのくらいの量になるのかという嵩の感覚があります。

5×6という式の前には、「5が6つある」という量があります。6÷2という式の前には、「6を2つずつ分ける」「6を2人で分ける」といった状況があります。この量の現実社会における感覚は「嵩」と呼ばれます。

文章題が苦手な子の中には、計算方法を覚えることに慣れすぎて、文章から嵩を頭の中に立ち上げる経験が不足している場合があります。数字の表す量に対応する「嵩」が感じるようになると、算数は単なる記号操作ではなく、現実の関係を扱うものへ変わります。これが成立しないので、文章題から正しく立式できない、などということが起きるのです

例えば、分数の割り算などは嵩の感覚がうまく使えないことが少なくありません。4÷1/2は8ですが、理解しにくいので、学校では、分数の割り算は分母と分子を入れ替えて掛け算にすると覚えます。しかし、包含除という考え方が思い浮かべば4から1/2を何回取れるか、と理解できるので、8という正答が導けるのです。

参考記事

note「地頭力・嵩」を読む パルキッズ通信「それ知ってるから始まる知の世界」を読む

論理は、日常生活の中で育っている

論理は問題集の中ではなく、身の回りに溢れている

論理的思考力というと、パズルや難しい算数問題を思い浮かべるかもしれません。しかし、幼児の遊びにも論理があります。レストランごっこなら、お客さんが来る。席へ案内する。メニューを見る。注文する。料理が出る。食べる。会計をする、という順序があります。注文する前に料理が出てくれば変ですし、食べる前に片づけられても困ります。

料理にも順序があります。卵を割る前にフライパンへ入れることはできません。ケーキを焼く前に飾り付けはできません。「雨が降ったから地面が濡れた」「氷を外に置いたから溶けた」という経験には、原因と結果があります。論理性とは、難しい言葉で説明する力ではありません。物事には順序や原因、条件、関係があることに気づき、それらを正しくつなぐ力です。このように、日常の遊びや生活経験が、後の論理的思考につながります。

パルキッズ通信「『ごっこ遊び』で伸ばす論理性」を読む

非認知(感じる力)とは

頭がよくても、自分に自信があるとは限らない

学校の成績はとてもよい。先生の話もすぐ理解できる。難しい問題も解ける。それなのに、「自分なんて大したことない」「失敗したらどうしよう」「人がやるから関係ない」と感じている子がいます。認知能力が高いことと、自己肯定感や主体性が安定していることは別物です。

難しいパズルに挑戦して一度失敗したとき、「できなかったから、もうやらない」と思うのか、「別のやり方ならできるかもしれない」ともう一度試すのか。この違いは、漢字や計算のテストでは測れません。

目の前で友達が困っています。「困っている」と状況を理解するのは認知です。しかし、「かわいそうだな」「助けたいな」と心が動くのは非認知です。非認知には、感情、共感、意欲、主体性、自己制御、自己効力感、人とのかかわりなどが含まれます。認知が世界を「分かる力」なら、非認知は、その世界を「感じる力」です。

詳しく読む — 非認知力-感じる力-とは

主体性は、「好きにさせること」とは違う

自分で考えて選ぶ

「子どもの好きなようにさせる」ことと主体性は同じではありません。自分の希望を持ちながら、周囲の状況や相手の立場も理解し、そのうえで「自分はどうするべきか」を考える。必要なら人と協力し、自分の判断に責任を持って行動する。そこに主体性があります。

また、「まだできないけれど、練習すればできるようになるかもしれない」と考えられる自己効力感も大切です。認知能力だけでなく、こうした自己効力感や主体性があることで、子どもは知っていることを現実の行動へ移していけます。

メタ認知(気づく力)とは

頭もよく、優しい。それでもどこか天然な子

認知力も高く、人の気持ちもよく分かる。それなのに、日常生活ではどこか抜けている子がいます。ケーキを大切そうに持って帰ってきたのに、箱を開けると全部片側に寄っている。卵を買って帰ったのに、いくつか割れている。「ケーキは傾けると崩れる」「卵は割れやすい」という知識はあります。それでも歩いている最中に、「いま箱が傾いていないかな」「袋を振りすぎていないかな」と自分の行動をモニターできていません。

この、自分自身の認知や行動を見る働きがメタ認知です。算数の問題を前にして単に「分からない」と言う子がいます。一方で「文章の意味は分かるけれど、どの数字を使えばいいのか分からない」と言える子もいます。後者は、自分がどこまで理解していてどこから理解できていないかを見ています。メタ認知とは、自分の頭の働きを一段上から見て、必要に応じて修正する力です。

詳しく読む — メタ認知力-気づく力-とは

視点を変えると、直感やひらめきにつながる

自分の考え方から、一度離れてみる

問題を同じ角度から見続けていると、答えが見つからないことがあります。しかし「そもそも、この考え方でよいのかな」「反対から見たらどうなるだろう」「以前やった別の問題と似ていないかな」と、自分が使っている考え方そのものを見直すと、別の関係が見えることがあります。

直感やひらめきは突然空から降ってくるわけではありません。それまでに蓄えた知識や経験が、新しい組み合わせでつながったときに生まれることがあります。自分の考えを一段上から眺め、一つの考え方への固執から離れられるメタ認知は、そうした新しい結び付きが生まれる余地を作ります。

パルキッズ通信「AI時代を生き抜くために必要なたった一つの能力」を読む

「体験」と「経験」は同じではない

同じ体験でも、受け取るものは違う

子どもには、さまざまな体験をさせた方がよいと言われます。キャンプ、旅行、スポーツ、博物館、料理。もちろん体験は大切です。しかし、体験しただけで自動的に地頭力が育つわけではありません。

キャンプで火を起こしたとします。「キャンプで火をつけた」で終わる子もいます。一方で、「太い薪だけでは火がつかなかったけれど、細い枝から始めたらうまく燃えた」と、関係に気づく子もいます。友達から励まされて、「一人だったら途中でやめていたかもしれない」と感じることもあります。「最初は行きたくなかったけれど、来てみたら楽しかった」と、自分の気持ちの変化に気づくこともあります。

「どうだった?」「なぜうまくいったと思う?」「何が一番うれしかった?」「今度ならどうする?」と振り返ることで、出来事から意味を取り出せます。体験を理解し、感じ、自分の中で振り返ったとき、それは経験になります。地頭力を育てるとは、体験の数だけを増やすことではなく、体験から意味を取り出せる頭を育てることでもあります。

パルキッズ通信「地頭力を鍛える子育て」を読む

地頭力は、毎日の暮らしの中で育つ

日常生活そのものが、考える材料になる

地頭力を育てると聞くと、難しい問題集や特別な知育が必要だと思うかもしれません。しかし、家庭の中には考える材料がたくさんあります。料理をしながら、「このカップ一杯って、どのくらいかな」と考える。買い物をしながら、「500円持っていて180円使ったら、どのくらい残るかな」と話す。散歩をしながら、「昨日より葉っぱが黄色くなったね」と気づく。絵本を読んだあと、「この子はどうして怒ったんだと思う?」と考える。

こうした日常の中で、知覚し、理解し、推論し、感じ、振り返るという働きが繰り返されます。同じ料理をしても、言われた通りに材料を混ぜるだけなら、作業として終わることがあります。「この量で足りるかな」「さっきより生地が固いね」「どうして膨らんだんだろう」と考えれば、その体験から理解や推論が生まれます。大切なのは、どれだけ多くのことを子どもにさせるかではありません。そのとき子どもの頭の中で何が起きているかを見ることです。

地頭力講座

知識から理解へ、理解から思考へ

「思考力」と「知識」は対立しない

「暗記ではなく思考力を」と言われることがあります。しかし、知識なしに考えることはできません。「桜」を知らなければ桜について考えることはできません。「哺乳類」という概念を知らなければ、犬とクジラの共通点について考えることも難しくなります。知識は思考の敵ではありません。考えるための材料です。

語彙や知識が豊かになることで、世界の中から多くのものを知覚できるようになります。知覚した情報同士を結び付けると理解になります。理解した関係を比較し・分類し・推論し・別の場面へ使うことで思考になります。この「語彙・概念 → 理解 → 思考」という流れを、ことばの面から支えているのが、ここでいう国語力です。そして、その出来事をどう感じるのか、自分自身はどう考えているのかに気づくことで、非認知とメタ認知が加わります。

地頭力は、知識の土台の上に成立します。世界を理解し、感じ、考え、現実の中で使えるものへ変えていく頭の働きです。

まとめ

地頭力は、単に勉強ができることを意味するものではありません。文章を読めるのに内容が分からないことがあります。計算はできても文章題の量の関係をつかめないことがあります。理解力が高くても自分に自信を持てない子もいます。頭もよく心も優しいのに、自分の行動を少し引いて見ることが苦手な子もいます。

地頭力を、ことば・思考・認知の関係から捉え、さらに認知=「分かる力」、非認知=「感じる力」、メタ認知=「気づく力」から見ることで、子どもの総合的な学ぶ力が見えてきます。

認知によって世界が見え意味が分かります。非認知によって、その世界をどう感じ、どうかかわるかが変わります。メタ認知によって、自分自身の理解・感情・行動を見直し、必要なら修正できます。

地頭力とは、ことばや知識を使って世界を理解し、感じ、考え、自分自身にも気づきながら、新しいことを学んでいくための総合的な力です。

よくある質問

地頭力とは何ですか?

地頭力は、ことばや知識を使って世界を理解し、考え、感じ、自分自身にも気づきながら学んでいく総合的な力です。このページでは、その働きを認知=「分かる力」、非認知=「感じる力」、メタ認知=「気づく力」から捉えています。

地頭がいい子とは、勉強ができる子のことですか?

同じではありません。知識量や計算力も大切ですが、文章や状況の意味を理解したり、知識同士を結び付けたり、初めての問題でも自分で考えたりする力も地頭力に含まれます。

計算はできるのに文章題が苦手なのはなぜですか?

計算手順を覚えることと、文章に書かれた量や関係を頭の中に作ることは別だからです。「何がいくつあるのか」「どのくらい違うのか」といった嵩を捉えられると、状況から式へつなげやすくなります。

頭がよくても、自己肯定感が低いことはありますか?

あります。理解力や学力などの認知能力が高いことと、自分を肯定したり、失敗してももう一度やってみようと思えたりする非認知の側面は同じものではありません。

メタ認知とは何ですか?

自分の考え・感情・理解・行動を一段上から観察する働きです。「本当に分かっているかな」「自分はいま焦っているな」「このやり方で大丈夫かな」と気づくことで、考えや行動を修正しやすくなります。

語彙を豊かにすることは地頭力につながりますか?

つながります。語彙や概念が豊かになるほど、身の回りから認識できる情報が増えます。知っているものが増えることで知覚が豊かになり、理解や思考の材料も増えていきます。

地頭力は家庭でも育てられますか?

日常の会話・読み聞かせ・料理・買い物・散歩・ごっこ遊びなどにも、地頭力を育てる材料があります。大切なのは体験を増やすことだけでなく、その中で何が分かり、何を感じ、何に気づいたのかを振り返ることです。

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