非認知力-感じる力-とは
学校と違い社会では「分かる力」以上が必要
学校の勉強はよくできる。先生の説明もすぐ理解できる。難しい問題にも答えられる。それなのに、「失敗したら恥ずかしい」「自分とは関係ない」と、新しいことにはなかなか挑戦できない子がいます。
反対に、友達が困っていることに気づいて「大丈夫?」と声をかけられる子もいます。うまくいかなくても「もう一回やってみる」と立ち上がれる子もいます。自分の意見を持ちながら、人の意見にも耳を傾けられる子もいます。
こうした違いは、知識量や計算の速さでは測れません。
「地頭力とは」のページでは、地頭力を、認知=「分かる力」、非認知=「感じる力」、メタ認知=「気づく力」という3つから捉えました。
ここではその中でも、感情、意欲、自己肯定感、自己効力感、主体性、共感、自己制御など、分かったことを「どう感じ、どう生きるか」へつなげる非認知力について詳しく考えます。
非認知力とは、「感じる力」
分かったあとに、どう感じるか
認知力が「分かる力」だとすれば、非認知力は、分かったことに対して「どう感じるか」にかかわる力です。
危険だと分かって、怖いと感じる。人が困っていると分かって、助けたいと感じる。難しい課題を前にして、「できそうだ」と感じることもあれば、「自分には無理だ」と感じることもあります。
人は、理解したことをそのまま行動に移しているわけではありません。
分かる → 感じる → 評価する → 選ぶ → 行動する
という過程があります。
この「感じる」「評価する」という部分に深くかかわっているのが非認知力です。
自己肯定感
うまくいかなくても「それでも自分だ」と感じられる力。他者の評価に左右されない、自分軸の存在感覚。
自己効力感
「自分でできた」という感覚の積み重ね。「できるかもしれない」という挑戦の原動力になる。
主体性
自分で考え、判断し、その判断に責任を持って行動する力。「好きにさせること」とは異なる。
共感力
相手の言葉の奥にある感情や意図を、言葉にならない部分も含めて受け取る力。
自己制御
感情を消すのではなく、感情と行動の間に少しの隙間を作る力。その隙間の中で選ぶ余地が生まれる。
内発的動機付け
「楽しいから」「知りたいから」という内側から生まれる動機。外からの評価に依存しない学びの原動力。
倫理観
何が正しいのか、何をしてよいのかを判断し、行動を選ぶための基準。
「分かっているのに、できない」のはなぜか
正しい答えを知っているだけでは、行動は決まらない
「友達には親切にしましょう」と分かっている。「失敗しても、また挑戦すればよい」と分かっている。「宿題は早めにやった方がよい」と分かっている。
それでも、必ずその通りに行動できるとは限りません。
知識として正しい答えを持っていても、「面倒だ」「怖い」「恥ずかしい」「やりたくない」という感情が行動を止めることがあります。反対に、「やってみたい」「助けたい」「面白そう」という気持ちが、行動を後押しすることもあります。
非認知力は、認知とは切り離された別の能力ではなく、分かったことを評価し、現実の選択や行動へつなげる側面に深くかかわっています。
自己肯定感は、「人から認められること」ではない
他者の評価に自分の価値を委ねない
子どもは、周囲から褒められればうれしいし、認められれば自信を持ちます。しかし、いつも親や先生の期待に応えることを求められていると、「できた自分には価値がある」「できなかった自分はダメだ」と感じるようになることがあります。
テストで100点なら褒められる。試合に勝てば喜んでもらえる。反対に、間違えたり期待に応えられなかったりすると、「がっかりさせた」「自分には能力がない」と考えてしまう。
これは、自分の価値を周囲の評価に委ねている状態です。
自己肯定感とは、いつも「自分は優秀だ」と思うことではなく、間違えることも、できないこともある。それでも、その一回の失敗を「ダメな自分」と結び付けない感情です。
「失敗した」ことと、「自分には価値がない」ことを分けて考えられる。
その自己評価が、失敗を恐れずに次へ進む土台になります。
他者評価に依存した自己肯定感
- 100点 → 自分を好き、70点 → 自分が嫌い
- ほめられる日は自信がある
- 叱られる日は「自分はダメだ」
- 評価が変わるたびに自己像が揺れる
- 失敗 → 「こんな自分は嫌だ」
- 傷つきやすく、挑戦を避けやすい
安定した自己肯定感
- 100点 → 嬉しい、70点 → 次はここを直そう
- ほめられたら嬉しいが、それが全てではない
- 叱られても自分の価値は変わらない
- 評価が変わっても自己像は安定している
- 失敗 → 「これは次に生かせる」
- 難しいことにも挑戦できる余地がある
自己効力感は、「自分でできた」という感覚
「やらされてできた」と「自分でやり遂げた」は違う
自己効力感とは、「自分なら何とかできる」「やってみればできるかもしれない」という、自分の能力に対する感覚です。
ここで大切なのは、単に成功した回数ではありません。親に言われた通りに勉強して100点を取った。先生に言われた通りに練習して試合に勝った。それも成功には違いありませんが、「言われた通りにやっただけ」では、「自分の力でやれた」という感覚にはつながりにくいことがあります。
自己効力感を育てるのは、自分で考え、自分で選び、自分でやってみて、やり遂げた経験です。もちろん、失敗することもあります。しかし、「間違えたけれど、やり直せばいい」「まだできないけれど、もう一度やってみよう」と思えるのも、自己効力感に支えられています。
そして、この「自分なら何とかできる」という感覚は、「失敗しても自分は大丈夫」という自己肯定感を支える一つの土台になります。自己肯定感、自己効力感、意欲、粘り強さといった非認知の側面は、それぞれ完全に独立しているわけではなく、互いに影響し合いながら育っていきます。
「がんばって」が、いつも子どもを励ますとは限らない
励ましも、受け取る側の感情によって意味が変わる
大人が「がんばって」と言うとき、多くの場合は応援しているつもりです。しかし、すでに精いっぱい頑張っている子には、「まだ足りない」と言われたように感じられることがあります。「次はもっと頑張ろうね」という言葉も、ある子には励ましになり、ある子には「今の自分では駄目だった」という評価に聞こえます。
同じ言葉でも、受け取る子どもの状態によって意味は変わります。非認知力を考えるときには、「何を言ったか」だけではなく、その言葉を子どもがどう感じたかを見る必要があります。
主体性は、「好きにさせること」ではない
自分で考え、判断し、行動する
主体性とは、自分の意志と判断で行動しようとする態度です。しかし、それは「自分の好きなようにする」ことではありません。
自分の希望を持ちながら、周囲の状況や相手の立場も理解し、そのうえで「自分はどうするべきか」を考える。必要なら人と協力し、自分の判断に責任を持って行動する。そこに主体性があります。
たとえば、周囲の友達がみんな同じことをしていても、「本当にそれでよいのか」と自分で考える。反対に、自分の考えだけを押し通すのではなく、他人の意見も聞きながらよりよい方法を選ぶ。
主体性と協調性は、反対のものではありません。
周囲に流されず、自分で考えて判断しながら、人とも折り合いをつけて行動する。
それが主体性です。
共感は、「同じ気持ちになること」だけではない
相手の言わんとすることをくみ取る
共感とは、相手とまったく同じ気持ちになることだけではありません。
私たちは日常の中で、相手の表情や行動、言葉から、その人が何を感じ、何を伝えようとしているのかを絶えずくみ取っています。
たとえば、朝に母親から「ほら、もう8時よ」と言われた子どもは、単に時刻を知らされたとは受け止めません。「そろそろ学校へ行く準備をしなさい」という言外の意味を理解して、動き始めます。
「晩ご飯できたよ」と言われれば、「料理が完成した」という事実だけでなく、「食卓においで」という意味までくみ取ります。
人とのコミュニケーションでは、言葉そのものを理解するだけでは足りません。相手の立場に自分を寄せ、その人が何を感じ、何を意図しているのかを想像する。
そこに共感があります。
「頭がいい」だけでは、正しく行動できない
倫理観は、善悪を判断する基準になる
知識があり、論理的に考える力があっても、それだけで正しい行動ができるとは限りません。頭のよい人であれば、ルールの抜け道を見つけたり、自分に都合のよい理屈を組み立てたりすることもできます。
そこで必要になるのが倫理観です。倫理観とは、「何が得か」だけではなく、何が正しいのか、何をしてよいのかを判断する基準です。
誰も見ていなければズルをしてもばれない。それでも、「これはするべきではない」と判断してやらない。困っている人を見て「自分には関係ない」で済ませることもできるけれど、「放っておけない」と感じて行動する。
そこには、知識や論理だけでなく、感情や意志がかかわっています。
反対に、感情だけで判断すれば、目先の気持ちに引っ張られることもあります。大切なのは、知性か感情かのどちらかではありません。状況を理解し、論理的に考え、そのうえで善悪を判断して行動する。
認知力と非認知力が組み合わさることで、より健全な判断につながります。
自己制御とは、「我慢する力」だけではない
感情を消すのではなく、扱う
腹が立つ。悲しい。悔しい。欲しい。遊びたい。こうした感情や欲求そのものは、悪いものではありません。
自己制御とは、それらを感じないようにすることでも、ただ我慢することでもありません。「今、自分は腹が立っている」と感じながら、それでも相手を殴らない。「ゲームをしたい」と思いながら、先に宿題を終わらせる。
感情や欲求を持ったまま、それをどう行動につなげるかを選ぶ。それが自己制御です。
感情を「押さえ込む」アプローチ
- 「怒ってはいけない」と感情を否定する
- 感情があることを問題と見なす
- 一時的に行動は抑えられる
- 感情は消えず、じわじわと蓄積する
- どこかで噴き出すリスクがある
- 感情の扱い方を学ぶ機会がない
感情を「扱う」アプローチ(真の自己制御)
- 「腹が立っているな」と感情に気づく
- 感情があることを否定しない
- 感情と行動の間に少しの隙間を作る
- 「どうしたいか」「どうすべきか」を考える
- 感情を持ちながら行動を選ぶことができる
- 感情の扱い方を少しずつ学んでいく
「やらされる」と「やりたい」は違う
内発的な動機が、学びを自分のものにする
同じ勉強や習い事をしていても、「やらされている」のか、「自分でやりたい」と思って取り組んでいるのかでは、中身は大きく違います。
たとえば、ピアノを同じように弾ける二人の子がいたとします。一人は親に言われて練習している。もう一人は、弾けるようになりたくて自分から鍵盤に向かう。
見た目の成果は同じでも、前者は練習する環境がなくなればやめてしまうかもしれません。後者は、時間があれば自分から弾こうとします。
「知りたい」「理解したい」「できるようになりたい」という気持ちが、自分の内側から生まれる。これが内発的な動機です。
一方、「勉強しなさい」「あなたならできる」「がんばって」といった言葉も、子どもにとっては外からの「圧」になることがあります。
自分で関心を持ち、自分で選び、自分でやってみる。
その経験が、「もっと知りたい」「もう一度やってみたい」という意欲を生み、学びを続ける力になります。
外発的動機付け — やらされる
- 「やりなさい」と言われてやる
- 褒美・評価・順位がないとやる気が起きない
- 報酬がなくなると意欲が落ちやすい
- 「やらされた」という感覚が残る
- 長期的な継続につながりにくい
- 義務感が好奇心より先に立つ
内発的動機付け — やりたい
- 楽しい・知りたいから自分でやる
- 報酬がなくても続けたいと感じる
- 自分で選んだという感覚がある
- 「自分でやった」という達成感が残る
- 長期的に学びが続きやすい
- 好奇心や興味から動機が生まれる
失敗したときに、非認知力が見える
失敗をどう感じるかで、その先が変わる
同じ失敗をしても、その受け止め方は人によって違います。
「失敗した。自分は駄目だ」と感じれば、次の挑戦を避けるかもしれません。「失敗した。でも、どこを変えればいいだろう」と感じられれば、もう一度試すことができます。
大切なのは、失敗しないことではありません。悔しさや恥ずかしさを感じながらも、それだけで自分の価値まで否定しないことです。
失敗したときに、もう一度立ち上がれるか。そこには、自己肯定感、自己効力感、感情の自己制御など、複数の非認知の側面がかかわっています。
人生は、「何を知っているか」だけでは決まらない
最後は、自分で価値をつけて選ぶ
人生には、正解が一つに決まらない選択がたくさんあります。
何を勉強するか。どんな仕事をするか。誰と付き合うか。どこで暮らすか。こうした問いに、知識だけでは答えを出せません。
状況を理解するには認知力が必要です。しかし、その状況を「自分はどう感じるのか」「自分にとって何が大切なのか」と価値づけ、選ぶところには非認知力がかかわります。
分かるだけでは、人生は動きません。
分かったことをどう感じ、何を大切だと思い、どう行動するか。その積み重ねが、その人の人生をつくっていきます。
まとめ
非認知力とは、単に「性格がよい」「我慢強い」といった特徴ではありません。
感情、自己肯定感、自己効力感、主体性、共感、自己制御、意欲などを通して、理解した世界に価値を与え、行動を選ぶ働きです。
認知力によって「分かる」。非認知力によって「感じ、評価する」。そして、その自分自身の状態に気づき、必要なら考え方や行動を修正するのがメタ認知力です。
認知=分かる力
非認知=感じる力
メタ認知=気づく力
この三つが重なり合うことで、知識量やテストの点数だけでは測れない地頭力が形づくられていきます。
よくある質問
非認知力と非認知能力は同じですか?
ほぼ同じ意味で使われます。このページでは、認知的な能力と対比しながら、感情、意欲、自己肯定感、自己効力感、主体性、共感、自己制御などを含む働きを「非認知力」と呼んでいます。
非認知力は、勉強や学習とも関係ありますか?
深く関係しています。「知りたい」という内発的な動機、「できるかもしれない」という自己効力感、失敗してもまたやってみようという主体性は、学びを続けることに直接かかわっています。勉強ができるかどうかだけでなく、どのように学ぶかに非認知力が働きます。
自己肯定感は高ければ高いほどよいですか?
必ずしもそうではありません。失敗しても自分の価値は変わらないという感覚や、自分の現状を現実的に受け止めながらも前を向けることが、安定した自己肯定感の土台です。根拠のない過信とは異なります。
非認知力は、家庭で育てられますか?
家庭は非認知力を育てる大切な場所です。失敗を責めるのではなく「どうしたら次はうまくいくかな」と一緒に考える。選択肢を与え、自分で決める経験を積ませる。感情に名前をつける手伝いをする。こうした日常の関わり方が、感じる力を育てていきます。
