Vol.344 | おうち英語の3つの “み”
「みみ・いみ・よみ」が成功の鍵
本記事の要旨
おうち英語で大切なのは、「みみ・いみ・よみ」の3つの「み」を育てることです。英語を聞き取る耳を育て、聞き取った英語に意味を結びつけ、単語から文へと理解を広げ、最後に英語を滑らかに読めるようにします。YouTubeもAI英会話もフォニックスも多読も、役割に合った段階で使えば効果を発揮します。読めるようになれば、子どもは自分で英語のインプットを増やし、英語で新しい知識を得られます。幼児でも小学生でも、言語習得の基本的な仕組みは同じです。
アニメチャンネルがYouTubeに変わっても、英語音声を学ぶ仕組みは変わりません。『ひつじのショーン』や『トムとジェリー』のように、せりふが少なくても子どもは動画を楽しめます。画面に夢中になることと、英語を学ぶことは別です。また、対面英会話がオンラインになりAI英会話になっても、相手の英語を聞き取れず、意味が分からなければ会話は成立しません。英語の音声経験を確保するため、家庭ではかけ流しを活用し、身近な生活場面の英語を聞かせる方法を紹介しています。
音声知覚にはLとRの区別だけでなく、音節構造、音韻規則、プロソディー、音声分節が関わります。Dupouxらが示した知覚的母音挿入は、日本語の音韻知識が聞こえ方を左右する例です。聞き取った語はレキシコンに登録され、過剰拡張や過小拡張といった試行錯誤、具体例の蓄積を通じて意味が形成されます。runの意味が「走る」「流れる」「経営する」「伝線する」と文脈によって変わるように、英語と日本語の一対一対応では理解しきれません。子どもは「I want ___」などのslot-and-frameから文法の型を発見します。読みではフォニックスで文字と音を結びつけ、素読で語や句の認識を自動化します。ワーキングメモリを内容理解に振り向け、日本語に訳さず英語を理解するリーディング・フルエンシーへとつなげます。
※本記事のテキストは引用・転載可能です。引用・転載する場合は出典として下記の情報を併記してください。
引用・転載元:
https://www.palkids.co.jp/palkids-webmagazine/tokushu/english/ouchi-eigo-common-problems/2611/
船津 洋(Funatsu Hiroshi)『Vol.344 | おうち英語の3つの “み”』(株式会社 児童英語研究所、2026年)
子どもに英語を身につけさせたい。そう思ってインターネットで調べてみると、実にさまざまな英語教育法が紹介されています。英語のアニメを見せる、英会話教室に通わせる、AI英会話を始める、フォニックスを教える、英語の絵本をたくさん読ませる。どれも効果がありそうです。
最近は、AI に尋ねれば、それぞれの学習法の優れた点を丁寧に説明してくれます。「YouTube は楽しく英語に親しめる」「英会話は順番に話す、意味を聞き返すなどのコミュニケーション能力が育つ」「フォニックスは英語の音と読み方の両方が身につく」「多読は語彙力や読解力を伸ばす」。なるほど、どれももっともらしい説明です。それでは、これらを全部やれば、子どもは英語を使えるようになるのでしょうか。また、どれから始めればよいのでしょう。
この問題を考えるには、個別の英語学習の方法を比較する前に、そもそも人間がどのようにことばを身につけるのか、その仕組みを知り、それぞれの取り組みがどんな意味を持つのかを考えなければいけません。私は、おうち英語を「みみ・いみ・よみ」の3つの「み」で考えると、ずいぶん整理できると思っています。最初は、英語を聞き取る「耳」を育てること。次に、聞き取った英語に「意味」を結びつけ、単語から文へと理解を広げること。そして最後に、英語を滑らかに「読める」ようにすることです。
おうち英語の問題点に「やっただけで終わってしまう」「うちの子スゴイ!が年齢とともに消えていく」「結局、中学英語の先取りになってしまう」などがあります。せっかくおうち英語をスタートするなら、小学生のうちに、せめて英検準2級はクリアすべき、と私は考えています。そこで、今回は、世間で常識とされているおうち英語の方法を、AI にも尋ねながら、科学的な視点で検証し、「実りあるおうち英語」にするためのヒントを考えていくことにします。
ひとつ、付け加えておきます。AI は平気で嘘(ハルシネーション)をつきます。また、根拠のないことを、さも本当のことのように言います。言ってみれば、「専門家でもない市井の物知りがネット検索を自分の知恵のように伝える」イメージです。そんな人、皆さんの周りにも一人や二人いるかもしれませんね。その辺を前提として、以下、ところどころ AI との想定会話を提示しながら、話を進めていくことにしましょう。
第一部「みみ」―英語を聞き取る耳を育てる
1.アニメチャンネルがYouTubeになっただけ?
「子どもに英語を身につけさせるには、英語の YouTube を見せるのがよいでしょうか?」。AI に尋ねると、高い確率で「英語の動画を継続して視聴することで、自然な英語の発音やリズムに親しみ、リスニング力を高めることが期待できます」といった答えが返ってきます。本当でしょうか。
私が若かった頃にも、英語のアニメを見せるという学習法は存在しました。Nickelodion, Disney channel, Cartoon Network など、英語の子ども向け番組を視聴できる環境は昔からあったのです。当時は有料放送が中心でしたが、今では YouTube を開けば、無料でいくらでも英語の動画を見ることができます。便利になったものです。しかし、考えてみれば、テレビのアニメチャンネルが YouTube に変わっただけともいえます。配信技術は大きく進歩しましたが、アニメを見て英語を学ぶという仕組みそのものは変わっていません。
ここで、もうひとつ AI に尋ねてみましょう。「子どもが好きなアニメ、興味を持つアニメを見せれば、英語は身につくのでしょうか?」。AI は「子どもの興味や関心を尊重することで、学習への意欲が高まり、英語に触れる時間も増やせます」と答えるでしょう。ちょっと待って。質問に答えてないじゃない。確かに、嫌がるものを無理に見せるより、好きなものを見せた方がよさそうです。しかし、子どもは、本当に英語に関心を持って動画を見ることで、英語を身につけるのでしょうか。
例えば『ひつじのショーン』をご存じでしょうか。ほとんどせりふを使わずに物語が進むアニメです。昔からある『トムとジェリー』も、せりふは少なく、動きや音、登場人物の表情だけで十分楽しめます。子どもたちは、こうした作品にも夢中になります。では、彼らは、何を学んでいるのでしょう。登場人物の行動や気持ち、出来事の原因と結果、次に何が起きるかという予測など、視覚的な物語から学んでいることはいろいろあるでしょう。しかし、そこに英語の音声がなければ、英語の音声知覚が育つことはありません。
YouTube の子ども向け動画は、派手な色彩、目まぐるしい場面転換、大げさな動き、面白い効果音を多用したものが少なくありません。子どもは英語を理解していなくても、観ているだけで楽しめます。つまり、画面に夢中になっていることと、そこで流れている英語を学んでいることは、別の話なのです。さらに、動画を次々と切り替えて視聴すれば、話者も話題も語彙も変わります。幼児向け、小学校高学年向けで理解度は変わりますし、文化的背景を知らなければ、内容そのものが理解できないことも当然です。動画視聴は、この意味で、英語の音声の規則性を学習させるには、必ずしも効率のよい環境とはいえません。
もちろん、YouTube が役に立たないという話ではありません。英語をある程度理解できるようになった子どもが、多様な話者、アクセント、表現や文化に触れるには、素晴らしい環境です。問題は、英語を聞き取れない子どもに動画を見せるだけで、リスニング力が自然に育つと考えてしまうことです。
2.英語のリスニングは、LとRを聞き分けることではなくて…
では、リスニング、英語を聞き取る耳とは何でしょうか。日本で英語のリスニングというと、必ずといってよいほど登場するのが L と R の聞き分けです。th, f, v の発音もよく取り上げられます。確かに、日本語にはない音素の区別ですから、これらを聞き分ける能力は重要です。しかし、英語が聞き取れない理由を、l, r や th, f, v だけで説明することはできません。
そもそも日本語と英語では、音の成り立ちが異なります。英語の strike は、語頭に3つの子音が連続して、語末が子音で終わっています。母音はひとつだけです。しかし、日本語では子音連続や子音で語を終えることが許可されていないので、strike を「ストライク」のように、ひとつひとつ母音を入れて発音しなくてはいけません。
こうした音節構造の違いが、音声知覚に影響しますが、さらに、英語には英語特有の音韻規則があります。語末の子音が次の語の母音につながる再音節化、前後の音による同化、子音の脱落や非解放、アメリカ英語に見られる母音間の t のはじき音化などです。例えば I didn't do it. は、単語をひとつずつ区切って発音した場合と、自然な会話の中で発音した場合とで、聞こえ方が変わります。英語話者は、こうした変化を含んだ音声から、単語や文を認識しています。このような英語の規則によって、音が消えてしまうことすらあります。つまり、英語を聞き取るというのは、そこに存在しない音すら聞き取る音韻知識がないと成立しないのです。これを音声知覚形成と呼んだりします。
もうひとつ重要なのが、プロソディーです。ことばの強弱、リズム、イントネーションなどを指します。英語では、強い音節と弱い音節が組み合わされます。内容語が強く、冠詞や前置詞などの機能語が弱くなることも多く、聞こえてくる音声は、日本語のように一拍ずつ均等には並びません。実は、この強弱のパターンが、連続した音声を単語に切り分ける手がかりにもなっています。
書かれた英文には、単語と単語の間に空白がありますが、音声には空白がありません。子どもは、音の並び方や強勢などを手がかりに、どこからどこまでがひとつの単語なのかを発見していきます。これを音声分節と呼びます。Saffran, Aslin, & Newport(1996)は、8ヶ月児が音節の並びに含まれる統計的な規則性を利用して、連続した音声から語に相当する「まとまり」を見つけられることを示しました。子どもたちは、ことばの意味を知らなくても、音声の中に規則性を発見する能力を持っているのです。
それでは、それは大人にも通用するのでしょうか。確かに、大人は洋楽を聞いているだけでは、リスニングができるようになったりはしません。すでに日本語を身につけた小中学生や大人は、英語の音声知覚を新たに形成できないのでしょうか。
そんなことはありません。Flege & Bohn(2021)のSLM-r(改訂版音声学習モデル)では、母語の習得に使われた音声学習の仕組みは生涯にわたって利用できると考えます。また、Best & Tyler(2007)のPAM-L2(第二言語の知覚同化モデル)では、外国語の音が母語の音韻カテゴリーにどのように対応づけられるかによって、聞き取りの難しさが変わると考えます。つまり、日本語の音韻体系ができ上がった後でも、経験によって英語の音の聞き方を学び直すことはできるのです。
英語を聞き取る耳を育てるとは、個々の発音を聞き分ける練習にとどまりません。英語の音素、音節構造、強弱のリズム、音韻規則などを、英語の仕組みとして身につけることなのです。
では、それをどうやって身につけるのでしょうか?ひとつずつ学習することは不可能です。しかし、そのような複雑な音の育を身につける方法があるのです。
3.留学生は、なぜ英語を聞き取れるようになるのか?
ここで、留学生のことを考えてみましょう。高校生がアメリカに1年間留学すれば、学校でも家庭でも、友人と過ごすときも英語に囲まれます。最初はさっぱり聞き取れなかった英語が、数ヶ月もすると、あら不思議、英語耳が育って、英語が聞こえてくる。留学生には、こうした変化が起こります。私自身もアメリカに留学した経験がありますが、英語が使われる環境に身を置くことの大きさは実感しています。
もっとも、アメリカに行くだけで英語が身につくわけではありません。日本人同士で過ごす時間が長かったり、日本語でばかり連絡を取っていたりすれば、それだけ英語を使う機会は減ります。昔は国際電話も高く、日本との連絡は手紙が中心でした。今では LINE や SNS で、地球の反対側にいても日本語の環境を維持できます。留学先にいる時間と、英語に接している時間は必ずしも一致しません。つまり、大切なのは場所よりも、どれだけ英語を経験するかということです。これが、筆者が帰国子女の方が留学生よりもサイレントピリオドが長いと考える根拠です。
それでは、日本にいながら英語の音声知覚を形成するには、どの程度の英語を聞かせればよいのでしょう。私は、おうち英語では1,000時間単位で考え、3,000時間程度の音声経験を目標に据えることを勧めています。これは、1,000時間聞けば必ず完成するという意味ではありません。週に一度の英会話レッスンで接する英語と、毎日2時間、3時間と積み重ねる英語では、経験量の桁が違うことを知ってほしいのです。
しかし、1,000時間を1年で達成しようとして、毎日3時間 YouTube を見せ続けるわけにもいきません。長時間のスクリーンタイムには、睡眠や身体活動、ほかの遊びとの兼ね合いもあります。そこで役立つのが、画面を使わない音声のかけ流しです。ただし、音が鳴っていれば何でもよいわけではありません。音声の明瞭さ、繰り返し、語彙や話題の一貫性を考える必要があります。
特に有力なのが、家庭内で使われる英会話です。食事、着替え、遊び、片づけ、お風呂。子どもがすでに知っている場面には、その意味(「靴を履く」という行動)を英語の音声("Put your shoes on, now.")に結びつけやすいという利点があります。親が英語を話せるなら、生活の中で英語を使えばよいでしょう。話せない家庭でも、こうした身近な場面を題材にした音声教材を利用できます。さらに絵や実際の体験と結びつければ、音声の意味も理解しやすくなります。
留学では最低200~300万円かかります。このように捉えると、いかにおうち英語が効率よく子どもたちに英語力を身につけさせる可能性を秘めているのかがよくわかります。
ここでひとつ、付け加えておきます。この方法は幼児だけのものではありません。小学生からおうち英語を始める場合も、基本的な仕組みは同じです。英語の音声を経験し、意味を理解し、文字へつなげていきます。小学生にはすでに理解力や文字の知識がありますから、その力を利用すればよいのです。幼児か小学生かによって、取り組み方や進める速度は変わります。しかし、人間が言語を習得する仕組みそのものが変わるわけではありません。
第二部「いみ」―聞こえた英語を理解する
4.英会話スクールでできなかったことが、AI ならできる?
さて、YouTube で英語が聞き取れる(そんなことはないのですが)ようになったら、そこに加えるのは、英会話でしょうか。日本には、英語を話せるようになるためには英会話スクールへ通う、という昔からの信仰(都市伝説?)が根強くあります。外国人講師と話す機会を増やすことが、英語を身につける近道だと考えられてきました。その後、インターネットが普及してオンライン英会話が登場しました。わざわざ教室へ行かなくても、自宅で海外の先生と話せるようになったのです。そして今度は AI英会話です。
AI に「子どもの英語学習に AI英会話は効果的ですか?」と尋ねれば、「AI なら24時間いつでも練習でき、一人ひとりのレベルに合わせた会話が可能です」と答えるでしょう。また質問に答えてはいませんが、それは放って置くとして、なるほど、便利な時代になったものであることは確かです。ところで、これまで英会話スクールでうまくいかなかったことが、相手を AI に変えると、なぜうまくいくのでしょうか。
英会話スクールでは先生が質問します。オンライン英会話でも先生が質問します。AI英会話では AI が質問します。相手が何を言っているのか分からなければ、答えようがないという点は同じです。ここで、もうひとつ問題があります。英会話では、質問されたら何か答えなくてはいけないという "圧力" がかかります。ところが、質問の意味がよく分からなかったりする。
そんなときに便利なのが、Well..., You know..., Maybe..., I'm not sure. といった表現です。日本人の英会話には、こうした便利な言い回しを覚えて、何とか会話を成立させようとする傾向も見られます。これらは実際の会話で役立つ表現ですが、意味を理解できないまま、その場をつなぐためだけに使い続けても、言語理解は育ちません。もちろん、リスニングも育ちません。
では、AI ならどうでしょう。AI には人間のような感情がありません。こちらが黙っていても機嫌を損ねることはありませんし、同じ質問を何度繰り返しても付き合ってくれます。これは大きな利点です。一方で、人間を相手にする緊張感がないため、いい加減な受け答えになってしまう可能性もあります。途中で日本語を使えば、そのまま日本語で答えてくれる AI もあります。英語の質問が理解できなければ、日本語で説明してもらうこともできます。それは便利ですが、会話の目的が英語の理解と使用にあるのなら、日本語でやり取りして終わってしまっては困ります。「AI と会話ができた」という事実と、「英語で会話ができた」という事実は、区別する必要があります。
もちろん、AI英会話の可能性は大きいと思います。特に、英語が身についた後、つまり英語を聞き取れるようになった後に、会話練習するなら楽しいでしょうし、発話や発音の練習にもなります。ただし、会話が上達するためには、そもそも相手の言っていることが分からなくてはいけません。そして、聞こえた英語を理解するためには、音声知覚形成を達成して分節能力が身についた後に、次には、単語や文の意味を身につける必要があります。
5.dogは「犬」。でも、runは「走る」だけ?
子どもは、ことばの意味をどのように覚えるのでしょうか。日本の英語教育では、単語を教える際に日本語訳を添えることが一般的です。dog は犬、cat は猫、apple はリンゴ。この方法なら簡単に覚えられそうです。しかし、日本語を母語として身につけた子どもたちは、「dogは犬」のような対訳を使って日本語の意味を学んだわけではありません。ちなみに「犬の意味は?」の問いに答えられますか?
子どもは音声の流れから単語らしい「まとまり」を発見すると、それをレキシコン、つまり頭の中の辞書に登録していきます。最初から明確な意味があるわけではなく、まず音のまとまりとして仮登録されるものもあります。そこに、具体的な経験が結びついていきます。例えば、隣の家に小さな白い犬がいて、それを見ながら dog ということばを覚えたとしましょう。すると、最初はその犬だけが dog かもしれません。しかし、公園へ行けば大きな犬も小さな犬もいます。黒い犬も茶色い犬もいます。絵本にも犬が登場します。こうした経験が重なるうちに、dog の指す範囲が少しずつ広がっていきます。
ところが、この過程では面白い間違いが起こります。例えば、四本脚で毛が生えている動物なら、犬でも猫でもヤギでも、みんな doggie と呼んでしまうことがあります。これは overextension(オーバーエクステンション)過剰拡張と呼ばれる現象です。語の意味を広く取りすぎているのです。反対に、自分の家で飼っている犬だけを doggie と呼び、よその犬にはそのことばを使わないこともあります。こちらは underextension(アンダーエクステンション)過小拡張です。語の意味を狭く捉えすぎているのです。
子どもは、こうした間違いを繰り返しながら、ことばの意味を学んでいきます。そこで重要になるのが、イグザンプラーという考え方です。イグザンプラーとは、子どもが実際に経験した個々の具体例のことです。隣の家の犬、公園の犬、絵本の犬。子どもは、さまざまなイグザンプラー(具体例)を蓄積し、それらを比較しながら共通する特徴を発見していきます。そして、これは犬なのか、それとも猫なのか、これは dog と呼んでよいのか、と試行錯誤しながらカテゴリーの境界を調整していくのです。
こうして、語の意味は多くの具体的な経験から構築されていきます。ここで大切なのは、意味が日本語訳によって与えられたわけではないという点です。dog という音が、犬という概念や、それまでに経験したさまざまな犬の記憶と直接結びつくのです。この関係が十分に育てば、dog と聞いたとき、頭の中で「犬」という日本語に訳す必要はありません。犬の姿や概念が直接思い浮かびます。このことは、後ほど説明する「英語を英語のまま読む」という話にもつながります。
もっとも、名詞や形容詞の意味は比較的分かりやすいものです。しかし、動詞はどうでしょう。例えば run です。The boy runs fast. なら、男の子が速く走る。ところが、The river runs through the town. では、川が町を流れています。川が足を使って走っているわけではありません。さらに、She runs a company. となれば、彼女は会社を経営しているという意味です。Pantyhose sometimes run. は?ここからストッキングが伝線することを思い浮かべられますか? 同じ run なのに、日本語では「走る」「流れる」「経営する」「伝線する」と訳し分けなくてはいけません。英語の run に対応する日本語が、ひとつだけ存在するわけではないのです。こんな、ネイティブなら子どもでも分かるようなことを、日本語を添えてすべて記憶するなど、不可能とは言いませんが、なんと遠回りな英語習得なのでしょう。
つまり、単語の意味は文脈に依存しています。どのような語と組み合わされ、どのような場面で使われているのかによって、その意味が決まります。run=走る と覚えただけでは、run という動詞を十分に理解したことにはなりません。さらに、冠詞、前置詞、代名詞、助動詞といった機能語はどうでしょう。a, the, in, of, it, can などは、犬やリンゴのように実物を指して意味を教えることが難しいものです。これらの語は、文の中で果たす役割を通じて理解されていきます。
英語を理解するには、日本語訳を暗記するだけでは足りません。語をさまざまな文脈で経験し、その働きや、語同士の関係を学ぶ必要があるのです。
6.子どもは文法を教わらずに、どうやって文を作る?
子どもが dog という単語を覚えれば、犬を見て "Dog!" と言うようになるかもしれません。これは立派なことばの使用です。しかし、いつまでも "Dog!" "Milk!" "Apple!" という一語発話のままでは、複雑な考えを伝えることはできません。次に必要になるのが、単語を組み合わせて文を作る能力です。
ここで、子どもの文法習得について考えてみましょう。英語を母語として学ぶ子どもたちは、最初から主語や目的語、現在進行形といった文法用語は知りません。それでも、ある時期からちゃんと、文を作り始めます。その手がかりになるのが、繰り返し現れる表現の型です。例えば、"I want milk." "I want juice." "I want water." という表現を何度も聞くうちに、I want の後にはいろいろな語を入れられることが分かってきます。"I want ___" という型です。このように、固定された部分と入れ替えられる部分を持つ構造を、slot-and-frame(スロットアンドフレーム) あるいは frame-and-slot(フレームアンドスロット)と呼びます。
子どもは具体的な文の用例に繰り返し出会い、共通するパターンを発見していきます。言語学者 Tomasello(2003)の使用基盤モデル(Usage-Based Model)も、こうした経験から文法が形成される過程を重視します。子どもは、実際に聞いたり使ったりする具体的な表現から、次第に抽象的な構文を身につけていくという考え方です。最初は "I want milk." をひとまとまりとして覚えていても、その後、"I want juice."、some を知れば、"I want some water."、I’d like を知れば、"I'd like some milk." という具合に、共通するフレームが豊かになります。そして、そのスロットに新しい語を組み合わせて入れることができるようになります。
ここで、先ほど登場した機能語が重要な役割を果たします。例えば、a dog と the dog では、話し手がその犬をどのように捉えているかが違います。He is calling. では、is と -ing が組み合わさって進行中の動作を表しますし、これが He is called.、He has called. では、受動態や完了形になったりします。 I can swim. なら、can が能力を表しています。こうした機能語や語尾(形態素)は、文の構造を知るための重要な手がかりなのです。しかも、英語の機能語は、会話の中では弱く発音されることが多いため、音声知覚が育っていないと、その存在自体を捉えることが難しい場合があります。
ここで、第一部の「みみ」と第二部の「いみ」がつながります。子どもは連続音声から語を見つけ、その意味を経験から学び、さらに語の組み合わせから構文を発見していきます。単語だけの知識から、文を理解し、使うための初期文法が育っていくのです。もちろん、文法の発達はここで終わりません。より複雑な構文を理解するには、さらに多くの英語経験が必要になります。そして、その経験を飛躍的に増やす方法があります。読むことです。楽しくなってきましたね。AI ではこんな楽しい作文はできないでしょうね。
第三部「よみ」―英語を英語のまま読む力を育てる
7.英語はフォニックスから始めるべき?
最近のおうち英語では、フォニックスが大変人気です。そこで、AI に尋ねてみます。「子どもが英語を読めるようにするには、何から始めるのがよいでしょうか?」。おそらく AI は「フォニックスがお勧めです。文字と音の対応関係を学ぶことで、知らない英単語も読めるようになります」と答えるでしょう。なるほど。それではもう少し聞いてみましょう。「でも、英語の音を知らない子どもに、いきなりフォニックスを教えてもよいのでしょうか?」。今度は「まず十分な音声経験を積み、英語の音に慣れてからフォニックスを学ぶ方が効果的です」と答えるかもしれません。それなら、最初からそう説明してほしいものです。
フォニックスとは、文字と音の対応を学ぶ方法です。英語圏の子どもは、文字を学ぶ前から、耳で cat という単語を知っています。猫を見れば cat と分かり、"The cat is sleeping." と聞けば、その場面を理解することもできます。そこに c-a-t という綴りを教え、文字と音を結びつけます。フォニックスは、本来こうした音と文字の対応を学ぶための方法です。英語の音声経験が十分にない子どもでも、フォニックスの規則を覚えれば文字を音に変換することはできます。しかし、そこで出てきた音が、どんな英語として聞こえ、何を意味するのかまでは、フォニックスだけでは分かりません。
つまり、フォニックスは英語習得全体の入口というより、読みの入口なのです。もちろん、フォニックスには大きな価値があります。規則を知ることで、見たことのない単語を読む手がかりが得られます。また、ライミング、例えば cat, hat, mat のような語尾の音の共通性を利用する方法も、音と綴りの関係を学ぶ助けになります。さらに、the や said のような高頻度語を、語全体として素早く認識できるようにする学習も役立ちます。いわゆるサイトワーズです。
英語の音を知り、意味を理解し、そこに文字を結びつける。この流れができていれば、フォニックスは非常に効果的な読みの指導法になります。
8.フォニックスを覚えたら、多読をすればよい?
さて、フォニックスを学んだ子どもを、どのように多読へつなげればよいのでしょうか。ここでも AI に尋ねてみます。「フォニックスの次は、何をすればよいのでしょうか。絵本を読んであげるのがよいのでしょうか?」。AI は「読み聞かせは大変効果的です。絵本を読み聞かせることで、語彙や文章理解が育ち、読みの力にもつながります。読む力と聞いて理解する力は密接に関係しています」と答えるでしょう。
確かに、読み聞かせは重要です。子どもは自分で文字を読めなくても、耳で物語を楽しみ、語彙や表現、知識を増やすことができます。しかし、ここで少し考えてみましょう。読み聞かせと読解力の関係を調べた研究には、英語を母語とする子どもを対象にしたものが数多くあります。すでに英語を話し、聞いて理解できる子どもたちです。それを、英語を外国語として学ぶ日本の子どもに、そのまま当てはめてよいのでしょうか。英語を聞いても十分に理解できない子どもに、英語の絵本を読み聞かせる。それだけで文字を滑らかに読み、理解できるようになるわけはありません。ましてや、そこからいきなり多読へ進ませるのは、どう考えても無理でしょう。
ここで、多読についても考えてみましょう。多読は、英語の語彙力や読解力を育てる優れた学習法です。私もその効果を高く評価しています。しかし、まだ十分に読めない子どもに、どうやってたくさんの本を読ませるのでしょうか。単語を読むたびに立ち止まり、文字と音を照らし合わせ、少し読んでは意味を考える。そんな読み方では、1ページ読むだけでも相当な時間がかかります。ましてや、それを何十冊、何百冊と続けることは簡単ではありません。
2021年8月のパルキッズ通信『英語習得は速度が命』でも、この問題を取り上げていますが、ポイントは、読む速度と正しい音声です。私たちは、日本語の文章を読むとき、一文字ずつ読み方を確認しているわけではありません。単語や句をまとまりとして認識し、内容を追いながら読み進めています。英語でも同じことが必要です。ところが、英語を習い始めた子どもは、文字を見てから音を思い出す作業に手間がかかります。さらに日本語の音韻知識が働くため、英語の子音連続の間に母音を入れたり、弱く発音すべき機能語を強く読んだりすることがあります。フォニックスを知っているだけでは、自然な英語のリズムで滑らかに読むことはできません。
そこで私は、素読に注目しています。素読とは、意味や文法を細かく分析することをいったん脇に置き、手本となる音声を使いながら、英文を繰り返し声に出して読む(音読する)取り組みです。目的は、文字を見た瞬間に英語の音が浮かび、語や句を滑らかに音声化できるようにすることです。そして、音読にはもうひとつ利点があります。英語の発音や強弱のリズム、弱化や連結などを、実際に自分の口で再現する経験が得られることです。
ここで、ワーキングメモリについて考えてみましょう。私たちが文章を読むとき、頭の中では複数の処理を同時に行っています。文字を認識し、語を特定し、意味を取り出し、文の構造を理解し、前後の内容を結びつけます。しかし、ワーキングメモリには限界があります。文字を音に変換するだけで大きな負担がかかっていれば、文全体の意味を考える余裕がなくなってしまいます。ようやく文末まで読んだ頃には、文頭に何が書いてあったのか忘れてしまうことさえあります。反対に、単語や句を滑らかに認識できるようになれば、読む処理に必要な負担が軽くなります。すると、ワーキングメモリを内容理解に振り向けられるようになります。これが、読む処理の自動化です。
LaBerge & Samuels(1974)は、読みにおける情報処理の自動化の重要性を理論的に説明しました。また、米国の National Reading Panel(2000)は、読みの指導においてフルエンシーを重要な要素として位置づけ、繰り返し音読する指導の有効性を報告しています。正確に、滑らかに読めるようにすることは、内容を理解するための土台になるのです。
2021年の記事では、毎分150語程度をひとつの目安として取り上げました。もちろん、この数字だけを達成すればよいわけではありません。大切なのは、一語ずつ解読や日本語の意味の取り出しにおいて、立ち止まることなく、全体としての意味のまとまりを保ちながら、英語を自然な速度で処理できるようになることです。素読で読む処理を軽くする。そして、意味を理解しながら大量に読む多読へとつなげる。この順序にすることで、多読を無理なく続けるための土台ができます。
9.英語を読むとは、日本語に訳すことなのか?
最後に、ひとつ英語の質問をしてみます。
What did you have for dinner last night?
学校の英語の授業なら、まず「あなたは昨夜、夕食に何を食べましたか」と訳すかもしれません。しかし、日本語で「昨日の晩ご飯、何食べた?」と尋ねられたとき、私たちは何をしているでしょう。「昨日」は昨日のこと、「晩ご飯」は夕食のこと、「何食べた」は何を食べたかを尋ねる疑問文。そんな分析はしません。昨夜の夕食を思い出します。カレーを食べた。魚を焼いた。家族と外食した。場合によっては、食卓の様子まで頭に浮かぶでしょう。
ことばの意味を理解するとは、そういうことです。英語で "What did you have for dinner last night?" と聞かれたり、文字で読んだりしたときにも、同じように昨夜の夕食が頭に浮かぶ。その間に、日本語に訳すステップはありません。これが、英語を英語のまま理解するということです。
思い出していただきたいのは、第二部で説明した dog の意味形成です。子どもはさまざまな犬に出会い、ときには意味を広く捉えすぎたり、狭く捉えすぎたりしながら、具体的な経験を蓄積していきました。そして、dog という音と犬の概念を直接結びつけていきました。英語を日本語に訳さず理解するためには、こうした直接的な意味の結びつきが重要なのです。そして、それが単語だけでなく、句や文の単位でもできるようになれば、英語を聞いたり読んだりしたときに、そのまま意味を理解できるようになります。
ここで、今回説明してきた3つの「み」が、ひとつにつながります。第一部では、英語の音声を英語の仕組みで聞き取る力を育てました。第二部では、聞き取った語を経験と結びつけて意味を形成し、語の組み合わせから文法を身につけました。そして第三部では、その音声と意味を文字につなげ、英文を滑らかに読めるようにします。
もし、文字を読む処理が十分に自動化されていれば、英語を一語ずつ日本語に訳している余裕も、必要もありません。英文の語順に沿って、そのまま内容を理解していくことができます。ただし、速く読むだけで意味が分かるようになるわけではありません。第二部で説明した語彙や文法の知識が育っている、つまり「いみ」が育っていることとあわせて、威力を発揮するのです。これが、私の考えるリーディング・フルエンシーの重要なところです。
そして、読めるようになることには、もうひとつ大きな意味があります。子どもは、自分で英語のインプットを増やせるようになるのです。家庭で聞かせてもらう英語だけでなく、自分の興味に合わせて本を読めるようになります。物語や科学、歴史、地理など、さまざまな内容を英語で学ぶこともできます。ここまで進めば、英検準2級、さらにその上位級も、現実的な学習目標になります。英語を読んで新しい知識を得る力が、その先の英語学習を支えてくれるのです。
さて、ここまで「みみ・いみ・よみ」の3つの「み」を考えてきました。
英語を聞き取る耳を育てる。聞き取ったことばに意味を結びつけ、単語から文へと理解を広げる。そして、文字を通じて英語を滑らかに読めるようにする。この流れは、幼児でも小学生でも基本的に同じです。それぞれの年齢に合った方法で取り組めばよいのです。
YouTube も AI英会話もフォニックスも、多読も、使い方次第で大きな効果を発揮します。YouTube なら、身につけた英語を使って世界中の情報に触れられます。AI英会話なら、理解できる英語を使って対話を広げられます。フォニックスは音と文字を結びつけ、多読は語彙と知識を増やしてくれます。大切なのは、それぞれの方法が、子どものどの能力を育てるためのものなのかを理解しておくことです。
英語教育の道具は、これからも進歩するでしょう。AI の発達によって、これまで想像もできなかったような学習環境が実現するかもしれません。しかし、人間がことばを習得する仕組みは、そう簡単には変わりません。だからこそ、新しい教育法が登場したときには、その目新しさに飛びつく前に、何を育てる方法なのかを考えてみていただきたいと思います。
おうち英語を難しく考える必要はありません。キーワードは「みみ・いみ・よみ」の3つです。
References(参考文献)
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