10万組の親子が実践した幼児・小学生向け「超効率」英語学習教材のパルキッズです。


カートを見る
ログイン
パルキッズCLUB

パルキッズ通信 特集 | , ,

ヘッダー

2026年6月号特集

Vol.339 | おうち英語が最強なワケ

英語の「音声知覚形成」先取りで留学せずに準一級へ

written by 船津 洋(Hiroshi Funatsu)


※本記事のテキストは引用・転載可能です。引用・転載する場合は出典として下記の情報を併記してください。

引用・転載元:
https://www.palkids.co.jp/palkids-webmagazine/tokushu-2606/
船津洋『おうち英語が最強なワケ』(株式会社 児童英語研究所、2026年)


変わる大学選択と公募推薦

変わる大学選択と公募推薦 少子化に歯止めどころか、加速が続き、大学が淘汰される時代に入って久しいですが、それは下位・中堅校の話。人気の難関校は、相変わらず難関校のままです。「子どもの数」と「一人当たりの子育て費用」のトレードオフ効果で、教育単価は高まっています。コストをかければ成績が上がるものではないことは、拙著『地頭力を鍛える子育て』(大和出版)や「地頭力講座」に詳しいので、そちらを参照していただくとして、いずれにしても、せっせと子どもの教育にお金をかける親の割合が増えていることは間違いありません。
 結果として、冒頭のように人気の難関校は難関校のまま、という事態が起こります。しかし同時に、教育に対する親の意識の多様化も見られます。ひと昔前の「東大一直線」は時代遅れ。”勉強しかできない子” ではなく、勉強もスポーツも遊びも楽しみながら、豊かな人生を送ることを子どもに期待する親も増えており、難関校の下層や中堅校上層の推薦入試に受験生が流れ込んでいる現実もあります。
 受験生を持つ家庭内の、あの感覚は私自身も何度か経験しましたが、親も子もストレスだらけです。そんな意味でも、「何が何でも旧帝大へ行く」と背伸びすることをやめ、ワンランク下げて「早慶 MARCH で何が悪い」という気分が広がるのも分かります。とりあえず MARCH 以上であれば、就活などにおける学歴フィルターも回避できるので、「それで十分」と考えるのも “今風” の大学選びなのでしょう。

 すると、一般入試で戦うのではなく、推薦で早々に進学先を決めてしまうご家庭も増えてきます。上智大学なども学部によっては一般入試でやってくる学生は1、2割。ほとんどの学生は指定校や教会系の推薦で、クラスに何人かは昔の知り合いがいるのが普通です。さらに公募推薦も一般的です。上智大学は国公立の滑り止めとしてはそこそこの大学なので、結果として一般入試枠での合格者のうち、国公立合格組は入学辞退となるわけです。大学としても定員割れは避けたいので、推薦枠に頼るようになるのは自然の成り行きでしょう。

 さて、その推薦組です。一般にどこの大学も推薦入学の割合が増えています。受け入れ基準は様々ですが、一般入試の配点と同様に、「英語」の実力が「ものを言う」のは、推薦も同じです。難関校を目指すのであれば、最低でも英検2級以上は必須で、それに加えて “GPA:Grade Point Average、成績評価平均” も4以上は要求されます。ちなみに件の上智大学の外国語学部英語科では、英検準1級以上に加えて全体の GPA 4 と、英語はGPA 4.3 以上が出願要件となります。
 全体の GPA 4 というのは重要なポイントです。英検準1級を高校3年の出願までに取得するのでは、英語ばかりで、他の教科に手が回りません。そうなると GPA 4 が達成できず、出願資格が得られなくなります。大学側は「英検準1級を持っている子は欲しいが、英語だけできる子はいらない」と言っているわけです。
 こうなると、高校に入る頃には、英語力は十分で時間を割く必要がなく、他の教科にたっぷり時間をかけられる子が「推薦組」として私立難関校へ入学できることになります。逆算すれば、中学生のうち、あるいは他の教科が専門的になる前の、高校1年くらいまでに英検準1級を持っておくことが望ましいのです。
 しかし、英検準1級はなかなか手強いのも事実。2級までとは異なり、準1級レベルの英語力獲得には英語の「音声知覚」の形成*が不可欠で、そのためには物理的に時間がかかるのです。結果、旧帝大へ行くような秀才でも「英検は2級しか持っていません」というのはざらです。他の教科との兼ね合いもあって、限られた時間の中での英語の配分では英語の「音声知覚」が必要なレベルまで形成されず、準1級の取得は難しいのです。
 このように、大学受験生にすれば喉から手が出るほど欲しい準1級を取得してしまう人たちがいます。大別すると3つのグループに分かれます。ひとつ目は「留学組」で、次に「純ジャパ組」と呼ばれる猛者集団(海外経験なし・英語環境で育った経験なしで英語を身につけた日本人)、そして最後に我が「おうち英語組」があります。
 さて、今回は、通常の学習では英検2級までしか取得できない中で、英検準1級まで取得する子たちは何が違うのかという点に関して、「英語の音声知覚の形成」と、それをいとも簡単に達成してしまう「おうち英語」というキーワードを軸に話を進めていくことにしましょう。
(* 英語の音声を知覚できる脳の仕組み。「英語を英語のまま処理する」ための土台)


準1級の壁は、語彙や文法知識の壁ではない

準1級の壁は、語彙や文法知識の壁ではない 人並みの英語学習では英検準1級に手が届かないのは、もはや常識です。5級4級は普通の人。3級で壁が現れるが、頑張って準2級までは進めばなかなか大したもの。その先に2級の壁が現れるが、なんとか乗り越えられれば、これはもう秀才の部類です。エライ!!
 ところが、その先に横たわる準1級になると、もう知性や精神力だけではどうにもならない。単語が難しくなる。処理する文が長すぎる。リスニングが速い。とにかく時間がない。作文も面接も抽象度が上がる。そして、多くの人はこう考えます。
 「準1級は単語勝負だ」
 「準1級の文法対策が必要だ」
 「準1級の読解対策に速読だ」
 「準1級では作文対策が必要だ」
 個別には間違いではありませんが、実は、英検準1級の壁はそんなところにはありません

 英検準1級の本当の壁は、「英語の音声知覚の形成」の壁なのです。

 もう少し言えば、音声知覚をベースとして、英語の音声を日本語に直さず、英語のままリアルタイムで処理できるか否かの壁なのです。
 英検2級までは、知識で押し切れる面があります。単語を覚え、文法を整理、過去問を解き、長文の読みを叩き込む。リスニングも、比較的はっきりした音声を、問題形式に慣れながら処理する。これで合格まで届く子は、少なくありません。
 しかし、英検準1級になると、事情が変わります。聞こえる英語の量と密度、語彙の抽象度が上がり、文の展開が速くなります。当然、豊かな背景知識も必要になります。実用的な英語の運用力として、音声を聞きながら、意味を保持し、次の情報を処理するワーキングメモリも必要です。
 準1級を取得した純ジャパたちに聞いてみると、「2級までは英語がわからなかったが、準1級の頃になると英語が “そのまま” わかるようになった」と口を揃えて言います。つまり、準1級をクリアできる子たちは2級までの子たちとは異なり、英語を実時間(リアルタイム)で処理しているのです。そして、そのベースにあるのが「英語の音声知覚の形成」なのです。


「英語の音声知覚の形成」1000, 2000, 3000時間の壁

「英語の音声知覚の形成」1000, 2000, 3000時間の壁 既述のように英検2級までは、日本型の英語学習でも届きます。これは英語を分析するための “メタ言語” として日本語を用いるやり方です。さらに平易に言えば「文法・訳読方式」のことです。最近では「文法・訳読方式」だけでなく、そこにお座なり程度の「英会話」を入れることもあるようですが、成果の程は “いまいち” のようです。
 また、 “いまいち” に納得しない親たちの間では、「先取り」学習が、民間信仰あるいは都市伝説として蔓延しています。これは極めて日本的で、かつ弁証論的なありようです。確たる論拠があるのではなく、論理を積み上げていったら、なんとなく「先取り」という “仮象(客観的実在性不在の主観的な思考物)” に行き着いたというのが本当のところでしょう。それに挙って食いついているのが、教育に熱心な現代の親の悲哀です。

 フランスの思想家ジャン=ジャック・ルソーは、その著書『エミール』の中で、「子どもを小さな大人として見てはならない」「子どもには特有の物の見方や感じ方がある」と主張しました。パラダイムシフトです。子どもを大人のミニチュアとして扱っていた当時の常識はこれにより覆ることになります。
 過去に学ばない現代人は、パラダイムシフト以前の、当時の教育界に先祖返りしたかのように「子どもを大人の小さい版」として扱い、年齢や発達に適した取り組みなどはそっちのけで、とにかく「早く早く」と雪崩を打っているのです。
 一例ですが、昭和には赤ちゃん用の “歩行器” というものがありました。もはやカナダでは全面的に禁止、アメリカでは販売禁止が勧告されているような危険な器具ですが、発明した人や、使用した人は「歩行訓練になる」とでも考えたのでしょうし、便利なのでしょう。現に、私自身が歩行器に乗せられている写真があります。
 しかし、このような人工的な器具に乗せることで、ハイハイや伝い歩きのような「身体発達の重要な段階」を体験させないままに歩行へと導いてしまい、基盤の脆弱な発達に繋がる恐れがあります。英語や教育における民間信仰・都市伝説と相通ずると感じるのは私だけではないでしょう。閑話休題。

 日本で考えられている英語学習とは、既述のような文法の先取り、単語暗記、訳読、問題演習を中心に、スパイス程度に英会話を加える学習法です。ひとつひとつは悪いわけではありません。文法を理解することも、単語を覚えることも、受け答えに慣れることも必要です。
 しかし、これらの学習法は大きな欠損を抱えています。そうです。「英語の音声知覚の形成」が不在のまま学習が進むのです。
 日常会話を聞き取れる、あるいは学習言語レベルに耐えうる「英語の音声知覚の形成」には時間がかかります。第二言語習得に関する研究では、日常会話で1,000時間、満足に聞き取るには2,000時間、ネイティブ並になるには5,000時間が必要と言われています。英語を耳にしたり、正しい発音で英文を読んだり、あるいは人の話を聞き流したりするなどのトータルで、これだけの量の英語に身を晒す必要があるのです。
 日本人が英語を身につけられない理由は簡単。英語の運用には欠かすことのできない、「英語の音声知覚の形成」ができていない状態で、英語知識だけを積み上げているからです。そして、知識だけの英語は、メタ言語による「分析対象」にとどまり、意味の「処理対象」つまり、私たち日本人なら、見聞きした日本語(母語)を無意識のうちに自然と理解するような「処理」の対象とはならないのです。

 もちろん、「英語の音声知覚の形成」が成立していない状態では、準1級のリスニングには太刀打ちできません。
 また、リスニングだけでなく読みもできません。読むという行為の背後にも、音韻処理があるのです。逐次目に入る英語を、日本語に変換し、文法に参照して後ろから訳すようでは、構造が複雑になった途端に処理が追いつかなくなります。
 つまり、「2級止まりの正体」は、文法知識・語彙不足にあるのではなく、英語の音声知覚形成の不在にあるのです。その英語の音声知覚を形成するためには、段階的に1,000時間、2,000時間、そして3,000時間程度は、英語に触れ続けることが必要なのです。そして、それをクリアした人たちだけが、英検準1級に必要な英語のリアルタイム処理の能力を獲得するのです。


従来型英語教育の2つの問題

従来型英語教育の2つの問題 従来型の英語教育の問題点は2つあると考えられます。ひとつは教授法と学習者の能力のミスマッチです。文法・訳読的な学習法は「秀才」とか「努力家」でなければ習得が困難なのです。そして、もうひとつは音声の存在、今回の主題である「英語の音声知覚形成」を軽視している点です。
 近年本格化した小学英語は、中学英語の先取り的な文法や綴りの学習ではなく、実際の発音や運用を学ぶという建付けになっています。小学校のうちは、歌ったり踊ったり、カードでゲームをしたりという、簡単なパターンの受け答えに終始した “お気楽な英語” なわけです。
 しかし、その先の中学校では、小学英語で聞き知っただけの800~1,000語を習得済みという前提で、語彙・文法の学習が進みます。秀才でもなければ努力家でもない子にとっては、ただでさえ学習困難な英語が、さらに困難な状態で目の前に立ちはだかるのです。
 そんな学校英語の現場に我が子を送り出すことを危惧する親御さんたちは、せっせと我が子に英検受験をさせます。これはまさに “親心” の発出でしょう。すると、小学3年生のクラスには5級や4級を持っている子が、5年や6年になると3級に準2級どころか2級を持っている子がいるような状況が出来します。その同じクラスの中に「英語はからっきし、読めないし聞き取れない」子がいるのです。中学での英語力の二極化が加速するのは必定です。

 この外国語の文法・訳読方式は、江戸期や明治前期までは問題ありませんでした。当時、外国語を学ぶような学生は相当なエリートで、古文・漢文を含めた日本語の能力がずば抜けて高かったからです。 “ハイカラ” と呼ばれた洋行組もいましたが、両者とも相当恵まれていたか、同時に秀才であったことに間違いはありません。
 その秀才・エリート向けの勉強方法が、秀才でも名家の出でもない、努力家でもなければお大臣でもないような、一般庶民に強いられているのが、現在の日本の英語教育法の不幸、その一です。

 さて、日本の英語教育の問題その二である、音声を軽視している点に関しては、教育行政や民間の指導における罪は重いでしょう。とある言語を、その言語の音声の知覚ができないまま学習するというのは、学者視線でも素人目に見ても、なかなかに達成困難であることは自明です。なぜなら、学習の負荷が重すぎるのです。
 日本人は、幼少期に日本語の「音声知覚」を形成します。日本語のある程度以上の運用力、少なくとも音声を聞いて単語単位に分節して、直感的に意味を内在化するという手順は無意識のうちにできてしまう能力を、幼児期に習得します。そして、そのうえで小学校や中学校で「日本語の文法」を学ぶのですが、そのややこしさに四苦八苦した覚えはないでしょうか。
 音声知覚が形成されていても、文法学習は困難なのです。それを未知の外国語に対して、小学の3,4年生で週1コマ、5,6年で週2コマ、4年間で157時間程、ゲームで触れた程度で「音声で十分に慣れ親しんだ」と定義し、その根拠のない能力を元に「読む・書くへ少しずつ接続する」(文科省)そうなのです。文言だけ見れば、音声を無視しているわけではなさそうですが、圧倒的に学習時間が少なすぎる。
 ここでの大問題は、そもそも「英語の音声はどのような体系を成しているのか」という音声学・音韻論の知識が不在のまま、生徒も教師も、あるいは ALT(外国語指導助手)ですら “勘” で、綴りから音声をデコードするという手探りの環境で学習が進むことです。本来あるべき、安定した「音声知覚形成」ができていないので、デコードした音声、つまり口にする音声は、英語の音声ではなく日本語の音韻知識のフィルターを通して解釈された音声なのです。これは、後々リスニングに重大な影を落とすことになります。
 そのうえで、中学で語の意味や綴り、文法項目や様々なイディオムなどを学ぶことになります。一言でいうと、このような「音声知覚形成」不在の英語学習は負荷が高すぎるのです。秀才でも努力家でもない、普通の子たちにとって、英語が苦手なことは、彼らの能力不足・努力不足に原因を帰されるべきではなく、「秀才・努力家」向けの学習方法とのミスマッチに加え、音声知覚形成を促す取り組みの不在に問題があるのです。


留学生は突然わかるようになる

留学生は突然わかるようになる ここで、留学生、あるいは帰国子女が、どのように英語を身につけるか見ていくことにしましょう。ちなみに筆者も高校時代の交換留学生組なので、十分に語る資格を有しています。そのうえで、体験を含め話を進めます。

 日本では、英語は得意な方。文法も単語も人よりは知っている。しかし、ナマの英語は聞き取れないし、話しても通じない。挨拶程度が関の山で、自由な会話などは夢のまた夢。そんな学生が、なんとか海外留学を勝ち取ります。そんな彼らは海外に行って暫く経つと、あら不思議、なぜか英語がわかるようになるのです。
 このような話は、留学生の間では珍しくありません。では、一体彼らに何が起きているのでしょうか。
 空港でホストファミリーに迎え入れられてから、家庭でも学校でも “分かるはずのない” 英語の中に身を置くのみの心細い日々が続きます。先方の言っていることが聞き取れないので、理解の糸口すら掴めない状態です。家庭内なら筆談形式も可能ですが、そもそも文の中の「どの語が分からないのかが分からない」ので、その分からない語集団のほんの一部を提示されて、辞書で引いても全体が分かるはずがありません。
 こうして、毎日大量の英語音声に触れます。授業、友人との会話、買い物、電話、テレビ、雑談など、英語 “を” 勉強するのではなく、英語 “で” 様々な活動をするようになります。最初は辞書を引いたりもしますが、やがて、辞書を引くことをやめ、日本語で考えることもやめます。そして、英語の中に身を浸すようになります。
 すると、3,4ヶ月もするある段階から急速に「分かる」ようになります。ここまでに、1日10時間英語を聞いたり読んだり聞き流したりすると想定すると、トータルで1,000時間程度、英語に曝露した(さらされた)ことになります。すると、いつの間にか、英語の音声知覚が形成され、既存の英語知識とあいまって、あるいはパターンを学習して、実時間(リアルタイム)処理に移行するのです。もちろんすべて英語のままです。日本語の関与なしに、つまりメタ言語を使用せずに英語を英語のまま聞き取り、理解できるようになるのです。
 これに関しては、日本語に訳したり文法を分析する explicit(意識的・明示的)な処理を手放したことで、ヒトの脳が本来持っている implicit(無意識的・暗黙的)な統計的学習を始めたと考えるのが妥当でしょう。
 何となく分かるのに約1,000時間ですので、1年留学組はトータルで3,000時間ほど英語に晒されることになります。結果として英語の「音声知覚」が形成され、何となく分かる状態から、友人との会話が成立するようになり、授業も理解できるようになるのです。

 これが留学生に起きていることです。

 しかし、1年間の留学では、全体的なリスニング力、話者差、速い会話、抽象的な講義、細かな語用論まで含めて満足に処理できるものではありません。人の音声知覚は変化し続けます。2年以上かけて帰国子女レベル、つまり5,000時間を超える頃になると、ようやくネイティブライクな英語使いになります。
 上智大学の英語学科は、リスニングの点数により、ABクラス、CDクラス、E~Hクラスの3グループに分かれて授業を受けます。ABクラスには帰国子女や留学生、CDクラスには留学生と純ジャパ、E~Hクラスには純ジャパという具合に、だいたいスッキリと分かれます。
 帰国子女並みの5,000時間、留学生並みの3,000時間の英語への曝露体験、あるいは純ジャパたちがTEDを聞いたりテキストを読んだりする1,000~2,000時間に渡る英語音声の体験時間が、そのままクラス分けに現れているとも言えるでしょう。
 帰国子女も留学生も純ジャパも、このようにして英語の「音声知覚」を形成しているのです。そして、その結果、英検準1級レベルの英語を身につけるのです。


音声を中心に語の意味や綴り、文法が有機的に動き出す

音声を中心に語の意味や綴り、文法が有機的に動き出す あえて言うほどのことではありませんが「言語の本質は音声」です。赤ちゃんは明示的に文法や語を学ぶわけではなく、周囲の音声から「統計的・帰納的」に音声体系を習得します。音韻カテゴリの形成、語の切り出し、心内辞書登録、さらには多様な文脈に晒されて、語の意味が特定されていきます。そして、語の意味が文法構造へ写像されるようになる。やがて発話があり、その後、文字へ進む。これが、人間本来の言語習得の順序です。
 その「ことば」である英語を学ぶのに「ことば」のどまんなかにある音声をないがしろにしているのが現代日本の英語教育です。反対に、音声知覚が先に形成されていると、英語学習の効率は大きく変わります。既に持っている音声知識に対して、綴りや意味を割り当てるだけで、心内辞書がどんどん構築されていくのです。
 最初に音声知覚形成ができていれば、学習の負担は相当に軽減されます。日本語が確立したあとの日本語音韻知識のフィルターによる歪んだ英語音声ベースではなく、正しい英語音声知識が確立していれば、英語学習でやるべきことは、英語音声に対する意味、綴り、文法項目の割り当てなので、楽に学習が進むのです。

 英語の音を知らない子にとって、英語の綴りは未知の記号です。’cat’ という文字列を見ても、それがどのような音で、どのような意味を持つのかを同時に学ばなければなりません。しかし、すでに /kæt/ という音を知っていて、その意味もわかっている子にとって、綴りは「知っている音に対応する文字」の学習なので、学習負荷が低いのです。
 また、英語には様々な音韻規則があります。その規則のフィルターによって変形した音声が、我々が耳にする英語の音声です。それらの規則、リンキング、同化、弱化、脱落(詳しくは「パルキッズ通信2017年5月号、2022年6月号」を参照)などを明示的に説明しようとすれば、かなり高度な音声学・音韻論の知識が必要です。大学院で言語学を学ぶならともかく、小中学生にこれをひとつひとつ教えることは、現実的ではないどころか、語学習得の本質でもありません。
 日本語の「音声知覚形成」済みの私たち、日本語の母語話者は皆、それら音声の複雑な知識を持っています。それらを説明することはできないが、間違わずに使うことができます。これが言語の本質です。そして、言語、特に音声は明示的な学習ではなく、日々の音声入力により implicit(暗黙裡・無意識のうち)に「統計・帰納学習」が進む結果として身につくものなのです。
 このようにして、英語の音声知覚が形成されると、ついには英語を英語のまま理解できるようになります。音声知覚が形成されている学習者にとっての英語は「和訳の対象」ではありません。次々と耳に入る語やフレーズが、無意識のうちに意味に変換される「処理の対象」になるのです。これはリスニングだけでなく、読解や会話などにも発揮されます。日本人が日本語を理解して話すように、英語を英語のまま理解して話せるようになるのです。

 このように、「音声知覚形成」が先に成立していると、英語学習のすべてに命が吹き込まれるのです。


おうち英語は「日本にいながら」「音声留学環境」を作る

おうち英語は「日本にいながら」「音声留学環境」を作る さて、我が「おうち英語」です。おうち英語の最大の強みが、英語の「音声知覚形成」にあります。

 おうち英語の本質は、単なる早期教育ではありません。幼児に英語を少し習わせることでもありません。英語の歌を歌わせることでもありません。おうち英語の本質は、使える英語を身につけるために必要な英語の「音声知覚形成」の先取りにあります。
 日本にいながら、毎日、英語の音声に触れ、英語の音韻に触れ、英語の発話速度に慣れる。英語の弱化、連結、脱落、音の変化にさらされる。これは、1年留学組が体験したような3,000時間にも及ぶ「英語に身を晒すことで音声を習得」した経験を、擬似的に再現することです。つまり「日本にいながら音声留学」をするようなものです。おうち英語で育った子たちの発音を聞けば、その正確さには舌を巻きます。
 もちろん、おうち英語は海外生活そのものとは違いますし、インタラクティブなやり取りは限定的です。しかし、そもそも音声習得は会話のような意識的(explicit)な学習からではなく、無意識的(implicit)な音声経験から達成されます。それであれば、おうち英語で十分にその役目は果たすのです。

 「おうち英語」が最強である理由は、その手軽さにもあります。音源で環境を整えることができるのです。
 質・量ともに優れた3,000時間のインプットを、生身の先生が一対一で行うことはできません。親も英語で一日中話しかけ続けることはできません。英会話教室に週1回通っても年間50時間なので、3,000時間の入力には60年、毎日1時間レッスンを受けても9年かかる計算です。
 しかし、おうち英語では大量の曝露が、いとも簡単に達成されます。例えば、「パルキッズプリスクーラー」と「アイキャンリード」を与えると、1日2時間程度になります。毎日2時間流せば1年で700時間以上、「パルキッズプリスクーラーYEAR1」から「パルキッズキンダーSENIOR」までの4年間で約3,000時間が達成できるのです。しかも、無意識の学習で良い。子どもたちは聞き流すだけで良いのです。それだけで英語の「音韻知覚形成」が成立するのです。

 ここで、もうひとつ誤解されやすいことがあります。英語入力は、多様でなければならないと思われがちです。いろいろな国の英語、いろいろな声、いろいろな速度、いろいろな英語に触れた方がよい、という “HVPT:High Variability Phonetic Training、高変動音素訓練“ という考え方もあります。しかし、これはある程度英語ができる大学生を対象にした L R の聞き取りなどの研究から引き出された考え方です。幼児・児童期のような初期の音声知覚の形成にあたっての研究ではありません。
 もちろん、最終的には多様な英語に触れることは大切です。英語は世界中で使われています。話者によって発音も違います。速度も違います。語彙も表現も違います。しかし、初期の音声知覚形成においては、安定したインプットが音声カテゴリ形成には有利なのです。
 母語でも、赤ちゃんが最初に聞くのは、母親や父親など、限られた養育者の声です。知らない人の不規則な入力を大量に聞いて、母語を身につけるのではありません。まず、安心できる限定的で安定した音声入力の中で、音のカテゴリ、リズム、語のまとまりが形成されます。
 また、子どもにとって、意味がある入力、安心して聞ける入力、繰り返し触れられる入力が重要です。大人向けの講義が突然流れても、音韻的には処理されても、意味ある入力として処理しないことがあります。音韻的には学習しても、意味の構築のレベルでは無視されてしまうこともあるでしょう。大切なのは、安定した、しかも理解可能な内容のインプットなのです。

 そして、それを可能にするのが「おうち英語」です。純ジャパ並に我が子が秀才で頑張る気質であるか、インターナショナルスクール通いや海外留学を気楽にさせられるほど我が家が豊かであるか、そんなことは関係ありません。留学させることなく、我が子の高い能力に賭けるわけでもなく、英語の「音声知覚形成」に必要な3,000時間の英語のインプットを家庭にて、しかも人手を煩わせることなく機械的に確保できてしまうのが「おうち英語」なのです。


外国語の音声知覚の形成は早期ほど有利だが、可塑性は生涯残る

外国語の音声知覚の形成は早期ほど有利だが、可塑性は生涯残る ここで、ひとつの疑問が浮かぶ方もいるでしょう。「うちの子はもう間に合わないのでは?」「中学生では手遅れ?」

 音声学習には年齢制限があるという古典的な学説があります。しかし、近年では外国語の知覚形成は年齢を問わず行われる、という考え方が主流です。小学生でも、中学生でも、高校生でも、大人でも、いくつになっても、音声学習は可能という考え方です。
 もちろん、2つの点において幼児期が有利です。ひとつは時間制約。もうひとつは敏感性です。
 幼児期は、学校の宿題もありません。部活もありません。定期試験もありません。ところが、小学校高学年にもなると、生活が忙しくなります。学校、宿題、習い事、塾、中学受験。中学生になれば、部活、定期試験、内申、高校受験。高校生になれば、大学受験が迫ります。時間的制約の緩い小学校低学年までが「おうち英語」のゴールデンタイムです。
 また、年齢が上がると、子ども自身も「分かる」「分からない」を強く意識するようになります。すると幼児のように、わからない音声を「環境として受け流す」ことが難しくなります。つまり、implicit(無意識的)な学習ではなく、explicit(意識的)な学習を好むようになるのです。そして、分からないから嫌だ、意味が取れないからつまらない、となります。
 さらに、幼児期の音声に対する敏感性が重要です。よく知られるように「絶対音感の獲得は学齢期前後」と言われます。現に周囲の音楽家や子どもたちを見ていて、そのことを実感します。同様に、言語においても子どもたちは敏感です。日本語の音韻獲得中の幼児・児童期は、日本語の音韻規則から比較的自由に外国語を処理できるのです。大人の発音は頑固で、修正するのには大変な努力とコストが掛かりますが、日本語の音声カテゴリ、音韻知識、正書法が未確定な幼児・児童期はスムーズに音声を習得できるのです。

 しかし、かといって小学校高学年や中学生など、それ以降の学習にも、突破口がないわけではありません。年齢が上がった子には、短期間でも集中的に英語音声に触れる設計があれば、音声知覚の習得は可能です。これには、素読などの方法があります。かなり有効に英語の音声知覚の形成に寄与しますが、それは別の機会に。今回はこの辺にしておくことにしましょう。

 さて、ここまで見てまいりましたが、そろそろ「おうち英語最強」という言葉の意味がはっきりしてきたのではないでしょうか。おうち英語が強いのは、早く英単語を覚えるからではありません。幼児期に英会話らしいことができるからでもありません。英語の歌を歌えるからでもありません。おうち英語の本質は、英語の「音声知覚」の形成にあります。
 そして、その先に、帰国子女・留学生・純ジャパたちが達成した、英語を英語のまま処理できる英語力の獲得があります。英検準1級の「壁」を突破するには、英語の音声知覚形成を前提とした、英語の逐次処理能力が必要なのです。
 おうち英語が最強である理由は、留学することなく、本人の意思や能力に賭けることなく、機械的に「音声知覚形成」を達成することにあります。これにより、留学せずに英検準1級まで、しかも中学や高校の早い段階での到達が、現実のものとして見えているのです。難しいことはありません。毎日コンスタントに安定した音声環境を家庭内に作り続けること、そして準備ができれば、英検を受験する。ただ、それだけのことなのです。


次の記事「英検の過去問で焦らないために──点数より大切なこと」


プロフィール

船津 洋(Funatsu Hiroshi)

株式会社児童英語研究所 代表、言語学者。上智大学言語科学研究科言語学専攻修士。幼児英語教材「パルキッズ」をはじめ多数の教材制作・開発を行う。これまでの教務指導件数は6万件を越える。卒業生は難関校に多数合格、中学生で英検1級に合格するなど高い成果を上げている。大人向け英語学習本としてベストセラーとなった『たった80単語!読むだけで英語脳になる本』(三笠書房)など著書多数。

この記事をシェアする

関連記事