Vol.163 | いま始めるのには理由がある

子どもの将来になくてはならない英語力

本記事の要旨


いま始めるのには理由があるというテーマから、英語教育や子育てで見落とされやすい点を問い直します。記事では、「スタート時期はいつでも構わない」「幼児期、小学生、中高生にはそれぞれ適した学習法がある」と述べる。ここで問題にしているのは、目の前の学習作業を増やすこと自体ではなく、その取り組みが実際にどのような言語能力や学習習慣につながるのかという点です。

結論は、学習内容を細切れの知識として覚えるのではなく、子どもの中に使える形で蓄積し、次の段階へつなげることです。年齢で可能/不可能を二分せず、年齢に応じて学習経路が変わるという説明と結びつきます。幼児期の言語習得では、規則を先に説明するよりも、日常的なことばを繰り返し大量に経験する中で、音・語・文のパターンを蓄積していく過程を重視しています。

背景にあるのは、ことばや学力は一度の説明や暗記で完成するものではなく、日々の入力、反復、読書、経験などを通して少しずつ構造化されていくという考え方です。その後、読みや文字学習へつなげることで、耳から身につけた英語を長く使える言語能力へ育てていく、という段階的な見方が示されています。本記事は2011年当時の制度・データ・用語を含む場合がありますが、中心にあるのは、子どもに何を覚えさせるかではなく、どのような環境と経験を通じて能力を育てるかを考える視点です。

そのため、記事全体を通じて、短期的に見える成果だけで判断せず、音声、語彙、読み、理解、学習習慣といった複数の要素がどのように連続して育つのかを見ていく必要があると述べています。家庭での取り組みを、長期的な言語能力形成の一部として捉えることが本記事の主眼です。

※本記事のテキストは引用・転載可能です。引用・転載する場合は出典として下記の情報を併記してください。

引用・転載元:
https://www.palkids.co.jp/palkids-webmagazine/tokushu/parenting/school-advancement/1110/
船津 洋(Funatsu Hiroshi)『Vol.163 | いま始めるのには理由がある』(株式会社 児童英語研究所、2011年)

日本では少子化が止まりませんね。出産数は景気や震災の影響で若干の増減はあったものの、根本的には人口減少、少子化進行の傾向は変わらないようです。

子どもが減るということは、つまり人口が減ることです。人口が減るというのは消費者や生産者が減るということですから、購買力が落ちますし、生産力も落ちていきます。さらにマーケット縮小に伴って海外へと視野を向けている企業が増える中、円高が生産拠点の海外流出に追い打ちをかけています。

海外に生産拠点を置くということは、当然、現地雇用が行われます。企業としては日本人を雇いたいのは山々でしょう。しかし、同じ能力の人材を雇うのであれば、日本人よりも外国人の方が安いのです。これはかつて、より安い労働力を求めて、アジアに生産拠点を求めていたのとは事情が違います。

アメリカに生産や販売の拠点を移した場合、同じ能力の人材でも円高によりアメリカ人の方が遙かに安くついてしまうのです。企業は利益を出して、つまり税金を払ってようやく健全な状態ですので、無駄な経費を省くためには、外国人雇用に向かうのも仕方がありません。

そんな中、大卒者の就職内定率が6割などという、大学生にとっては辛い時代が続いています。大学を出ても就職できない子がいる。最終的にはどこかに就職が決まる子が9割程度にはなりますが、一体どれだけの子どもたちが自分の希望の職業に就けるのでしょうか。

大きくなったら何になる?

お子さんの将来の夢はなんでしょう。小さい頃には、パン屋やお花屋さん、ケーキ屋さんなど可愛らしい夢を抱きます。その後、年齢が上がり世の中のことが分かってくると、職業への興味の幅も広がります。世間を賑わしているサッカー選手や野球選手になりたいと夢を持つ子も少なくないでしょうね。

ひとつ野球を例に取りましょう。男子の十数名に1人が野球部に入ります。そしてレギュラーになれたとします。しかし、上には上がいるもの。全球児中のわずか500名に1人(0.2%)くらいしかプロ野球選手になれません。これは東大に入るより狭き門(センター試験受験者中0.5%)です。その中で野球だけで食べていける人となると、さらに半分以下。高校野球で相当頑張っても、勝ち残った1人以外の999人は、大好きな野球だけでは食べていけないのです。ほかのスポーツ、サッカーなどでも事情はあまり変わらないでしょう。

そもそも、ずば抜けて運動神経に恵まれていればこそプロスポーツ選手になりたいと思うわけです。そんな中でも自分の希望の職業、この場合にはプロ野球選手になることは、確率的に限りなくゼロに近いのです。例えば数学が好きな人は数学者になりたいと思うかも知れませんし、人助けをしたくて医者になりたいと思うかも知れません。また、弁護士を目指す人もいるかも知れません。しかし、これも程度の差こそあれ、プロ野球選手と同じこと。人並みではダメなのです。人並み以上の頑張りと実力がなければ、夢の職業には就けないのです。

職業に貴賎無し。全ての職業が神聖なものです。しかし、出来れば子どもたちの特性を活かした職に就けるのが、彼らの幸せでしょう。

子どもたちの職業に関する知識、いろいろな職業の存在に関する知識は、彼らの成長と共に広がります。そんな中で、直接患者と接する医者ではなく、または直接顧客と接するサービス業でもなく、生物・化学や物理の分野で、新薬開発や新たな技術の開発などの分野で自分の想像力を発揮したい、と願うようになるかもしれません。お子さんがそんな願いを抱いた時、それを可能にするのは、残念ながら「学力」しかないのです。

我が国の教育事情

OECDの調べでは、日本人の学力は下がっているようですね。日本人の学力は下がっていない、という意見もあります。しかし、本当のところはどうなのでしょうか。

例えば英語の授業ひとつ取ってみても、昔とあまり代わり映えしません。ガチガチの文法教育からは少し抜け出して、ゆるめの英文が目につきます。それで子どもたちの学力が高くなっているのならありがたいことですが、現実には「英語が苦手」という子が6割ほどいるわけです。私が中学生だった三十数年前を思い出してみても、このくらいの割合で英語が苦手な子がいたと思います。つまり、英語が苦手な生徒が多い点については、過去数十年にわたり改善されていないのです。しかも教育内容は減らされているのです。覚える内容が減っているにも関わらず得意になっていない。これはどういうことでしょう。学力は、低下しているのではないでしょうか。

「ゆとり教育」の是非は良く分かりませんが、勉強をしなければ学力が下がるのは当たり前でしょう。革新的な教授法を誰かが開発してくれて、勉強しなくても頭の良い、学力の高い子が育つようにでもなっていればありがたいのですが、そんな話は聞きませんので、「ゆとり」とはただ単に勉強する時間を減らしただけ、ということかも知れません。

子どもが小さい頃から夢を持ってくれて、それに向かって人より少しでも早く努力を始める。幼稚園や小学校の頃から、人より多く素振りをしたり、ボールを蹴ったり、リンクで滑ったり、そんな子たちは恵まれています。そして、ゆとり教育もそんな子たちには福音でしょう。しかし、大半の子たちは、具体的な夢を持たずに学生生活を送るのです。

そんな現実が待つ中、小学生たちのゆとりの時間はどこへ行くのでしょうか。

特に、小学校からとっぷりと「ゆとり教育」に浸ることになった90年代初頭以降の生まれの子どもたちには、学校教育によって与えられたゆとりの時間を埋めるかのように、携帯型ゲーム機がソフトと共に提供されるようになりました。子どもは歯止めがきかないものです。大人がしっかりとコントロールしなければ、勉強そっちのけで手元の画面に釘付けになることは火を見るより明らかです。勉強をする時間が減れば、学力が低下するのは当たり前のことなのです。

「ゆとり教育」以降は…?

そんな「ゆとり教育」は、どこへ行ったのか。今年度から学習内容が増えました。これはありがたいことです。しかし、「ゆとり教育」が進行している間に、ある現象が起きているのです。子どもたちの学力低下を憂えた親たちの関心は、主に首都圏では中学受験に向かうようになったのです。当然ですね。

この点、もう少し詳しく見ていきましょう。公教育のレベルが全体に低下傾向にあると、困る人たちがいます。幼稚園や小学校から持ち上がりの一流校に入れられるご家庭、経済的に余裕のあるご家庭は別として、「小中は公立、そして高校からは進学校へ進学させよう」と考えている教育熱心なご家庭の教育プランが、根底から崩れてしまうのです。

すると「小学校はともかくとして中学からは私立へ、つまり中高一貫へ通わせて大学受験を目指そう」という動きが活発になります。事実、十数年前から中学受験がヒートアップしています。中学受験が集中する2月の1週目には、出席する生徒が少なすぎて授業にならない6年生のクラスもあるほどです。

中学受験のために勉強する子は、小学生の頃から1日3時間くらいは軽く勉強します。逆に勉強しない子は、宿題程度。あとはテレビの視聴にゲーム。このようにして、小学校の頃から勉強する子としない子の差がどんどん広がっていくのです。今までは一部の勉強の得意な子と、一部の苦手な子がいて、その間に得意でも苦手でもない大多数が分布していたのですが、今は出来る子は増えているのですが、逆に出来ない子がそれにまして増えてしまって、中間層が少なくなり、二極化しているのです。学力低下とペアで直面している問題ですね。

中高一貫校は単なる通過点

加熱する中学受験。まぁ、一流どころではなくても一貫校であれば、公立よりはましであろう、という気持ちのなせる技でしょうね。実際に一貫校に行ってしっかり勉強すれば、一流の大学への道もぐんと広がります。

しかし、一方でめでたく進学クラスに合格した子でも、その安堵感からか勉強しなくなってしまえば、高校では普通化クラスへ格下げ。結局は一流どころは諦めて、何段階かランクを下げた大学に推薦入学、ということになります。

大学全入時代になって数年。今や、大学進学を望めば誰でも大学へ行ける時代です。もちろん希望の大学へ行けるかどうかは、全く別の話。あくまでも"選ばなければ"、どこかへ進学できるのです。

平均的な公立高校でも、一般入試するような子は滅多になく、ほとんどAOや推薦で大学へと進んでいく時代になっています。一方で一流どころは相変わらず狭き門です。この意味でも、一般入試に向けて頑張る子と推薦入試組の子達との二極化が伺えます。

ところで、当の受け入れ大学側では、少し問題意識を感じているようです。

中学レベルの英語が分からない、簡単な計算すら出来ない。その様な大学生となるにふさわしい学力を身につけていない子を受け入れなくてはいけないのです。そこで、国立大学ではAO入試のあり方が見直されつつあるようです。これは私立も同様です。センター試験の結果も考慮に入れるようになったりと、学力不足の子はふるい落とし、少しでも優秀な子を入学させる方向性を目指すのは大学側としては当然ですね。

「英語の壁」

しかし、なぜこれほど大学入試で悩まされるのでしょうか。なぜ希望の大学に入るのが、それほど大変なのでしょうか。

この大きな原因のひとつが「英語」の存在なのです。大学入試センター試験では、英語は国語と並んで200点の配点がされています。ザックリ言えば、国立の場合、国語と英語で全体の半分の配点なのです。その英語が出来ないから苦労するわけです。

では、それセンター英語が難しいのかというとそんなことはありません。実際に昨年の暮れに、アメリカ人の小学生達にセンターの英語を受けさせたところ、4年生の女の子が200点中190点、なんと95%を得点しています。

アメリカの小学4年生といえば、文法も知らなければ、語彙も少ないものです。受験生達が必死で日々勉強しているような難解な文法や、大人が使うような難しい単語はもちろん知りません。それでもセンターで95%取れてしまうのです。

この女の子のレベルは英検で言えば準1級から1級の中間くらいでしょう。どうでしょう。英検の準1級をお子さんはいつ取れるでしょうか。中高一貫校へ行ったとしても英検準1級は難しいところです。普通に頑張っている子で、2級レベル。センターなら8割くらいが関の山でしょう。

自分の目指す大学に入りたいなら、センターの英語レベルで四苦八苦していてはいけないのです。実際に難関大学の英語は、センターレベルでは到底歯が立ちません。文系で一流どころを目指すのであれば、英語力もちろん必要ですし、理系といっても英語力がなければどうにもならず、難関大であればセンターレベル以上の英語力は当たり前に求められるのです。

そして、それに加えて学部により、数学や国語、さらには生・化・物・地・歴の学力が必要になるのです。英語に手足を絡め取られていては、それらの勉強に充てる時間などどこを探しても見つかるはずがないのです。

目標を定める!

希望の大学へ進めるため必要な英語力は英検準1級以上です。しかも、ほかの教科の学習時間を考え合わせれば、中学卒業か本格的な受験準備の始まる高1くらいまではそのくらいの英語力を身につけておくのが理想です。

高校で準1級は不可能に思えますか?そんなことはありません。難しいことでも何でもありません。ただ、従来の学習法では無理です。中学からのスタートでも不可能ではありません。上手に多読に取り組めば2級から準1級は現実的です。ただ、かなりの精神力が要求されるので中学からの英語スタートで、高1での準1級合格となると、確率的には何百人に1人くらいでしょう。

小学生からにスタートの場合にはかなり楽になります。少なくとも2年間、出来れば3年間に渡って毎日30分ほどの勉強時間が確保できれば、小学生のうちに準2級か、少なくとも3級はクリアできます。

このように小学生のうちに3級ないしは準2級を取ってしまうと、中学からの英語学習がスムーズに進むので、こちらも多読をすることによって、中学を出るまでに2級から準1級は現実的でしょう。ただ、この場合には中学受験が障壁となります。受験組は英語学習の時間が取れないのです。

最も簡単なのは、幼児期にスタートしたケースです。パルキッズの卒業生達が英検にチャレンジしていますが、小学低学年で英検準2級とか2級に合格することも珍しくありません。現に、年長さんで準2級という子もちらほらいます。

運良く幼児期にスタートできれば、中学受験の準備が本格化する小4の前に英語をやっつけておくことが出来ます。

幼児期の英語教育は、そのまま放っておくと消えて無くなってしまうことがありますが、これは読解力の育成を諦めた場合。読解力までしっかりと育てておけば、英語力は一生消えることがないのです。英検準2級くらい取得できる子は、もちろん読解力も身につけているので、彼らの英語力は、中学受験の準備期間中、全く放っておいても、消えることなくしっかり残っているのです。

そして、中学に入ったら、気分を新たに学校での文法学習と、家庭での若干の多読を進めれば、ほかの学科の勉強時間を奪うことなく、順調に英語力を伸ばしていくことが出来るのです。特に大学入試の準備をしなくても、既に準備は出来てしまっている。そんな状態になれるのです。

「気づいたとき」が始め時

「パルキッズ通信」をお読みのご家庭に育つお子さん達は、おそらく大学へ進むでしょう。苦労するのは彼らの「人生勉強」です。しかし、苦労して目標を果たすことが出来ればよいのですが、そうでないことが多いのです。また、大学を卒業しても、英語が出来ないために、就職試験すら受けられないこともあります。

私たち親の世代は、英語なしでもどうにかやって来れたかも知れませんが、子どもたちが社会に出る頃にはどうなっていることでしょう。今以上、コミュニケーションツールとしての「言語力」が要求される時代になっていることは間違いないでしょう。

スタート時期は、いつでも構いません。高校からでも出来るようになる人もいます。もちろん中学からでも英語が得意になる人はいます。

しかし、もし運悪く英語が苦手になってしまったら?

英語は一生追いかけてくる…とまでは言わないまでも、子どもたちの一生の中で、ことある毎に「英語の壁」が立ちはだかることは避けられないのです。

善は急げです。幼児期ならば幼児期なりの、小学生なら小学生なりの、そして中学生、高校生ならばその時期に適した学習法で、早い段階に英語を克服してしまいましょう。

船津 洋(Funatsu Hiroshi)

船津 洋(Funatsu Hiroshi)

1965年東京都生まれ。言語学者。上智大学外国語学部英語学科卒業(言語学専攻)、上智大学大学院言語学修士。
40年以上にわたり、幼児教室や通信教育などを通じて、子どもの英語教育と言語発達の研究・指導に携わる。自身が開発した英語教材「パルキッズ」は、音声入力を中心とする家庭用英語教材として30年以上にわたり提供され、これまで累計10万組以上の親子の英語教育を支援してきた。近年は研究・指導の対象を英語だけでなく、日本語・国語力、さらに言語能力と認知・学習能力との関係へと広げている。「スローな子育てをしながら賢く育てる」という考え方をもとに、オンライン講座「地頭力講座」などを開講している。著書は、英語・言語習得分野では、ベストセラーとなった『たった80単語読むだけで「英語脳」になる本』、Amazonランキング1位を獲得した『ローマ字で読むな!』(フォレスト出版)、『子どもの英語「超効率」勉強法』(かんき出版)など。国語・地頭力、子育ての分野では『地頭力を鍛える子育て』などがある。
資料請求 7日間体験レッスン付き
ポッドキャスト「英語子育て大百科」配信中 10月15日までイマージョンキャンペーン開催中