パルキッズ通信 特集 | 英検の役割, 英検オンラインレッスン, 英検対策
2026年4月号特集
Vol.337 | パルキッズたちの英検対策
正しく速く読むことで頭の中を整理整頓
written by 船津 洋(Hiroshi Funatsu)
※本記事のテキストは引用・転載可能です。引用・転載する場合は出典として下記の情報を併記してください。
引用・転載元:
https://www.palkids.co.jp/palkids-webmagazine/tokushu-2604/
船津洋『パルキッズたちの英検対策』(株式会社 児童英語研究所、2026年)
パルキッズたちの頭の中
言語学習は ‘heuristic’(ヒューリスティック)に行われます。’heuristic’ とはギリシャ語 ‘heurískein(「発見する」)’ から派生した語で、「発見に役立つやり方」あるいは「帰納的」「試行錯誤による問題解決」という意味で使われます。大胆に言えば、知らないものに対して「多分こうじゃない?」と決め打ちで理解しようとする姿勢です。
「ヒューリスティック」という語は、言語学では音声分析や音韻の確立、意味の推測、文法の獲得など、母語に限らず第二言語習得のシーンにおいて所々で登場する言葉です。もっとも、母語の習得や帰国子女などのイマージョンによる第二言語の習得は、文法が明示されずに、つまり理解への手がかりが存在しないので、意味内容を理解するためのメタ言語としての母語、普遍文法が勝手に体系化してくれるか、あるいは帰納的に「ヒューリスティック」に習得(獲得?)する以外に方法がありません。
見慣れない言葉なのでピンとこないかもしれませんが、もう少し詳しく見てみると、この語の意味がよく分かってきます。例えば、日本人が英語の l, r を聞いて「こうじゃないかな」と日本語のラ行に置き換える、v を b に、th を z, d, s に置き換えるのは「まぁ、こうだよね」とヒューリスティックに判断しているからに他なりません。英語圏の幼児やパルキッズたちが th を f に置き換えたり、æ を ə に置き換えたりするのも、ヒューリスティックな学習の賜物です。
これは “PAM : Perceptual Assimilation Model、知覚同化モデル”(Best 1995)など の考え方に通じます。外国語を学習するときには、母語の知識に参照して「こうじゃないかな?」とまぁ、適当にカテゴリ化していくわけです。’strike’ が「ストライク」といちいち母音挿入されたりするのは典型的ですし、英語の m, n, ŋ をすべて日本語の「ん 」に割り当てるあたりもヒューリスティックな学習です。
英語圏の子どもたちの、母語としての英語の韻律構造の習得においても同じです。英語圏の子どもたちは、「2音節の単語は最初にアクセントがある」つまり、「アクセントのあるところから語が始まる」と経験的に知っているので、’banana’ を聞いたら、「私の 好きなこの黄色い果物は ‘nana’ だが、みんな最初に ‘ba’ という音を言うなぁ」とか、’about’ は「まぁ、’bout’ でよかろう」とザックリ判断するのです。
このあたりまでは、『パルキッズ通信』でもしばしば触れている内容ですね。
さて、音素レベル、音韻レベルから韻律構造をヒューリスティックに処理する様子を見てまいりましたが、ここから先が本号の本題です。
おうち英語の環境をパルキッズで整えられて育った子たちは、’heuristic’ に英語を習得します。言ってしまえば「正確には分からないけど、コレだよね」という判断で英語を身につけ、使うようになります。日本人が日本語の文法に対する明示的な知識を与えられないまま中学生になる、そんな感じです。そのようにして英語を身につけ、さらには語彙を豊かにしていくと、パルキッズたちは留学生や帰国子女のように英語を操れるようになります。そして生粋の日本人にはなかなか難しい英検準1級の取得を目指せるのです。
ところが、その英検が文法教育の権化なのです。”実用英語” と名はついていますが、 文科省が後援して、学校でも受験が推奨されていたりするわけです。つまり、学校英語とは切っても切れない関係。であれば、指導要領から逸脱するはずもありません。それどころか、指導要領の学習内容がきちんと習得できているかの指標にすらなっており、中高大では受験生の英語の習熟度の目安に英検を活用したりするわけです。
パルキッズのおうち英語で身につける英語とは、”英語” である点は共通ですが、その 中身は全然違うのです。
それでは、パルキッズたちは英検に太刀打ちできないのかといえば、まったくそんな事はありません。パルキッズ同様に ‘heuristic’ に英語を習得したネイティブの英語話者なら、中学生でも十分英検1級に合格できます。パルキッズたちも同じです。特に、リスニングからの分節能力は、ネイティブ並の(あるいはそれ以上の可能性すらある)能力を持ってます。つまり、パルキッズたちは、耳からの英語の情報は十分処理できる。したがって、残る文字からの情報処理能力を高めれば良いのです。
ヒューリスティックな学習の結果…パルキッズたちの “英語脳”は?
これ、実は混沌としているんです。そもそも ‘heuristic’ な言語習得では、こう言ってはなんですが「こんなもんだろう」と適当に統計と確率の計算をしています。外国語習得の場合には、母語のデータをベースに分析します。母語データをもとに外国語の音声や音韻、文法などを比較しながら学んでいくわけです。ちなみに、この場合の母語のことを「メタ言語」と呼んだりします。対象となる外国語を、メタ視点で分析する言語という意味です。そうすると、母語獲得の段階では「メタ言語」が存在しないわけですから、母語については手元に使える道具がないうちに言語習得が始まってしまう。「ヒトの言語獲得とは摩訶不思議な現象だな」と考える人もいるわけで、そこから言語学が発達したのかもしれません。
閑話休題。音声には境界がありません。例えば音階。この音は440Hzの「ラ」等と基準 はあります。しかし、そのお隣のA♭, A#との間にはピッチの連続体が横たわっています。境目はないのです。
ヒトの発する音声も似ています。音素に関しても、音韻に関しても、曖昧模糊としている。例えば、「佐々木さん?」と口にすることを思い浮かべてください。「(まさか、あの)佐々木さんが⁈」「(ひょっとして、あなたは)佐々木さんですか?」「(あなたの 順番ですよ)佐々木さん!」というときの「佐々木さん」の最初の「さ」の音はみな違います。英語の世界では3つか4つの音素に分類される音声です。でも日本人なら「まぁ、これは『さ』だな」と判断します。
これが、子どもの「さ」と、女性の「さ」、あるいは男性の「さ」、あるいは風邪声、良い声、ダミ声、蚊の鳴くような声…といった具合に、音響音声学的にずいぶん異なる様相を見せる「さ」も、「まぁ、『さ』だよね」と一括りに「さ」に割り当てます。
と、これは日本語ではまったく問題ない。それどころか、十把一絡げに「さ」に割り当てないことには、音声の「解釈」が始まりません。ちなみに耳に入った音声は、人類共通して同じ音声として「知覚」されますが、その後の「解釈」が重要です。そして、言語ごとに同じ音声に対して異なる解釈を施すのです。
すると、英語の音声が入ってきたときにも、日本語の音韻体系で解釈することになりますが、ここからが問題です。外国語習得が始まると、自然と ‘interlanguage’(インターランゲージ)というものが形作られるという考え方があります。これは母語の知識から外国語へと形作られる「中間言語」という意味です。つまり、パルキッズたちの頭の中には「日本語から英語へ向かう中間言語」が育ちつつあり、その中間言語には、様々な段階があると理解していただければ良いでしょう。
その中間言語ですが、”中間” という名前が示すとおりに、英語でも日本語でもありま せん。まずは、知識として手元にある日本語の音素で「解釈」するところから始まり、徐々に英語として「解釈」できるようになります。しかし、まだまだ英語の「解釈」が完全にできていない状態、つまり中間言語という、宙ぶらりんの言語体系がパルキッズたちの頭の中にあるのです。
音素の解釈も曖昧です。日本語の「ア」は英語の /æ ʌ ɔ ɑ ə/ などに対応しています 。パルキッズたちはその微妙な違いに(’hat, hut, hot’ /hæt hʌt hɔt/ などなど)には「なんか違う」と気づきつつも、まだそれらの音素は厳密にはカテゴリ化されていません。すると、目立つ音、例えば ‘hat’ から「これは英語らしい音だな」と真似し始めます。 アクセントのない母音を何でもかんでも /ə/ に置き換えたり、’chocolate’ /tʃɔklət/ を /tʃɔkəleɪt/ などと過剰一般化(つまり ‘heuristic’ に解釈)するのも少しばかり英語に覚えのある学習者が通る道です。この点などは音韻論の関心の的です。
音節に関しても曖昧です。本誌をご愛読くださっている読者の皆様にとっては「有標・無標(marked vs. unmarked)」という概念はお馴染みですね。日本語はCV構造(Cは子音、Vは母音)の開音節で、特殊拍の一部(撥音と促音)で音節末子音(/aN.ko kit.te/ などなど)が許されています。反対に英語は VC, CVC などの閉音節が圧倒的に多い言語です。
ところで、世界の言語を見渡すと、どうなのでしょう。実は、英語の閉音節ではなく、日本語と同じ開音節のほうが圧倒的に多い。こちらが無標なわけです。それでは日本語の方がエライ(?!)じゃないか、ということになりそうですが、ことはそう簡単ではない。英語は音節単位の言語ですが、日本語はモーラ単位の言語です。音節とは、母音などを中心に前後に子音が組み合わさった単位ですが、モーラとは重さや長さの単位であり、韻律構造を見ると英語などの音節の下位にモーラがある。つまり、日本語は母音を中心とした音素の塊である音節ではなく、母音や子音(促音は子音だが、撥音は子音ではない…)の 長さを一塊として発話されるわけです。そして、音節言語とモーラ言語では、音節言語のほうが無標です。つまりこの点では英語の方が無標(エライ?!)なのです。
長くなりましたが、この有標・無標により、変なことが起こります。子どもは無標を基準に判断します。つまり、日本語を母語とする子どもたちも、最初は音節で分節するのです。例えば「ブランコ」。「ブランコ」と言いながら手を叩かせると、多くの園児たちはこれを「ブ・ラン・コ」と3つの塊(三音節四モーラ)に分ける。しかし小学生になると皆申し合わせたように「ブ・ラ・ン・コ」と4つの塊(四音節四モーラ)に分けるようになります。
なぜ?これは正書法の知識の有無に因るんです。「ここテストに出るので覚えておくように」的に重要なポイントです。
さて、パルキッズたちは英語の音節構造をどう解釈するのでしょうか。正書法を知る前であれば、音節で解釈します。つまり、モーラタイミングが完全に習得されていない小学生であれば、自然と音節単位で英語を解釈(文節)するようになるのです。
日本語の5母音体系が身につきつつありながらも、英語の10母音体系の微妙な違いに敏感であり、音節構造もまだ身についていない幼児期、あるいはできる限り早い段階で英語をスタートする意義はここにあるのです。完全に母語が確立した後に中間言語を作るよりは、曖昧な母語体系からの方が容易であることは直感的に分かるでしょう。
そして、結局はどんどん英語に近づきつつありながら、まだ完全に英語のカテゴリに最適化されていない中間言語の体系を形付けるのは、ひとつに正書法の存在であることを繰り返しておくことにしましょう。
ほら、文字は音階と違って “途中” がないでしょう。音声であれば、「い」よりちょっと「え」っぽい音を出せますが、文字では「い」と「え」の中間を表すことができません。
そこで、フォニックス、ライミング、サイトワーズ、グラフォニクスなどを使って、曖昧な音声のカテゴリーを文字のカテゴリーに振り分けていきます。ここでようやく、英語の10母音は母語(日本語)の5母音による分析ではなく、英語の音素のカテゴリーに収斂していくのです。また、f, v, th, l など日本語にない音素も、日本語の子音のカテゴリーから引き剥がされて、英語の子音カテゴリーに収まるようになるのです。
文字との関係を見ましたが、簡単にプロソディーと呼ばれるリズムについて触れてこの節を終わることにしましょう。
英語は、トローキという強弱連続リズムで話されます。英語圏の子たち、あるいはパルキッズたちもこの英語のリズムをすぐに習得します。すると連続する強弱リズムの「強」から語が始まると予測するようになります。現に英文はそのような構造になっているので、その予測は正しいわけです。しかし、例外もあります。例えば、先にも触れた ‘banana’ は「弱強弱」と「弱」から始まっています。すると英語圏の子もパルキッズたちも、これを ‘ba’ というなにかと ‘nana’ と呼ばれる黄色くて棒状の果物、と分節するのです。’between, again, begin…’ も同様に第二音節から始まる語というように理解するのです。
しかし、このような現象も、読み始めると一挙に解決します。それはそうです。読めるようになることで、一塊の語として知覚されるようになるので、プロソディーでの分節問題は解決を見るのです。
さて、パルキッズたちの音素・音韻カテゴリーを英語の体系に整理整頓するために、文字読みを身につけることの重要さはご理解いただけたと思います。それでは、ここから先は、読めるようになった後に何をしなくてはいけないのかを考えていくことにしましょう。
パルキッズたちの心内辞書
音声を聞き分けられるパルキッズたちが、文字を読めるようになりました。さて、その文字です。いくつかの文字が集まって単語を表します。パルキッズの頭の中には、その段階ではたくさんの語とか形態素が放り込まれています。ここでは語の格納場所のことを言語学の慣例に従って「心内辞書」と呼んでおくことにします。
さて、語とは一般に、単独で発話可能な単位と考えられています。’dog, orange, house, bus, big, beautiful, me, go, slept’ などは、それぞれ単独で用いることができる ため語に分類されます。これらは主に意味内容を担う内容語と呼ばれるものです。
一方で、’of, does, could’ などは機能語と呼ばれ、文の構造を支える役割を持つ語です。単独で発話される場面は多くありませんが、文の中で独立した要素として機能するため、これらも語に含まれます。
これに対して、複数形の -s や三単現の -s、あるいは過去形の -ed(/d/ など)は、 意味や文法機能を持つものの、単独で用いることができません。これらは語ではなく、形態素の中でも拘束形態素と呼ばれる単位です。
このように、語は単独で用いられる単位であり、内容語と機能語に分けられますが、その内部にはさらに形態素というより小さな単位が存在しているのです。
パルキッズたちの頭の中には、このような語や形態素が、軽く5000語(形態素)は詰まっています。
さて、これらの語や形態素(面倒なので以降は単に「語」と呼びます)は、心内辞書にどのような状態で放り込まれているのでしょうか。もう少し後の方で、語と語がどのようなネットワークで記録されているかについて触れることにしますが、まずは、そもそも語がどのように心内辞書に登録されていくのか、その流れを確認しておきましょう。
まず、英文が耳に入ってくるとパルキッズたちの中間言語は「これは英語だ」と判断します。その時点で、入力された英語の連続音声は次々と分節されていきます。今更ですが、分節とは連続音声から単語を切り出す手続きです。日本人であれば、日本語の連続音声を日本語の語の連続として聞き取りますが、パルキッズたちも英語の連続音声を英語の語の連続として聞き取っています。
さて、そのようにして語単位に切り出されたら、その語は心内辞書のエントリーとして登録されます。 日本語を例に見てみましょう。
例えば、スキーゲレンデで誰かが誰かに対して「ゲレンデ内はツボ足禁止ですよ」と注意したとします。「ゲレンデ」も「禁止」も分かるでしょうけれども、「ツボ足」は聞き慣れない人も少なくないでしょう。しかし、この「ツボ足」はスキー場の文脈として心内辞書の見出し語にエントリーされます。もちろん意味は未登録ですが、音型として発音が登録されます。同時に「たぶん名詞だな」と品詞も登録されます。その他「ゲレンデ」「禁止」などの語とともに使われたことも記録されます。
これで、エントリー完了です。この状態が「意味は分からない」けど「知っている」状態です。結論から言ってしまえば、我々人間は皆この状態で母語の心内辞書を構築していきます。それをパルキッズたちは英語でやるわけですから、すごいですね。
心内辞書の意味づけ
すでに述べましたが、パルキッズたちの場合には4~6年の入力で、心内辞書にエントリーされる語を5,000程度と見込んでいます。これらの語は見出し語として登録され、そ の下に音型と品詞、コンテクストが記されています。しかし、まだ意味も綴りも分かりません。それでは子どもたちは、あるいは大人たちは、どのようにエントリーのみされている語の意味を構築していくのでしょうか。
語彙項目を構築していくやり方には二通りあると考えられています。ひとつが「プロトタイプモデル」で、もうひとつが「イグザンプラーモデル」です。
プロトタイプモデルとは、見出し語を表している典型的な集合の平均像のことです。例えば「犬」という見出し語に対して「四本脚で、毛が生えていて、ワンと吠える動物」という意味をつなげるやり方です。平均像なので抽象的ですし、具体的なイメージは伴いません。このモデルでは、仮に「足が3本しかない犬」あるいは「一切吠えない犬」「ヘアレスドッグ」は「犬ではないのか?」ということになりそうですが、そんなことはありません。あくまでもプロトタイプなので、例外もたくさんあるわけです。
これは、犬に限ったことではありません。日本では、子どもたちは太陽の色を赤く塗るようですが、これは日本的なプロトタイプモデルで、欧米では黄や橙で塗ることが一般的なようです。また、ギターも「弦が6本、音程を変化させるフレットがあり、一般的に低い方からEAD…で並んでいる」のかもしれませんが、7弦のギターもあれば、別のチューニングの仕方もあります。それでも、それらはギターです。このように、プロトタイプモデル的な考え方には限界があるのも事実です。
それに対して、イグザンプラーモデルでは、見聞きして自分が体験したことをベースに意味が構築されていきます。再び「犬」を例に取りましょう。例えば家で飼っている柴犬や、散歩中に見かけるゴールデンレトリバー、警察犬として働くシェパード、友人の家にいるトイプードルなど、具体的な個体の記憶が蓄積されていきます。その多くの事例が「犬」の意味の集合として登録されるわけです。
一般的に辞書は、プロトタイプとイグザンプラーの混合モデルで構築されています。国語辞書では、見出し語の下に代表的なプロトタイプの意味が複数割り当てられていて、さらにその下位に、例文がイグザンプラーとして例示されています。英英辞書も同様です。英和辞書の場合には、当該の英単語に対応する日本語のプロトタイプの意味が複数提示されていて、その下位に使用例がイグザンプラーモデルとして例示される構造になっています。
余談ですが、ベストセラーとなって文庫本から単行本へバージョンアップを遂げた拙著『たった「80単語」!読むだけで「英語脳」になる本』(三笠書房)では ‘run’ の見出し語に「さーっと動く」、あるいは ‘make’ は「テキパキ整える」という “たったひとつ” の中心的意味を割り当てています。これは、複数の中心的意味、例えば ‘run’ では、英和辞書に100も提示されている日本語プロトタイプの集合を、さらにメタ的にプロトタイ プ分析して作られています。スゴすぎるでしょう。
ヒトは辞書を引かずに語彙を豊かにする
さて、プロトタイプモデルとイグザンプラーモデル。どちらが一般的な語彙獲得のプロセスなのでしょう。言うまでもありませんね。幼児たちが母語を獲得していくにおいては、「四本脚で毛が生えていてワンという生き物が犬よ」などと明示的に教える大人はいないでしょう。強いて挙げれば、早期教育で使用されているフラッシュカードは「犬」の恣意的な中心的意味をイラストに仕上げて、それを「意味」として入力していますので、ある意味プロトタイプモデルですが、受け手の子どもの方からすれば、それは「犬」の “ほんの一例” として「犬」の見出し語の下位に格納しているのです。つまり、母語の語彙構築はイグザンプラーモデルで行われていると断じて問題ないでしょう。
そもそも、読者の皆様、胸に手を当てて考えてみてください。小学生の時に初めて国語辞書に出会ったと思います。その辞書、どれくらい使いましたか。100回ですか?1,000回?あるいは10,000回?そんなことを数えている人はいないでしょうが、辞書と仲良くなるほど日常的に辞書をめくっていましたでしょうか。あるいは、ひょっとすると本棚の肥やしになっていた、なんてケースも珍しいことではないでしょう。
成人の受容語彙は、20,000語とか30,000語とか言われます。それらをどのようにして身につけてきましたか?聞いたことがない語、初めて耳にする語のことを「未知語」と呼んだりします。未知語は、ある意味はっきり分かります。なぜなら、知っている語「既知語」の中に突然現れるからです。例えば「英語の三単現の s や過去形の d などの形態素は一般に語とは区別される。」という文を耳にしたら、言語学でもやっていなければ「形態素とは?」と思うでしょう。しかし、文脈から「語ではないが音声を伴ったなにか」と処理するかもしれません。それでは日本語の助詞は形態素でしょうか、それとも語?となったときに「おそらく形態素だな」と判断するでしょう。もちろん、それで結構です。それでは英語の ‘is’ は?もうこのくらいにしておきましょう。
ポイントは、「ヒトは語の定義を与えられなくても文脈から語の意味を構築する帰納的な演算をしている」ということです。
その手続はこんな具合です。私たちは、未知語を耳にすると、その語の音型や品詞を、新規見出し語として登録します。同時にどんな文脈で使用されたのかも記録します。そして、可能であればその意味を「だいたいこんな感じ」とヒューリスティックに推測します。未知語に出会うというのは、知性を磨くチャンスですので、それが会話中であれば「どういう意味?」と尋ねることもできますし、読書中なら辞書に当たることもできます。幼児たちが親を質問攻めにするのは、彼らが自らの知的好奇心を満たそうとしているのです。子どもたちは、知ることが楽しいということを知っているのですね。こちらは、辞書の定義を登録するタイプなので、プロトタイプモデル的な辞書登録とも言えるでしょう。
しかし、すべての子どもたちが、未知語を見聞きするたびに、人に尋ねたり辞書に当たったりするわけではありません。日常では未知語の音型と韻律情報、品詞とコンテクストを登録、さらには「こんな意味かな」程度で処理は終了します。そして、その語に出会うたびに、辞書の当該箇所に例文を追加していき、帰納的に意味を特定していきます。これが、イグザンプラータイプの語の意味の特定です。辞書定義的な意味の学習よりも、圧倒的にこちらの方が日常的であり、ヒトの本能的であると言えるでしょう。
それでは、パルキッズたちの英語の語彙は、どのように構築されているのでしょうか。パルキッズでは日本語訳を与えていません。また、日本語訳を与えることを推奨していません。従って、英和辞書的な「’dog’ は犬」のような日本語経由で学ぶことはありません。オンラインレッスンの中でフラッシュカードで ‘dog’ を提示すると、日本語の場合と 同様に見出し語として音型などを登録しつつ、イグザンプラーモデルを通して意味獲得されていきます。つまり、英語圏の子たちが英語を、あるいは日本の子どもたちが日本語を身につけるような自然さで、他の言語を経由することなく、母語でやっているようなやり方で意味を構築していくのです。
見出し語の整理整頓
ところで、心内辞書の見出し語は、どのように整理されているのでしょう。国語辞書であれば五十音順に並んでいますし、英語の辞書も同様にアルファベット順に整理されています。しかし、心内辞書はそのように整理されていません。言ってみれば「心内辞書」という頭陀袋(ズダぶくろ)に、無造作に放り込んであるような状態です。
しかし、これでは検索が大変です。それはそうでしょう。バッグの中に放り込んだはずの鍵が、なかなか見つからないような体験をしない方はいないでしょう。連続音声から切り出した語の意味を参照しに心内辞書に当たる際に、「どこにあるか分からない」「なかなか見つからない」ようでは困ってしまいます。そこで、心内辞書は色々な工夫で検索しやすくしているのです。
辞書には見出し語(音型)の下に、品詞、意味、使用例が登録されていますが、なんとその他にもインデックスラベルがいくつもあるのです。それらは ‘neighborhood density, word frequency, word familiarity, collocation, word association’ などで他にもいくつかあります。それぞれ以下に説明します。
’neighborhood density’ とは「近傍密度」とも呼ばれます。これは1音を入れ替える と意味が変わる語がどれだけあるかの指標です。例えば、’sit’ には ‘bit, pit, fit, hit, kit, sat, set, sick, sip, sin, sim…’ などたくさんの隣接語があります(近傍 密度が高い)。ヒトは ‘si…’ まで聞くとその段階で、次に来る音声を予測します。つまり、聞きながら隣接語のグループから対象の語を少しずつ特定していっているのです。反対に ‘orange’ など近傍密度が低い語は ‘ora…’ あたりで「ああ、これは ‘orange’ だな」と簡単に予測できるのです。これが近傍密度のラベルです。パルキッズでは、フォニックスやライミングが近傍密度に関連した学習教材です。
’word frequency’ は「語頻度」のことで、これは使用される回数の高い語にはアクセ スしやすく、そうでない語では反対になります。私たちの行動も似ていますね。身の回りのものでも、使用頻度が高いものは手の届くところにありますが、あまり使わないものは押し入れにしまい込んでしまいます。そんなイメージです。
’word familiarity’ は「語親密度」です。これは馴染みがあるかどうかです。子ども たちにとって ‘school, pen, lunch, juice, pants, slide, zoo, dinosaur…’ などは 親密度の高い既知語です。反対に政治・経済などの用語は、親密度は低いですね。これはパルキッズ教材ではサイトワーズの取り組みなどが該当します。
’word association’ は「語連想」で、関連語のネットワークを指します。これは極め て重要なインデックスです。例えば ‘doctor’ という語は ‘nurse, hospital, medicine, shot…’ などとネットワークで繋がっています。プライミングという心理実験がありますが、プライマーと呼ばれる刺激語を提示したあとにターゲットを見せた際にその語にアクセスする速度を検出する実験手法です。例えば ‘doctor’ という刺激を、自覚できない程度の時間(40ms[ミリ秒])提示します。その後に関連語の ‘nurse’ を見せたときと、 関連していない語を見せたときのアクセス速度の違いから、関連語の存在が明らかになっています。
これはとても重要で、特にパルキッズのように母語方式で語彙を構築する場合、’giraffe’ を他の ‘zoo animals’ と関連付けて記憶しています。そのため、’elephant’ を読ませて意味を問うてみると「ゾウ」ではなく「キリン」などと言うことがあります。このように語を関連する語のネットワークとして記憶しているのが心内辞書の大きな特徴のひとつです。パルキッズの学習ではカテゴリーワーズのように、語をカテゴリーごとにまとめてインプットするやり方を採用していますが、これは心内辞書の語のネットワークと極めて密接な関係を持っています。
その他、’collocation’ と呼ばれる「共起表現」や、’age of acquisition (AOA)’ と 呼ばれる「習得年齢」も語彙目録の下位範疇として登録されています。共起表現は「とある語とセットで登場する語」で、英語では ‘heavy rain’ は共起表現ですが、’strong rain’ とは言いません。あるいは ‘deep sleep’ はあっても ‘big sleep’ はありません。 これらも語同士が「共起」というネットワークで結ばれているわけです。AOA「習得年齢 」は、言うまでもありませんが、幼児期から成長するにつれて獲得語が身の回りのものから外へ外へ、あるいは具体的な語から抽象的な語へと広がっていきます。獲得する年齢にも、語のエントリーは影響されるのです。
読むスピードが勝負。
さて、ここまでヒューリスティックな語の獲得を見てまいりました。厳密な音声や定義を与えられなくても、なんとなく心内辞書を構築していく様子はお分かりいただけたと思います。語の獲得と理解の次の段階として、句や文の理解の段階があります。しかし、今まで見てきたように、音声の境界が曖昧だったり、語の意味も厳密ではなくネットワークの中でなんとなく分かったような分からないような状態では、句や文の意味もぼんやりとしてしまうのは仕方がありません。「ぼんやり」という表現を使いましたが、これは悪いことでもなんでもありません。思い出してください、私たちの日本語の習得も「ぼんやり」と行われているのです。
この「ぼんやり」とした状態から、成長につれて徐々に正確に意味を理解できるようになるのですが、そこでキーワードとなるのが、「正書法の習得」と「語の意味の確定」です。
「正書法の習得」は、文字を音声に解読する技術の習得を意味します。『パルキッズ通信』風に言えば「音韻符号化」です。しかも、ただの音韻符号化ではなく、ナチュラルな話速での音声化が必要となります。いくつもの研究が音韻符号化の速度と理解度との相関を指し示しています。つまり、速度が遅ければ、理解に繋がらないのです。理由はいくつかありますが、ひとつには文字の解読にワーキングメモリ(情報を一時的に保持しながら、同時に操作・処理するための記憶システム)が消費されてしまい、理解まで手が回らないことが挙げられます。また、人の言語使用は話すことが主で文字は副次的です。文字を人が通常に話す速度で再現(音声化)できて漸くそれはヒトの言語のあり方です。自然な流れで英語を身につけてきたパルキッズたちは、話す速度での文字の解読が可能になることで、彼らにとっては大得意のリスニングの作業と情報が一致するのです。
これには、「Spells to Sounds」を始めとしたフォックス、ライミング、あるいはサイトワーズなどのドリル類を活用して、スラスラ読めるように育てることが、まずクリアすべき点となります。
後者の「語の意味の確定」に関しては、頭陀袋に放り込まれた状態の語集団を、ネットワークで繋ぐことが有効です。つまり、’zoo animals’ のグループとして ‘giraffe, elephant, zebra’ などをまとめて再提示してやるのです。これにより、カテゴリー内の混沌とした状態が整理されます。これは文房具、衣類、町中の施設、食べ物、遊具を始めとして、形容詞や副詞は反対語で提示したり、動詞もカテゴリーに分けて与え直す、さらには動詞の活用や代名詞、疑問詞などの文法項目もそれらのカテゴリーでまとめて与え直すことでネットワークが形成され、ネットワーク内の語の意味がくっきりと定義されていくのです。
これには、パルキッズのカテゴリーワードを改めて、与え直すのが効果的でしょう。
さて、今回はパルキッズたちに向けた英検対策と題して、彼らの頭の中の英語を見てまいりました。キーワードはヒューリスティックな学習で、これはヒトが言語を自然と身につけるやり方をパルキッズたちが英語に対して行っていることを意味しています。
しかし、文字と音声のやり取り、つまり正書法の知識が確定していないと、文字の音声化が正しくできず、結果としてせっかく持っている心内辞書の当該エントリーにアクセスできないのです。したがって、正確に読めることが重要であることはあらためて言うまでもないでしょう。しかも、速度も重要です。たどたどしく読んでいるうちはワーキングメモリが理解に向けられないので、スラスラと息をするように読めるまでに、音韻符号化を手続き記憶化する必要があるのです。
さらに、語の意味の確定していないと、文意を誤解してしまう可能性があります。また、3級からの作文や面接には、正確な語の使用が必要となるので、英検準備から5級、4級までの早い段階で、語の意味を確定する必要があります。もちろん、この段階に至れば、日本語の介入も完全に否定するわけではありません。しかし、日本語と英語の単語はスコープと呼ばれる意味の範囲が異なるので、英日一対一で教えることは、せっかく彼らが自然と構築してきた、イグザンプラータイプの語の意味を歪めることにもなりかねません。聞かれたら答える程度に留めておくことが懸命です。その代わりに、より自然な語のネットワークから、語それぞれの意味を絞り込んでいくほうが好ましいでしょう。
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船津 洋(Funatsu Hiroshi)
株式会社児童英語研究所 代表、言語学者。上智大学言語科学研究科言語学専攻修士。幼児英語教材「パルキッズ」をはじめ多数の教材制作・開発を行う。これまでの教務指導件数は6万件を越える。卒業生は難関校に多数合格、中学生で英検1級に合格するなど高い成果を上げている。大人向け英語学習本としてベストセラーとなった『たった80単語!読むだけで英語脳になる本』(三笠書房)など著書多数。



