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2018年11月号特集

Vol.248 | 素読で育つ「英語の読解力」

多読を楽しむために必要だった1ステップ

written by 船津 洋(Hiroshi Funatsu)


※本記事のテキストは引用・転載可能です。引用・転載する場合は出典として下記の情報を併記してください。

引用・転載元:
https://www.palkids.co.jp/palkids-webmagazine/tokushu-1811/
船津洋「素読で育つ「英語の読解力」」(株式会社 児童英語研究所、2018年)


特集イメージ1 専門家でないので、温暖化が進んでいるのかどうかは分かりませんが、秋分も過ぎ異常に暑かった夏もようやく終わりを告げた、旧暦でいう長月のまっただ中にこれを書いています。夜が長くなるので長月、「秋の夜長のころ」の「夜長月」が略されたという説もあるそう(『現代用語の基礎知識』)ですが、窓を開けて虫の声と心地よい風を楽しみながら、読書の秋と洒落込むのも一興でしょう。もっとも、せっかくの『パルキッズ通信』ですので、今回は単に「読書」ではなく「読めること」ならびに「英文を読むこと」について考えて参りたいと思います。

 まず自分自身の読書経験を振り返ってみますと、アメリカに留学していた20歳の頃に偶然出会った歴史小説にはまり、以降二十代は所謂中間小説を片端から読み散らかしました。恥ずかしながら、明治維新に始まりそこからお定まりのチャンバラ戦乱物、またまた維新に戻り、そこから明治期の内戦と2つの対外戦争、さらに当然のこととして大東亜戦争に至り、自分が日本人であることにプライドを持ったり嫌気が差したりしながら読書を楽しんだものです。もっとも、先の戦争からそれ以降のこととなると、資料が多すぎ、数頁読んではインターネットにあたりつつなので、読書それ自体を楽しむというよりは、その先にある人間像や人生観に思いを馳せることが楽しかったのだと、今になると思えます。因みに最近では、現代日本人のプロトタイプとでもいえるような型が作られた中世が楽しくて仕方がありません。
 いずれにしても、当時も今も読書を楽しめることには変わりません。皆様もお好きなジャンルで気の赴くままに読書を楽しまれていることと思います。近年、「本離れ」が叫ばれ、出版数はピークを過ぎて下降調、出版数のみならず販売数も左前で、地域の小書店は大型店に一掃されたかと思えば、大型書店すらも通販に押され気味。出版業界も大変なようですが、人間が文化的である限り、また言語を使用する限り、形は変われど、最も手軽でしかも人間の本質(つまり言葉を理解すること)を満足させてくれる「読書」が消えてなくなることはないものと、信じております。

 と、まぁ、前置きはその程度にしておきましょう。本題に入りますが、なぜ私たちは「読書を楽しむ」ことができるのでしょうか。本題の「英語の読書」に入る前に、まずは日本語での読書について考えてみます。
 読書を楽しむには、まず「読書の技術」が身についていないことには話が始まりません。私が私の頭の中で浮かんだイメージやロジックを日本語に置き換えて、さらに音声化したものをキーボードを通してカナで打ち込み、さらに漢字かな交じり文としてエディターに表示されている文字群を、読者の皆様は、逆のルートで音声化してイメージ化(理解)しています。
 この「読書の技術」はいくつかの段階から成っています。まずは誰かが彼の頭の中のイメージを日本語の文字として表記したものを、音声に置き換えることができないといけません。そして、次に、音声に置き換えられた文字をイメージ(理解)に変換することが必要となります。先月のスピーチチェーンと同じで、この2段階のうちどちらかでもうまく機能しないと読書は成立しません。
 まずは1段階目の文字の音声化を見てみましょう。言うまでもありませんが、かなや漢字など日本語の文字の知識がないことには文字は音声化できません。我々が、例えばアラビア語を見て「ヒト言語の記号(つまり文字)だな」と感じることはできますが、アラビア語の正書法の知識がなければ、目の前の記号を音声化することはできないのです。


| 文字の音声化には訓練が必要!

特集イメージ2 文字の音声化は、最初は練習が必要ですが、慣れてくると無意識のうちに行われます。読者の皆様は、今まさに目の前に表示されている文字列を、何の苦もなく次々と音声化しているのです。(速読などでは音声化を飛ばしているという向きもありますが、あくまでも一般的な読書は文字の音声化を伴います。少なくとも僕の場合には。)この音声化の技術は、身につけるのに時間がかかります。日本語を問題なく話せる人でも、文字の音声化が苦手な人もいます。
 日本人の識字率は100%と言われますが、果たしてそうなのでしょうか。最近では「文字は小学校に入ってからで良い」などということは、さすがになくなっているようですが、ほんの少し前までは文字を知らずに小学校に入って、結局4年生になってもカタカナが読めないという子が少なからずいました。
 ちなみに小学校の指導要領の国語の項目に「書かれている事柄の順序や場面の様子などに気付いたり,想像を広げたりしながら読む能力を身につけさせるとともに,楽しんで読書しようとする態度を育てる」とあります。まぁ、ごもっともで結構至極なのですが、これが1、2年生の目標です。カリキュラムの消化の意味合いもあるのでしょうけれども、小学校の授業も進行度合が早く、かなをマスターする前にあっという間に漢字が始まります。家庭でできることは家庭でしておいた方が良さそうですね。


| 読力と読解力

特集イメージ3 もう少し詳しく見ると、「書かれている事柄の順序や場面の様子などに気付いたり,想像を広げたりしながら読む能力を身につけさせるとともに」とあります。この記述からは、2つのことを同時に、または2つの概念をごちゃ混ぜにしている印象を私は受けます。
 英語の読解力を育てる場合には、いきなり読解力を育てるのは不可能でまずは読力、つまり文字を音声化する技術を育ててから、その後に読解力、つまり読んだ内容を理解する能力を育てていきます。英語の場合と書きましたが、日本語の場合にも同様です。文字を読めない子どもたちが、いきなり「書かれている事柄の順序や場面の様子などに気付いたり」することはあり得ません。そうではなく、まず「(純粋に文字を音声化する)読む能力を身につけさせる」ことが必要で、スラスラ音声化できるようになると、ようやく文字は言語として知覚されるのです。
 たとえば、「今日は良い天気」を漢字を読めない子が読むために、かなで「きょうはいいてんき」と表記し、それを読ませます。読み始めの子はひとつひとつの記号(かな)を、「き・よ・う・は・い・い・て・ん・き」と、このような具合で音声化します。この段階ではまだ音に意味はついていませんが、繰り返し音声化するうちに、「ああ、今日は良い天気、と書いてあるのか」と気付くのです。つまり、正しく音声化できるようになる。そして、ようやく理解できるのです。
 日本語は英語のように分かち書きされないので、どこからどこまでが語であるかを発見する必要があります。「にわにはにわにわとりがいる」とか「すもももももももものうち」は日本語の音声として耳に入れば、日本語話者であれば理解に戸惑うことはありませんが、かなに変換表記されるものを読み解くのは、語彙もさることながら慣れが必要なのです。慣れてくると「こにんちは」すら「コンニチワ」と読めてしまいます。読解力を育てる前に、このくらいのスムーズに文字を音声化できるような読力が必要になります。
 こう見ていくと、文科省の仰るところの「楽しんで読書をしようとする態度を育てる」というのは、文字を習い始めの1、2年生には少々ハードルが高すぎる気がしなくもありません。


| 読書はたのしい♪

特集イメージ4 さて、それでも読書を楽しめるまでに読解力を育てることは、人が豊かに一生を生きる上で前提となるといっても大げさでないほどに重要なことであることは間違いありません。また、読書量と学力も相関関係にある(あくまで主観ですが)ようですので、学校側もこぞって児童には大量の読書を勧めますし、親も我が子のためを思えば「本好きに育ってもらいたい」と願い、子どもの音読の宿題に付き合うことになります。そうして、ようやく読力が身につき、読解力が育つのです。しかし、「本好き」への路はまだ開いたばかりです。
 一口に読解力と言っても、その能力は様々です。かろうじて教科書の内容を理解できるレベルの読解力もあれば、哲学書を苦もなく読めるレベルの読解力もあります。大学入試の「現国」を思い出してみてください。単に読解力があれば済むようなレベルではない文と格闘された方も、少なくないと思います。娯楽小説を楽しめる程度の読解力もあれば、古文・漢文を味わえるほどの読解力もあるでしょう。実用書を読んで「ふむふむ」と納得できる読解力もあれば、専門書を読み解ける読解力もあります。古文・漢文や詩、専門書の読解には高い読解力と豊富な語彙構築が不可欠です。そして、それら “高い読解力” と “豊富な語彙構築” への入り口が「大量の読書」なのです。
 文字の音声化、音声のイメージ化(理解)のこの2段階をできる限りスムーズに行うためには、訓練、つまり大量の読書が必要です。そして、この訓練の先に「本って楽しい」が待っています。ここまで子どもたちを育ててやるのが理想です。


| こうして「本好き」が育つのです

特集イメージ5 整理しましょう。読書を楽しむためには、まず、1)文字を音声化する「読力」が必要です。そしてスラスラ読めるようになると、ようやく、2)読力に理解が加わった「読解力」となります。ただ、この読解力も磨きをかけなくては育ちません。そこで、小説などを「多読」します。これによって、文字の音声化から理解の回路が強化され、同時に語彙も豊富になります。読書の煩わしさのひとつに「知らない語」の存在がありますが、語彙が豊かになるにつれて、「知らない語」と出会うことも少なくなります。逆に「知らない語」との出会いは滅多にない分、煩わしいどころか刺激的にすらなるのです。このようにして、3)「本好き」の一丁上がりです。
 段階ごとにすべきことをまとめると、以下のようになります。1)「読力」の育成には声に出して読む練習、小学校の音読の宿題のようなものです。これを「素読」と呼んでおきましょう。そして、2)「読解力」の育成にも同じく「素読」が有効です。その上に大量の読書、つまり「多読」です。
 ここで、2段階目の音声をイメージに変換する能力ついては敢えて触れていません。先月の「スピーチチェーン」の話でも登場しましたが、この「音声」と「イメージ(理解)」の相互のスムーズな行き来こそが「言語習得」の本質であることのみ触れておきます。


| 秋の夜長に「英語の読書」のために

特集イメージ6 さて、読解力という技能は思いのほか、複雑な要素が絡み合って成立していることが分かりましたが、英語の読解力はどのように捉えると良いのでしょうか。また、秋の夜長に英語で読書を楽しむためには何が必要なのでしょうか。まずは、英語の読解力を日本語の読解力の3段階も参考にしながら眺めて参りましょう。
 『パルキッズ通信』でも過去に何度も触れて参りましたが、日本人は大学くらい出ていれば「英語は読めば分かるけど会話ができない」などと未だに仰る方は、さすがにもういないでしょう。確かにこれは大きな間違いなのです。日本人は「英語を聞いたり話したりすることはできない」そして「読んでも分からない」というのが本当のところです。ところで、この「読んでも分からない」というのは、いかなる状態なのでしょうか。そもそも、日本人は英語を正しく読めるのでしょうか。こんな根本的なところから進めていきましょう。
 私たちは中学校で、今時の子たちは小学校で英語に出会います。今でこそ、英語教育の行き届いた若い先生たちの中には、英語にご堪能な方も少なくありませんが、一世代前の英語の先生と言えば、教科書に出てくる文法と語は知っているが、実際の運用はできない方が少なくありませんでした。つまり、発音も聞き取りもできない英語の先生です。その先生をお手本として、私たちの英語習得は始まります。英語には日本語と異なる音素がたくさんあります(『パルキッズ通信2018年9月号』参照)し、音節の構造が日本語と異なり「子音誘引」(『パルキッズ通信2017年5月号』参照)という日本語には存在しない現象がみられます。さらに、日本語は子音連続を許さないので英語で子音が連続するとそれぞれの子音に母音を賦与してしまうのです。
 簡単に言えば、①子音ならば /f, v, r, l, th/、母音なら /æ, ʌ, ə/ や二重母音などの音素は日本語にはありません。見方を変えれば、日本語と英語で相通ずる音素が大半であるともいえます。また、日本語は母音で終わるので音節が撥音の一部で起こる連声を除けば、ひとつひとつはっきりと区切られています(『パルキッズ通信2017年5月号』参照)。しかし、②英語は子音で終わることができるため、次の語の語頭に母音があると、それに引きつけられて、子音+母音の別の音になってしまいます。さらに、③日本人が英単語を読む際、子音の連続を発声できずに母音をつけてしまいます。
 日本語と英語の音の違いは、極言を恐れなければこの3つに尽きます。そして、この3つの事実が日本人の英語の聞き取りを難しくしているのですが、この事実すら知らぬ間に、学校での英語の授業は進みます。
 例えば、”He’s an astronaut.” は英語では /hizənæstrnɔt なのですが、日本人が読むと /hi:zu aŋ asutono:to/ となります。まったく正しく読めていません。つまり、読書をすることの第1段階目の読力(文字記号を音声に変換すること)からしてできていないのです。繰り返しますが、英語と日本語と異なる音素はわずかです。また、開音節の日本語の知識のみでは子音連続や子音連結ができないことを正しく理解するだけで、相当日本人の英語の読力は向上することでしょう。


| 多読の前に、ひとつ忘れていませんか?

特集イメージ7 正しい読み方に関しては、ひとまず横に置くことにします。ここで、英語の多読ついて考えてみます。日本でも一部では英語の多読が推奨されますが、これは大変結構なことです。日本で英語を身につけた人の多く、幼児期を過ぎてから英語を習得した人の多くは、大量の英文に接することによって英語の “なんたるか” を、気づけば身につけています。この事実は最新の言語学の研究成果とも一致していて、外国語習得には「大量の入力」が関係しているのです。耳からの入力に関しては、臨界期を過ぎてしまった思春期以降の外国語学習の方法として、英語の多読は最も効果的で、ひょっとすると避けて通れない道なのかもしれません。
 さて、そのような多読ですが、コレが難しい。当然です。英語の正しい読み方も分からない、つまり読力すら身についていない。それに加えて、英文を読んでも分からない、つまり読解力も身についていない人が、英語の多読をして何になるというのでしょう。言語学の世界では「大量入力」もさることながら「理解可能な入力」(『パルキッズ通信2016年1月号』参照)が重要視されます。アタリマエです。少なくとも正しい発音で読めるのであれば、英語の音韻知識は身についていくことでしょう。そして、そこから英語の聞き取りの能力が向上することも期待されます。しかし、発音もでたらめ、意味も分からない、このような状態でたくさん読んでも、何かが身につくわけがありません。がむしゃらに読んでもダメなのです。
 ものには順序があります。日本語でも「本好き」の前には「読解力」、「読解力」の前には「読力」のステージがありました。英語も同様に考えれば良いのです。
 日本語の読力を育てるためには、国語の教科では「音読の宿題」が課されました。まだ日本語をスラスラ読めない小学1、2年生たちは、おうちに帰ると、母親の前で国語の教科書の指定箇所を繰り返し読まされます。これは大変ステキなことだと思います。ちなみに、私たちはこのような、読力を育てるための音読の作業を「素読(ソドク)」と呼んでいます。
 『日本国語大辞典』によれば、「素読」とは「す‐よみ 【素読】〔名〕(1)書物の意味・内容を考えないで、ただ機械的に文字を音読すること。そどく。」とあります。「論語の素読」などと使われますが、昔の人は賢くて、まずは「意味などどうでも良いので」「スラスラ読めるようになる」ことが重要だと考えていたのですね。私たちも先人の知恵にあやかるべきしょう。英語も「素読」からスタートです。しかし、この英語の素読。なかなかに難しいのです。


| 素読五カ条

特集イメージ8 繰り返しますが、「素読」は「多読」ではありません。まだ英語を正しく読めない子(大人)たちが、上手にスラスラと英語を読めるようになるための「音読の宿題」のようなものです。またあくまでも「素読」なので、この段階で「内容の理解」を考える必要はありません。逆に正しく「文字を音声化」することに専念するのが好ましいのです。
 しかし、これも云うは易しですが、成すは困難を極めます。理由はふたつ。ひとつに「正しい発音が分からないこと」、ひとつに「教科書がないこと」です。
 ひとつ目の問題は難しいですね。昔、児童英語研究所では『発音名人』という教材を販売していました。この教材は優れもので、第一アクセントごと、また頭子音ごとに中学学習レベルの英単語を並べて収録してあり、付属の音声と共に、それこそ、野球やテニスの「素振り」の様にして発声練習ができるようになっていました。(『発音名人』は現在は販売を休止していますが、拙著『英語の絶対音感』(フォレスト出版)でも英語の音素は学べるようになっていますので、親子共に英語の発音を学びたい方はそちらをご参照ください。)
 ふたつ目の問題は、素読用の素材の資質に関するものです。素読用の素材として好ましいものの条件として、以下の項目が挙げられます。①中学レベルの文法と語彙で構成されていること、②短いものから徐々に長くなること、③数千ではなく数万語単位のボリュームが必要であること、④音声が付属していること、そして最後が重要です。⑤続けられること。
 順番に簡単に説明しましょう。①の素読は正しい読解のフォームを身につけるところから始まり、最終的には読んだ内容が自然と頭に浮かんでくる、つまり読解力の育成までがゴールです。繰り返しますが多読はその後です。素読のゴールである「音声のイメージ化」を達成するためには、素読の素材が「理解可能」である必要があります。そのために、「中学レベルの文法と語彙」で構築されている必要があります。
 ②も説明するまでもないほど当たり前のことですが、文は短く簡潔なものの方が初学者には理解しやすいので、主節のみの単純な構造の文から、徐々に従属節や埋め込み文を交えた長く複雑な構造になっていく必要があります。また、文の長さもさることながら、文章自体も短いものから長いものへと読み進める方がより良さそうであることは常識的でしょう。
 また、同じ対象ばかり繰り返し素読しても飽きてしまうので、③のボリュームが重要になります。中学の教科書の本文(レッスンの内容の文)に使われている語が、ひとつの出版社から出されているもの3年分で約7,000語です。これは驚きの少なさです。7,000語とはオクスフォードなどから出ている現地の低学年用の副読本1冊文程度です。ちなみに、私が指導している中学生の塾での「素読講座」では1日のセッションで20,000語以上読みます。少しゆっくり目に読んでも1時間に3,500語は消化できますので、素読講座で2時間で読み終える程度の内容に、中学校では3年もの長い時間を費やしていることになります。これでは外国語習得の絶対条件である「大量入力」は達成しようがありません。
 ④の音源が付属していることは説明の必要はありませんね。⑤は繰り返しますが、とても重要です。中学生向けの「素読講座」では学生たちをそれこそ “缶詰め” にして指導員たちと対面して素読は行われます。彼らは逃げようがありません。これを「家でやれ」と言われても、テキストを開いたり、音声を準備したりと様々な “障壁” を乗り越えないと「素読」を始められません。何事もそうですが、ある程度身につくまでは継続的に行うことが必要ですが、「素読」も同様なのです。


| やったもの勝ち

特集イメージ9 音声学の実験で、大学生の英語の運用レベルと聞き取り能力との関係を調査したところ、当然ながら、海外経験が長い方が総じてリスニングが良く、各種検定結果も良いものです。2年以上滞在者の方が明らかに1年間留学組よりも成績が良く、1年留学組はいわゆる「純ジャパ」よりも成績が良いわけです。しかし、驚いたことに「純ジャパ」であるにもかかわらず、リスニングでトップレベルをスコアした子たちがいたのです。そしてこの子たちに共通しているのは、やはり入力の多さでした。
 英語は一度聞き取れるようになれば、耳からも入力できるようになります。つまり、この子たちは大量の英文を読み、幸運にも正しい発音を身につけ、それによりリスニング能力が向上し、結果として耳からも目から英語の情報を受け取れるようになったのでしょう。
 ちなみに、パルキッズの卒業生たちにも、一部この実験に協力してもらったところ、日本人とイギリス人のハーフ(ダブル)と同レベルの聞き分け能力を示しました。ひとまず、「『パルキッズ』をやっていて良かった」と胸をなで下ろして頂くとして、同時に、「素読」を通して読力から読解力、さらには「英語の本好き」に育ててあげましょう。
 地球上のインターネット上での使用言語の10%、さらには出版物の25%は英語で占められています。つまり、信頼に足る情報は英語で発信されている可能性が高いのです。世界がどんどん狭くなる中で、「日本語」からしか情報がとれないようでは、20年後、30年後の人生の足枷になるかも知れません。また、翻訳技術の発達はめざましいものの、それがバイリンガルであることでの思考・発想の豊かさから輝きを失わせることはありません。
 子どもたちの英語に磨きを掛けるため、もしくはご自身のやり直し英語のため、ぜひ「英語の素読」を生活に取り入れてみましょう。

【編集部より】
今回ご紹介の『発音名人』のお取り扱いはございませんが、英語の素読トレーニング教材に『7-day English』があります。今回の英検講座でも使用され、受講生達も読解力をアップし、英書を読むことに煩わしさを感じなくなったようです。7日間で英語が変わります。『7-day English』の詳細はこちらから。
↓↓↓
https://www.palkids.co.jp/7day-english/


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プロフィール

船津 洋(Funatsu Hiroshi)

株式会社児童英語研究所 代表。幼児英語教材「パルキッズ」をはじめ多数の教材制作・開発を行う。これまでの教務指導件数は6万件を越える。卒業生は難関校に多数合格、中学生で英検1級に合格するなど高い成果を上げている。大人向け英語学習本としてベストセラーとなった『たった80単語!読むだけで英語脳になる本』(三笠書房)など著書多数。

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