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2016年02月号特集

Vol.215 | フォニックスと単語と文法でいいじゃない?

ホントにそうなの?少し掘り下げて考えましょう

written by 船津 洋(Hiroshi Funatsu)


※本記事のテキストは引用・転載可能です。引用・転載する場合は出典として下記の情報を併記してください。

引用・転載元:
http://palkids.co.jp/palkids-webmagazine/tokushu/tokushu-1602/
船津洋『フォニックスと単語と文法でいいじゃない?』(株式会社 児童英語研究所、2016年)


特集イメージ1 英語学習を考えるときに「四技能」という言葉がよく使われます。「リーディング」と「ライティング」、「リスニング」と「スピーキング」とをバランス良く身につけましょう…などなど。特に、日本人は読み書きばかりできて(!?)リスニングが弱いので、使える英語、つまり会話を成立させるために音声系の習得に力を入れましょう、といった具合です。
 『パルキッズ通信』2014年12月号で触れましたが、どうも個人的にはこの分類がしっくりきません。リーディングとライティングを「文字系」としてひとくくりにして、リスニングとスピーキングを「音声系」としてひとくくりとする。「文字からの情報」と「音声からの情報」の受け取り方が、まるで違う回路かのごとく語られているようです。
 個人的にはどちらかというと、文字系・音声系で分けるより、入力系・出力系で分けてくれるとすっきりします。つまり、音声が耳に入ったり、文字を読んだりしたときに、脳がその言語情報をイメージ化する「入力系」と、反対に、頭に浮かんだアイデアを言語のルールに当てはめて文章にして、それを音声や文字で表現する「出力系」に分けると腑に落ちる、とかねがね感じておりました。
 言語学の世界では、もちろん音声も文字も取り扱うのですが、文字はどちらかと言えば脇役で、音声が主役という印象を受けます。
 そもそも言語は、文字から発達したわけではありません。言葉は音声から発達して、それを記録するために文字ができたと考えるのが常識的です。
 いずれにしても、どのように情報を受け取り理解するのか、逆にイメージを言語化して発信するのか、これらの点に関して様々な分野が設けられて研究されています。


| 聞き取って

特集イメージ2 言語学では、人が言葉を理解するにおける分野として、音韻論、意味論、統語論ならびに語用論が研究されています。音韻論は ‘Phonology’(フォノロジー)といって「音素」を研究します。音声学 ‘Phonetics’(フォネティクス)が「音声」そのものを扱うのに対して、特定の言語における「音素」を扱います。たとえば日本語の音韻論では、日本語にない ‘th’ や ‘f’ の発音などの音素の研究は不要です。  ちなみに、’Phonics’(フォニックス)は、両者いずれとも異なります。フォニックスとは、音声と文字との関連の学習法です。もともとは、英語の音韻論的(英語がどんな音素で成立しているかの)知識をもっている英語の母語話者に、音声情報に加えて文字情報としての英語も入力できるようにするためのトレーニング法です。日本人の場合には、英語の音韻論的知識がないので、このフォニックスを本来の学習法とは逆に、文字から音を学習させるために使われています。
英語の音韻論的な知識がなければ、英語の音声は「英語らしい音の連続」としてしか認知されません。つまり、言葉として聞き取れないわけです。そのため、フォニックスでまず「英語の音」の学習をすることが、英語の聞き取り能力に貢献することに間違いはないでしょう。
 そして、英語の音韻論的知識を身につけることによって、英語の音声は、意味のある単語の連続として認識されるようになるのです。
 ただ、日本の英語教育では、この点が著しく欠落しています。そのため、英語を日本語の音韻論的な知識でもって処理しようと試みるのです。もちろん ‘f’ や ‘th’ 、’r’ の発音などは、お慰み程度に紹介されます。しかし、日本語よりはるかに音数の多い「母音」に関しては、ほとんど顧みられることがありません。
 これはもっともなことで、そもそも英語の正しい音を教えられる日本人の英語教師は限られているので、学校教育の中でフォニックス的な音の学習を行うことはハードルが高いのかもしれません。結果として、英語の音素を知らないまま、勘に頼って英語の聞き取りに臨む以外ないのです。
ただ、英語の音素といっても無限にあるわけではなく、子音が20程、母音も20程度しかありません。機会があれば身につけてしまうと、英語の聞き取り能力の向上に貢献するでしょう。


| 聞き取れたら

特集イメージ3 さて、言語情報を受け取るための第一段階として音韻論的知識(聞き取る能力)を身につけても、それだけではどうにもなりません。「単語が何を表しているのか」を理解できなければ、どうにもなりません。そこで必要になのが、意味論 ‘Semantics’ 並びに統語論 ‘Syntax’ の知識です。わかりやすく言い換えれば、意味論の知識とは「単語とそれが意味する対象」つまり「語彙」のこと、統語論の知識とは「文法」と、ざっくりと考えておけば良いでしょう。
 まずは、単語の方から始めましょう。言語をフルに使いこなすためには、単語の意味するところを知る必要があります。具体的には ‘denotation’ と呼ばれる辞書的な単語の定義と、 ‘connotation’ と呼ばれるその単語からイメージされる事柄です。例えば、’naive’ という単語なら、辞書的な定義(denotation)は「人工的に影響されていない自然のままの状態、うぶな、単純な、素朴な」といった具合です。その語に対して惹起される感覚(connotation)は「ばかにされた、田舎者」といった具合でしょうか、こちらは人によって異なります。その両方の知識をもって、語彙と呼びます。
ところで、いかがでしょう。皆様は、英単語に対してそのような知識を持っているでしょうか?『英単語を覚えることとは、その単語が対応する「いくつかの代表的な日本語」をセットで覚えることだ』と感じている方も、おそらく多いのではないでしょうか。つまり、言語を十分に操るための ‘denotation’ や ‘connotation’ を覚えているわけではないのです。辞書を引けば分かりますが、’get, have, take, give’ などの基本的な単語には、文脈によって数十、場合によっては百以上の日本語訳が割り当てられています。私たちはその中のほんの1つや2つを、その単語の代表的意味として記憶しているだけなのです。辞書的な意味をきちんと分かっているわけではないので、そこから惹起される印象も、ややもすれば、その単語が本来持っている ‘connotation’ とはかけ離れたものになっているかもしれません。
もう少し例を挙げれば、’chair’ は日本語では「椅子」ですが、もともと ‘chair’ は「通常四本足でその上に腰を下ろせる天板と背もたれが付いている、肘おきが付いているものもある」ですので、よくある「丸椅子」は ‘chair’ には当てはまりません。あれは ‘stool’ です。このように、たかが椅子ひとつ取ってみても、日本語と英語では大違いなのです。比較的、日本語と対応している単語が多い「名詞」でもこの調子ですので、「動詞」や「前置詞」となれば、日本語とはまるで違うイメージの単語が少なくありません。つまり、特に「動詞・前置詞・副詞」などは、それらが象徴する意味に対応する日本語とセットで覚えるという従来の学習法では、十分に使いこなせるほどの知識は身につけられないことになります。たとえば、”I’m in on it.” という表現をとってみるだけでも分かります。日本語訳と対応させても、この単純な文章の意味は見えてきません。


| 文法は?

特集イメージ4 続いて、統語論的な知識を見ていきましょう。単語の意味が理解できても、その単語が文章の中でどのように機能するのかが分からなければ、文章の理解には至りません。
 たとえば、”The horse raced past the barn fell.” という文章を耳にした場合を考えてみましょう。まず文頭、句の機能を決定する ‘function word’ である ‘the’ の後には名詞が来ることが解ります。’The horse’ これで名詞句となります。続いて ‘raced’ を耳にすると、これは動詞ではないかと考えます。しかし、それに続いて ‘past’ が来ることによって混乱します。その後に ‘the barn’ と名詞句が来ると、なるほど「馬が納屋の前を競争して通り過ぎた」のか、と理解できます。しかし、その後に ‘fell’ が来ることで、再び混乱します。そして、最終的には “The horse raced past the barn”(納屋の前を競争して通り過ぎた馬)が名詞句であることが解り「その馬が倒れた」のか、と正確に理解できるようになります。単純な文章ですが、正しく理解するまでには思いのほか複雑な作業が脳内で行われているのです。これを可能にするのが、統語論的な知識です。
 さて、ここで重要なポイントがあります。学校で習う英文法は、もちろん英語の理解に大きく貢献していて、日常の英語学習の中で「英語を日本語に訳すためのツール」として使用されます。もちろん、それは悪いことではありませんし、初学者が英語を理解しようと思えば、英文を和訳する以外方法はありません。
しかし、実用となると、その方法ではあまりにも時間がかかりすぎます。日常会話を満足に交わすため、もしくは大量の英文を読むためには、「スピード」が欠かかせないのです。発話を耳にしたら、それが終了すると同時もしくは終了する以前に、直感的に相手の意図を理解しなくてはいけません。余談になりますが、日本語では最も重要な要素は句や文章の最後に来るので、ある文章が肯定文なのか否定文なのかは、最後まで文章を聞かないと分かりません。しかし、英語はその逆で、重要な要素は句や文章の最初の方に現れるので、相手の言うことを推測するのは日本語より容易かもしれません。


| スピードが大切

特集イメージ3 以上を総合的に踏まえると、英語の発話を理解するには、第一に英語の音に関する「音素の知識」(音韻論的知識)が不可欠です。第二に「単語の定義」(意味論的知識)を知っている必要があり、その定義を知っていればこそ、単語に関する様々な印象も抱けることになります。そして第三には、直感的に単語の機能を見極め文章全体を理解するための「統語論的な知識」が必要となります。
さて、日本人のケースを考えると、まず英語の音韻論的知識が決定的に欠けています。従って、聞き取れません。さらに、もし聞き取れた場合も、単語の定義を知らないので、数ある意味合いのうちのひとつに対応する日本語訳でどうにか理解しようとします。これでうまく行く場合もありますが、うまく行かないケースも多々あるでしょう。また、直感的な文法処理ができないので、文法知識に照らし合わせるための時間がかかります。さんざん時間をかけても、正しい理解にたどり着けないのでは、嫌になってしまいますね。これを解決する方法は、先月号(『パルキッズ通信』2016年1月号)で触れているのでそちらをご参照ください。


| それだけじゃ足りないんです

特集イメージ4 しかし、それだけでは文章の意図を完全に理解することは叶いません。なぜなら、言語使用に関しては「エコノミー原理」が働くからです。この原理のもと、話者は最小限の労力で最大限の情報を伝えようとするのです。
 たとえば、友人宅に電話をかけたところ、4歳のお子さんが出たとしましょう。そこで「パパいる?」と尋ねると「うん」と答えが返ってきました。その後、しばらく無言の状態が続きます。そして改めて「パパいる?」と尋ねると「うん」と返事があって無言がつづく…。もうお分かりですね。「パパいる?」という表現には「パパに替わって」との含意があるのですが、この子には文章の表面的な意味しか受け取れなかったため、このようなことが起きてしまったのです。
 これは特殊なことではありません。たとえば、お腹が空いて何か食べたいとしましょう。直接的な表現としては「何か食べたい!」のですが、これを間接的に言うと「何か食べ物ある?」とも言い換えられます。また、直接的でも非逐語的な言い方をすれば「空腹を和らげたいねぇ」とも言えますし、間接的でしかも非逐語的表現を用いれば単に「お腹が空かない?」と言うこともできます。読者の皆様はどんな表現を使いますか?
この例で見ると、「お腹が空かない?」という表現には様々な含意があります。「あなたは空腹でないのか?」「何か食べたい頃ではないのか?」「私は空腹である」「私は何か食べたい」などなどの様々な情報を「お腹が空かない?」という短い表現に忍び込ませているのです。このような含意の表現は、言語使用においては無意識のうちに行われます。しかし、それを解読する、つまり相手の真意を理解するには、語用論 ‘Pragmatics’ 的な知識が必要となるのです。
 そして、それが未熟な幼児や児童たちは、言語の表面的な意味しか取れないことがあり、先の電話の例のような会話になってしまうのです。しかし、だからといって幼児たちが語用論の知識をまるで持っていないわけではありません。なぜなら、お気づきのように幼児たちも「何かある?」とか「お腹が空いた!」という、間接的または婉曲的な表現を日常的に使いこなしているのですから。しかも、無意識のうちに…。これが言語のスゴさです。

 ヒトは言語を使う能力を、おそらく突然変異によって獲得しました。しかし、その言語とは不可思議極まりない存在で、その解明はまだ緒に就いたばかりです。ヒトがなぜ言語を扱えるのかが分からないばかりではなく、どのようにヒトがそれを獲得していくのかも分かっていません。
単語を覚えて、文法を学べば言語が身につくなどといった意見を持っている向きは、もはや少ないとは思いますが、そんな不遜なことは言えないほど神聖な能力なのです。
 ただ、ひとつだけ言えるのは、どんな人間も言語を使いこなせる能力を持って生まれているということです。そして、その能力は幼児期に限らず(もちろん幼児期に獲得させるに越したことはありませんが)、大人になってからでも言語を身につけることができる能力です。ただ、単語と文法を覚えれば良いとか、聞くだけで身につく、といった単純な思考に収斂できるような代物ではありません。大いに敬意を払いつつ、その能力を行使する(たとえば英語を身につける)ために、やれ語彙だ、文法だ、いやフォニックスだ、イディオムだ、聞き流しだ、英会話だ…などといった脱思考状態から一旦離れ、全体像を見直す必要があるのではないでしょうか。
 ということで、今回の記事が一考を促す切っ掛けになることを祈っております。


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プロフィール

船津 洋(Funatsu Hiroshi)

株式会社児童英語研究所 代表。幼児英語教材「パルキッズ」をはじめ多数の教材制作・開発を行う。これまでの教務指導件数は6万件を越える。卒業生は難関校に多数合格、中学生で英検1級に合格するなど高い成果を上げている。大人向け英語学習本としてベストセラーとなった『たった80単語!読むだけで英語脳になる本』(三笠書房)など著書多数。

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