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2014年03月号特集

Vol.192 | 「好きだからデキル」は実はウソ?

才能は遺伝、それとも環境?カギは大量インプットにあり!

written by 船津 洋(Hiroshi Funatsu)


※本記事のテキストは引用・転載可能です。引用・転載する場合は出典として下記の情報を併記してください。

引用・転載元:
http://palkids.co.jp/palkids-webmagazine/tokushu-1403/
船津洋『「好きだからデキル」は実はウソ?』(株式会社 児童英語研究所、2014年)


特集イメージ1 子どもたちを、いや子どもに限らずいろいろな人を見ていると、人の能力とか感性とか呼ばれる代物はつくづく不思議なものだなぁ、と感じてしまいます。
 子どもの英語学習に携わる関係上、私の日常の生活には教材制作が入り込んでいます。その中では、様々な技能の持ち主たちと共同でものを作り上げていきます。子ども向けの教材ですから、素材として膨大な量のイラストは不可欠ですし、絵本を作るともなれば片々とした挿絵ではなく、場面全体を一葉で表す絵画が大量に必要になります。そこで彼らが次々と作り出す作品を見ていると、唸らざるを得ません。なぜ、彼らにはこんなことができるのだろうか、と。
 「こんな感じでお願いします」などとコンセプトと目的を伝え、しばらく待っていると「できましたよ」とそれらの絵が届きます。まるで絵心がない私からすれば、羨ましくもあり不思議な感じがするのです。
 少し前のことになりますが、教室の生徒さんで、とても絵が上手な女の子がいました。今でも鮮烈に覚えていますが、その子の描く絵は何とも力強くて、見るものに強烈な印象を残さずにはおきません。彼女曰く「ママを描いた」のですが、それが私のような凡人の目にはとても「ママらしき人物」には見えないのです。なにやら宇宙の始まりの混沌とはこんなものだったのかと思わせるような、ありとあらゆる色が混じり合った、抽象的な色の塊にしか素人目には見えません。
 その子は、絵の具を指で直接キャンパスにこすりつけていく手法で、この様な力強い絵を作り上げていました。もちろん、ごく普通に筆をとって写実的な絵を描くこともできますが、本気を出すと(!?)上のような絵になるそうなのです。


| 遺伝子?環境?

特集イメージ2 なるほど、このような才能は幼児期から発揮されることが多いようです。絵心のある人たちは、小さい頃から絵を描くのが好きで、誰に言われるともなく、気付けば自然に絵を描いてきたようなのです。
 そもそも、子どもは放っておけば絵を描く生き物ですね。画用紙とクレヨンを目の前にして、絵を描かない子はいないでしょう。アメリカのレストランでは、食事が提供されるまでの手慰みとして、子どもたちには塗り絵の仕様のランチョンマットにクレヨンが添えられることが珍しくありません。子どもたちと絵は、とても近い存在なのです。
 しかし、彼ら生来の画家たちも、成長するにつれて次第に絵を描かなくなっていきます。そんな中、絵を描き続ける子たちのみが、いわゆる「絵心がある」大人になっていくのかも知れません。これに関しては、画家でエッセイストの山口晃氏が『絵は多くの人にトラウマとしてしか残らない』と言うように、絵画教育のあり方に課題があるのかも知れませんが、それはともかくとして、注目すべきは、それを乗り越えて絵心を獲得していく子がいるという事実でしょう。
 さて、このトラウマ化を逃れて絵が上手になれる子には何が共通しているのでしょうか?
 先に紹介した女の子の弟君はお姉さんほどの絵心を発揮していた様子はありませんでした。つまり、遺伝子が絵心を決定づけるわけでは無さそうです。画家の子孫が必ずしもみんな画家ではないわけで、ひょっとすると、偉大な画家の親や子の中には、私たち凡人同様に絵心の片鱗すら持ち合わせない人もいるかも知れません。
 それでは、環境でしょうか?同じ親の元に生まれ育った兄弟でも、上の子には熱心に画材を買い与えて励ましつつも、下の子にはそれほどの情熱をかけないこともあるでしょう。上の子には勉学や体育に熱心に取り組ませ、下の子にはのびのび気の赴くままに絵を描かせているようなケースもあるでしょう。同じように接しているつもりでも、 実は親自身が異なった環境を与えていることは珍しくありません。
 そもそも、長子は両親や両祖父母の都合6名の愛情や世話を一身に受けます。しかし、下の子が生まれれば、愛情は薄まらないまでも、関心や手のかけられ具合は自然に減るでしょうし、本人がそれを感じることもあるでしょう。
 反対に下の子は、おなかの中にいる頃から、両親はもちろんのこと兄姉らしき第三者の存在を感じているわけですから、彼らからすると、周囲の自分に対する関心・愛情・手のかけようは増えるのみで減ることはありません。
 親は同じように育てているつもりでも、受け手の子どもたちの感じ方はそれぞれ異なり、同じ兄弟でも彼らの目に映る景色は異なっています。つまり、同じ場所で育ちながらも、異なった環境に育つのです。


| 好きこそものの…?

特集イメージ3 さて、子どもとは自然と絵を描くようになる生き物のようです。その意味では、全ての子が画家の遺伝子をもっていることになります。しかし、成長しても絵を描き続けるかどうかは、遺伝よりも境遇・環境に影響されるようです。
 特に環境に後押しされることが無ければ、絵を描くことに対してそれほどの情熱を抱かなくなった子は、いつの間に絵から離れていくでしょう。
 逆に、絵を描くことと上手くつきあえるようになった子は、暇があれば絵を描いていることでしょう。他人の上手な絵を見たり、模写したりもするかもしれません。そして、知らず知らずのうちに上達していくはずです。 安直にことわざに当てはめれば「好きこそものの上手なれ」とでもいったところでしょうか。なにやらこれは、幼児教育における大量インプットと相通じるようです。
 卑近な話で恐縮ですが、かく言う私の場合、残念ながら絵に関しては「ものの上手」になることは叶いませんでしたが、英語については運良く好きになることができました。ただ、現在のような幼児や小学生英語教育法などはない時代ですので、単純に小学生のうちに中学英語の先取りをしただけです。
 もちろん、中学英語を少しばかり前倒ししたからと言って、英語ができるようになるわけではありません。私の同期生、つまり当時一緒に塾に通った子たち全員が、英語が得意になったわけではありませんでした。私の場合、幸運だったのは「好き」になれた点でしょう。英語を好きになれたので、他の子よりはよい点数が取れる。すると皆に一目置かれる。それで、さらに英語が好きになる。「アメリカかぶれ」宜しく、邦楽よりも洋楽を聴くようになり、邦画よりは洋画を見るようになる…。終いにはひょんなことから留学する羽目になり、紆余曲折を経つつ現在に至るわけです。「好きこそものの…」を地でいくような恥ずかしさです。


| 大量インプット

特集イメージ4 さて、好きになったことで、知らず知らずのうちに学習の王道・大量インプットをすることになり、結果として「ものの上手」になっていくのですが、ここで「大量インプット」の効果についてもう少し見て参りましょう。
 学習には、能動的に「学ぶ」面と、人から受動的に「習う」面とがあります。学校では後者の「習うこと」を中心に行います。「習わぬ経は読めぬ」とも言うように、習っていない学問が進めにくいのは本当です。まずは仕組みが分からなければ、理解もできない。理解ができなければ学習は捗るわけがない。そこで、学校では物事の仕組みを教えてくれます。
 しかし、いくら仕組みを理解しても学問を修めたことにはなりません。
 例えば英語なら、アメリカ人ですら知らないような複雑な英文法を知っていても、会話となるとひとつも役立たてることができず文章を読んでも理解に苦しむようでは、英語を習得したとは言えません。
 英語だけではありません。古文の文法をいくら覚えても、漢文のルールをいくら頭で理解しても、それだけで古文・漢文はOKか?といえば全くそうではありません。仕組みは分かったはずなのに、読めども読めども、まるで英語と同じ外国語のようでなかなか理解できない…。そんな体験をされた方も少なくないでしょう。
 「習わぬ経は読めぬ」かも知れませんが、では「習ったら習得できる」のかと言えば、そうでもない。習うことと同時に、そのもの自体を大量にインプットしていかなくては血肉にはならないのです。
 文法が分かった程度の段階では、まだ「好きこそものの…」にはなりません。ここで一念発起して、大量に頭の中に放り込んでいくことが大切です。
 人の脳とは摩訶不思議なもので、英語・古文・漢文、また数学や理化学の世界でも、あるひとつの体系や言語の仕組み(文法)を習うと同時に、大量に繰り返しそのものに触れていくことで、頭が勝手に「ああ、こういうことか」と理解するようになるのです。
 英語を身につけた人に共通しているのは、留学したことでもなく、外国人の友人がいることでもありません。彼らはおしなべて大量の英文を読んでいるのです。そして、最初は「よく分からない」英文も繰り返すうちに「なるほど」と理解できるようになります。
 そして、ある程度の理解が確立すると、ここからは、絵心のある人が絵を描くことを楽しめるように、英文から情報を得ることが楽しめるようになる…つまり「好きこそものの上手」の伝で、学習は自然と進むようになるのです。
 ちなみに、大量インプットには「大量に、繰り返し、新しい情報を」与え続けるという3つのルールがありますが、これは次回に以降に譲るとしましょう。


| 本人が好きになるのを待つ?

特集イメージ3 いずれにしても、物事上達の極意は「いかに大量インプットを続けるのか」、そしてそれを可能にする「好き」という心の動きに大きく左右されます。
 さて、この「好き」ですが、なぜ人は物事に好き嫌いの念を抱くのでしょう。「そんなものは感性だから分からない」と言ってしまえばそれまでですが、実は「好き」のは「できる」にあると私は思います。
 楽器演奏を例にとってみましょう。みとしてピアノを習わされたり、ミュージシャンにあこがれて自らギターを手にしたり…、それに着手する動機は様々です。正規のレッスンを通して習うこともあれば、独学で学ぶこともあるでしょう。スタートはどうであれ、まずはある程度のレベルまで「できるようになる」ことがとても重要です。しかし、そのレベルに達せずドロップアウトする人が大半です。もし運良くドロップアウトせずに、そのレベルまで達すれば、さらに深い理論を学んだり、それによって自分の音楽性の幅を広めたり深めたり、限りなく音楽との関係が密接になります。すると、どんどん上手になる。すると、さらに好きになる…。
 そうなのです。「好き」の前に「できる」があったとき、学習はプラスのベクトルでどんどん進みます。
 本人が何かを好きになるまで放っておいても、好きになってくれる保証はありませんし、学習は年齢が低ければ低いほど有利に進められるので、完全に「本人任せ」にしてしまうのは考えものです。
 それよりも、本人が意思を持つ前に、可能な限りの「学びの場」を生活の一部に放り込み、ある程度「できる」ところまで育ててしまえば良いのです。そして、できるようになれば、好きになってくれる可能性は限りなく高まります。
 本人が知らないうちに「いつの間にか英語が理解できる」ようになったり「気付けばピアノが弾ける」ようになったりしていれば良いわけです。語学や音楽に限らず、何でも「できる」ように育ててあげましょう。


| 正か負か

特集イメージ4 できるようになれば、好きになれる。これがプラスのスパイラルを生みます。でも、何かのきっかけで自信を失ってしまったりすると「やりたくない」という気持ちがどんどん大きくなります。
 親は良かれと思って取り組ませていても、子どもに「苦手」と感じさせたり「自信」を失わせたりしてしまっては、好きどころか苦痛になります。そして、その世界から離れていきます。しかも「トラウマ」というおまけ付きですから始末が悪い。小さい頃にやったから、少しはできるという妙な自信と、伴わない実力…。「できるようになってもらいたい」と願う親の気持ちも、強くなりすぎるとこんな結果を招いてしまう可能性があります。難しいところですね。
 要するに、親は子どもが「ある程度できる」ところまで育てられれば良いわけですが、その途中で、子どもが自信を失ってしまうと学習が進まなくなってしまうのです。そして、子どもに自信を失わせるすべての原因は、「確認」作業にあります。確認をするということは、ある意味「テストする」ことです。テストをすれば、もちろん間違えることもあるわけですから、それすなわち「失敗体験」となってしまいます。親はついついやってしまうものですが、子どもを試したり確認したりするようなことはできる限り避けましょう。
 今回はいくつかことわざを紹介しているので、ついでにもうひとつ。「門前の小僧習わぬ経を読む」。だれも教える必要など無く、本人が学ぶ必要すらなくても、毎日淡々とその環境・境遇に身を委ねるだけで、経を覚えてしまう…。そのように、何事も身につけさせてしまえばよいのです。
 英語であれば、つまり日々のかけ流しです。この大量インプットによって、子どもたちは習わぬながら英語を身につけます。すると、英語が理解できるようになる。英語が理解できれば、英語の本を読むことも楽しくなる。英語で読書を楽しめるようになれば、どんどん英語の技能は高まっていくのです。つまり、プラスのスパイラルですね。
 英語は教えても身につかないこと、勉強してもなかなか身につかないことは、我々で証明済みです。逆に、音の環境を与えるだけで日本語を身につけてしまうような高い能力を、子どもたちが持っていることも証明済みです。
 親のすべきことは、親自身が「学校英語のくびき」から逃れて、英語は教えるものではなく、自然と身につけるべきものであることを正しく理解し「英語の環境整備」に専念することでしょう。そこまで達観していただいて、あとは子どもの能力に任せる。
 つまりは「何も言わずに淡々とパルキッズのCDをかけ流す、絵本を読み聞かせる」ということです。意外に感じられるかも知れませんが、こんなところに本質というものは転がっているのです。


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プロフィール

船津 洋(Funatsu Hiroshi)

株式会社児童英語研究所 代表。幼児英語教材「パルキッズ」をはじめ多数の教材制作・開発を行う。これまでの教務指導件数は6万件を越える。卒業生は難関校に多数合格、中学生で英検1級に合格するなど高い成果を上げている。大人向け英語学習本としてベストセラーとなった『たった80単語!読むだけで英語脳になる本』(三笠書房)など著書多数。

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