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2026年8月号特集

Vol.341 | “おうち英語あるある” をスッキリ解決

パルキッズの8つの疑問にお答えします

written by 船津 洋(Hiroshi Funatsu)


本記事の要旨

パルキッズの取り組みは、英会話を重視しない、子どもから英語の発話を求めない、アニメやゲームで楽しませることを目的にしない、親が英語を教えることも求めないという点で、世間一般の英語教育の常識とは少し違います。一見すると英語の常識の反対に感じられるかもしれません。しかし、パルキッズは「話すことで英語は身につく」「単語が全てだ」「文法訳読が基本だ」といった教材ではなく、子どもがどんな順序でことばを身につけるのか、どのような入力が音声知覚、語彙、読み、理解へつながるのかという原理から組み立てられたメソッドです。 結論から言えば、おうち英語で最初に育てるべきものは、会話力ではなく、英語を英語として聞き取る音声知覚です。会話の土台にあるのはスピーキングではなくリスニングです。聞こえていないものを正しく再現することはできません。かけ流しで最初に起きていることも、英文の意味理解ではありません。英語の音の分布、リズム、強弱、語の切れ目、繰り返し現れる音のパターンを、脳が無意識のうちに分析処理していく音声知覚形成です。 そのため、YouTubeのように多様な音源を次々に与えるより、初期には明瞭で安定し、繰り返しのある音声環境が重要です。タブレットやオンラインレッスンも、長時間画面に向かわせるためではなく、かけ流しで耳に入った音声を意味や文字へつなげる短い確認作業として位置づけます。また、かけ流しが「合わない」のではなく、親が期待する反応と実際の働きがずれているだけです。親が英語を話せなくても、先生になる必要はありません。親の役割は、子どもの無意識の統計・帰納的学習が働くように、家庭の中に英語音声環境を整えることなのです。

キーワード#おうち英語 #パルキッズ #かけ流し #音声知覚形成 #英語耳 #統計・帰納的学習 #YouTube #親の英語力

※本記事のテキストは引用・転載可能です。引用・転載する場合は出典として下記の情報を併記してください。

引用・転載元:
https://www.palkids.co.jp/palkids-webmagazine/tokushu-2608/
船津洋『”おうち英語あるある” をスッキリ解決』(株式会社 児童英語研究所、2026年)


おうち英語あるある

おうち英語あるあるパルキッズの取り組みには、世間一般の英語教育の常識とは少し(?!)違う点があります。英会話を重視しない。子どもから英語の発話を求めない。アニメやゲームで楽しませることをしない。親が英語を教えることも求めません。
一見すると、英語の常識の反対に感じられるかもしれません。しかし、パルキッズは、「話すことで英語は身につく」「やはり単語がすべてだ」「文法訳読が基本だ」「直感的な作文力だ」等といった教材ではありません。
教室や通信指導を通じた長年の経験に加え、言語学や認知科学の知見に基づいているメソッドです。子どもはどんな順序でことばを身につけるのか。どのような入力が、音声知覚、語彙、読み、理解へとつながるのか。その原理から組み立てられています。
日本の英語学習の世界は、停滞が続いています。20年前も現在も、英会話、アニメ、歌、フレーズ暗記、発音練習など、基本は何ひとつ変わっていません。媒体は、カセットテープからCD、DVD、オンデマンド、オンライン、アプリからAIへと変わってきました。しかし、その多くは、子どもに英語を言わせる、覚えさせる、反応させる、楽しませるという発想を土台にしています。あるいは、学校英語の先取りとして、単語や文法を早くから教えようとするものです。
もちろん、それぞれに良さはあるのでしょう。しかし、パルキッズが重視しているのは、英語に慣れさせたり、苦手意識を持たせないようにしたり、といったことではなく、子どもに「使える英語」を身につけさせることです。英検準1級や志望校に合格させる、あるいは希望する職業に就かせるための英語力を育てることです。これは40年前から変わらない私たちの姿勢です。

母語を身につける子ども、留学先で英語を吸収していく子ども、国内にいながら高い英語力を育てた子どもたちには、共通する原理があります。それは、大量の音声入力を通じて、まず英語を英語として聞き取る土台が育ち、その後に語彙、読み、理解、発話へとつながっていくという流れです。
パルキッズは、学校英語の先取りでも、英会話ごっこでも、楽しいアニメ教材でもありません。家庭の中に英語音声環境を作り、子どもの無意識の統計・帰納的学習能力を働かせ、音声知覚形成から読みと理解、そして英検や大学受験へと英語力を育てていくためのメソッドです。そのため、世の中の英語教育の常識からは逸脱しており、直感的に理解できないこともあるでしょう。
そこで今回は、「おうち英語あるある」と題して、パルキッズに関する素朴な疑問にひとつずつお答えしていきます。「本当にかけ流しで良いのか」「会話練習をしなくて良いのか」「まったく関心を示さないがそれで良いのか」。こうした疑問を整理しながら、パルキッズの考え方を分かりやすく説明していくことにしましょう。


会話練習をすれば英語が身につくのではないですか?

会話練習をすれば英語が身につくのではないですか?「せっかく英語を学ぶなら、話せるようになってほしい」。これは、親御さんとしては当然の願いでしょう。英会話教室に通わせる。先生とやり取りをさせる。英語で自己紹介をさせる。質問されたら英語で答えさせる。子どもが英語でやり取りしている姿を見ると、いかにも英語が身についているように感じられます。
しかし、定型のやり取りができることと、自由に会話ができることはレベルが違います。名前、年齢、好きな食べ物、趣味、週末にしたことなど、決まった質問に決まった答えを返すことは、練習すればできるようになります。ところが、実際の会話はそこで終わりません。相手はこちらの答えに対して、さらに質問を重ねたり、話題を広げたり、思いがけない方向へ会話を進めたりします。その流れについていくためには、まず相手の英語を聞き取れなければなりません。
つまり、会話の土台にあるのは、スピーキングではなくリスニングなのです。相手の発話を正確に聞き取り、さらに意味を理解し、その発話に込められた意図を読み取る。そのうえで、ようやく自分の言いたいことを英語で返す。これが本来の英会話です。

かつて、『Speak up! Hawaii~スピークアップ! ハワイ~』(総合法令出版)という本を出版したことがあります。一般的な1週間のハワイ旅行を想定し、現地でのやり取りを録音して1冊にまとめた音声付きの本です。機内、入国審査、交通、宿泊、食事、観光、ショッピングなど、旅行中に出会うさまざまな英会話を収録し、この本の通りに進めれば楽しくハワイを満喫できるように編集しました。
その後、実際にこの本を使ってハワイ旅行をした読者の方から、とあるご報告をいただきました。その方は、この本の会話文を丸暗記し、発音練習にも熱心に取り組んだそうです。その結果、現地での定型的なやり取りはまったく問題なくこなせ、旅行も十分に楽しめたとのことでした。
ところが、本の記載にあるレストランで注文をしているうちに、現地のウェイターからロコ、つまり地元の人かネイティブと勘違いされたようなのです。すると相手は、定型の注文会話を超えて、矢継ぎ早に話しかけてきました。その瞬間、まったく分からなくなってしまったそうです。決まったやり取りはできる。しかし、自由会話になると相手の英語が聞き取れない。そこで会話は止まってしまいました。

英会話とは、「お見合い」のような自己紹介や定型の受け答えだけを指すものではありません。もちろん、初対面の相手とは、名前や天気、趣味などの定型的なやり取りから始めることが日常です。しかし、本当の会話は、その先にあります。
「週末は何をしたの?」と聞かれて、「釣りに行った」と答えることはできるかもしれません。でもその後に、「何が釣れたの?」「餌は?」「仕掛けは?」と続いたら、どこまで英語で話を広げられるでしょうか。「最近読んだ本は?」に対して本の題名を答えられても、「どんな話だったの?」と聞かれたら、さらに英語で説明しなければなりません。
定型のやり取りは、覚えればこなせます。しかし、その先で会話を続け、相手とのやり取りを楽しむためには、まず相手の発話を正確に聞き取り、その発話が何を意味しているのか、相手が何を知りたがっているのかを理解しなければなりません。この「話を広げる」部分こそが、本当の意味での “英会話” なのです。

英語を「話す」とは、一方的に英語を口にすることではありません。相手の音声を聞き取り、意味を取り、次の展開を予測し、そのうえで必要な語を選んで口にする作業です。さて、その発話の大前提には、「音声知覚」という考え方があります。
音声知覚とは、英語を英語として聞き取る力、いわゆる「英語耳」のことです。この英語耳がなければ、相手の発話を正確に聞き取り、意図を理解することはできません。そもそも、聞き取れない、理解もできない英語を、どうして正しく口にすることができるのでしょうか。「話せばどうにかなる」と主張する人たちは、この事実をどう考えているのでしょうか。
会話練習が無意味だとは言いません。問題は「順番」です。聞こえていないものを、正しく再現することはできません。理解できていない発話に対して、自然に返答することもできません。必然のロジックとして、パルキッズでは最初のゴールを「話すこと」に置いていません。話すことを軽視しているのではなく、最終的に自然に話せるようになるために、その前提となる「聞こえる耳」を、まず、育てる必要があると考えているのです。


「かけ流し」に意味があるのですか?

掛け流しに意味があるのですか?「子どもは遊んでいるだけで、英語を聞いているようには見えません。かけ流しに、本当に意味があるのでしょうか」。
これは、よくいただくご質問です。確かに、子どもがスピーカーの前に座って、じっと英語を聞いているわけではありません。積み木で遊んでいる。絵を描いている。走り回っている。そんな様子を見れば、「これは聞いていないな」「意味がないのかな?」と感じるのも自然です。

しかし、かけ流しで最初に起きていることは、英文の意味理解ではありません。初期段階で進んでいるのは、英語の「音声知覚形成」です。音声知覚形成とは、英語の音を英語として聞き取るための土台、前節で述べた「英語耳」が作られていくことです。英語の音の分布、リズム、強弱、語の切れ目、繰り返し現れる音のパターンを、脳が分析処理していくのです。
英語の音声知覚は、学校英語のように、机に向かって勉強したり、単語や文法を意識的に覚えたりする学習では達成されません。英語の音声環境にさらされることで、脳が無意識のうちに音のパターンを見つけ、統計・帰納的に整理していく学習です。言い換えれば、子ども本人が「勉強している」と感じていない時こそ、無意識のうちに、音声知覚の土台づくりは進んでいるのです

このことは、留学生の経験を考えると分かりやすいでしょう。海外に出たばかりの留学生は、英語が聞き取れません。音は耳に入っているのに、知っているはずの単語も聞こえない。相手が何を言っているのか、まるで分からない。当然です。英語耳は、文法訳読にいくつかの会話のパターン学習を加えた程度では得られません。つまり、留学初期は、まだ十分な音声知覚形成に至っていないのです。
ところが、毎日英語に囲まれて生活しているうちに、とある変化が起きます。3、4か月経過し、およそ1000時間ほど英語音声にさらされると、完全には意味が分からないまでも、音の切れ目が聞こえ始めます。よく出てくる表現が、単なる英語っぽい音のかたまりではなく、単語の連続として耳に入るようになってくるのです。「聞き取ろう」「日本語訳は?」と考えるのを止めると、英語が頭に入り始めるのですから不思議なものです。
さらに1年かけて、3000時間ほど英語環境に浸かると、日常的な英語はほとんど分かるようになります。もちろん、専門的な話や速い会話まですべて分かるわけではありません。しかし、まるで日本語を聞いているかのように、英語が意味を持ったことばの流れとして聞こえるようになってくるのです。ついでに、理解しようとしなくても、自然と意味が脳内に形成されます。
これは、毎日大量の英語音声にさらされることで、耳が英語の音声環境に適応し始めた結果です。つまり、留学生は現地生活の中で、時間をかけて音声知覚形成を経験しているのです。

パルキッズのかけ流しは、この音声知覚形成の過程を家庭の中で先取りする取り組みです。留学生のような英語音声環境を、日本の家庭の中に作る。子どもが遊んでいる時間、絵を描いている時間、食事の時、身支度をしている時間に、英語の音声を自然に流す。そうすることで、大量の英語に日常的に触れる機会を作るのです。
赤ちゃんが日本語を身につけるのも同様です。誰かが「ここからここまでがひとつの単語です」と説明しているわけではありません。周囲で話される日本語を大量に聞くうちに、赤ちゃんは、日本語の音の単位、語の切れ目、文のリズムを少しずつつかんでいきます。これが、人間に備わった「統計・帰納的学習」の働きです。
かけ流しは「聞き流しているだけだから意味がない」のではありません。むしろ、日本語訳を覚えさせようとか、何か言わせようとするのではなく、英語の音声環境を家庭の中に作ることにこそ意味があるのです。
英語を話す、読む、書く。その前には、まず英語が英語として聞こえる必要があります。留学生が現地で1000時間、3000時間とかけて経験する音声知覚形成を、幼児期から家庭で「先取り」する。それが、パルキッズのかけ流しの役割なのです。


YouTubeに無限にある音源を使えば済むのでは?

YouTubeに無限にある音源を使えば済むのでは?「たくさん聞かせれば良いなら、YouTubeで十分ではありませんか?」。
これは、とても現代的な疑問です。YouTubeには、英語の歌、アニメ、読み聞かせ、ネイティブの動画、世界中の教材が溢れています。しかも無料です。多様な話者、多様な場面、多様な表現に触れられる。であれば、YouTubeを活用すれば良いのではないか、と考えるのも自然です。
しかし、初期の音声知覚形成においては、多様性よりも安定性が重要です。
もちろん、多様な英語に触れること自体が悪いわけではありません。すでに英語の音韻体系がある程度できている子にとっては、いろいろな話者、速度、場面、表現に触れることは有益です。しかし、英語の音の骨格がまだできていない初期段階で、声も速度も音質も語彙も場面も次々に変わる環境を与えると、入力が散らかりすぎることがあります。

言語習得には、’poverty of stimulus’ つまり「刺激の貧困」と呼ばれる考え方があります。子どもは、膨大な発話を聞いて、ことばを覚えているわけではありません。むしろ、限られた言語情報から規則性を見つけ、聞いたことのない文まで理解したり作ったりできるようになります。大切なのは、膨大で雑多な刺激ではなく、子どもがそこから規則性を取り出せる安定した入力です。
その意味で、初期に必要なのは、ただ多様な英語を浴びせることではありません。明瞭で、安定し、繰り返しのある音声環境です。時には様々な感情が乗って様々なアクセントが生まれますが、基本的には同じ人の声、同じリズム、理解可能な家庭内での同じ表現が繰り返されることで、子どもの脳は英語の音の分布、語の切れ目、よく出る音のまとまりを拾いやすくなります。そこから統計・帰納的に規則性を見つけ、音声知覚の土台を作っていくのです。

加えて、YouTubeの動画は、音声入力としては恣意的になりがちです。気分次第で、次々に違う話者、違う場面、違うテンポ、違う効果音、違う音楽が現れます。しかも、その内容が子どもの理解を大きく超えている場合、英語の規則性を拾うどころか、ただ映像を追っているだけになりかねません。
日本語を覚える赤ちゃんを考えてみても、毎日違う国の、違う話者の、違うジャンルの日本語をランダムに聞いて母語を身につけているわけではありません。中心にあるのは、母親、父親、家族など、比較的安定した話者による、繰り返しの多い音声環境です。限られた入力の中から、音のまとまりや文の規則を見つけていくのです。
パルキッズの音源も、まずはこの安定した入力を家庭の中に作るためのものです。最初から多様な英語の海に放り込むのではなく、明瞭で繰り返しのある音声で、英語の音声の骨格を作る。そのうえで、YouTubeでも映画でも、世界中の多様な英語へ広げていけば良いのです。
YouTubeは、英語環境の入口ではなく、英語の耳が育ったあとの広がりとして使う。その順番を間違えないことが大切です。


0歳からのかけ流しは良いが、あまり小さいうちにタブレットを見せたくない

0歳からのかけ流しは良いが、あまり小さいうちにタブレットを見せたくない「かけ流しは音声だけなので抵抗がありません。でも、オンラインレッスンでタブレットやスマホを使うのは少し心配です。あまり小さいうちから画面を見せると、発達に悪い影響があるのではないでしょうか」。
このような不安を持たれる方も少なくないようです。小さな子どもに動画を長時間見せ続けることには注意が必要です。世界保健機関も、乳幼児期には身体活動、睡眠、座りっぱなしの時間のバランスを重視し、幼い子どものスクリーンを伴う座位時間には制限が必要だとしています。米国小児科学会も、現在は単純な「何時間まで」という一律の数字だけでなく、内容の質、親の関わり、睡眠や遊びとのバランスを重視する考え方を示しています。つまり、問題は「画面を少しでも見たかどうか」ではなく、何を、どのくらい、どのように見ているかです。

パルキッズのおうち英語の中心は、あくまでもかけ流しです。オンラインレッスンは、長時間画面に向かわせるためのものではありません。かけ流しで耳に入っている単語や日常フレーズを、絵や場面と結びつけ、意味づけするための短い取り組みです。1日5分もかからない程度であれば、それだけで子どもの発達に大きな悪影響が出るとは考えにくいでしょう。むしろ、音声入力を意味や文字へつなげるための補助としては、英語学習に大きく貢献します。

一方で、注意すべきなのは、YouTube や動画に子守りをさせるような使い方です。昔はテレビに子守りをさせる家庭がありましたが、今はスマホやタブレットで、子どもが好きな動画を次々に見られる時代です。短い動画、派手な効果音、強い色、次々に変わる場面は、子どもの注意を強く引きつけます。ゲーム同様に、この欲求を満たすことに慣れてしまうと、あとから「もう見てはいけません」と言っても、親子の戦いになるだけです。
スマホやタブレットを遠ざけ続ければ良い、という単純な話でもありません。スマホ、タブレット、パソコンは、これからの子どもたちの学びや生活と切り離せない道具です。国際機関でも、子どもに必要なのは単なる操作スキルではなく、安全に、主体的に、目的に応じてデジタル技術を使う力、つまりデジタルウェルネスであると整理されています。
大切なのは、デバイスを「娯楽の無制限な入り口」にしないことです。使う時間を決める。目的を決める。親の目の届くところで使う。終わったら閉じる。動画を自動再生で見続けるのではなく、必要な取り組みが終わったらやめる。こうした経験を小さいうちから積むことで、子どもはデバイスとの付き合い方を学んでいきます。

パルキッズのオンラインレッスンは、タブレットに慣れさせるためのものではありません。かけ流しで育てた音声表象(心の中で思い浮かべる音)を、意味、文字へつなげるための短い確認作業です。子守りの動画や中毒性のあるゲームや YouTube などの長時間の視聴とは、目的も時間も性質も違います。問題なのは、デバイスそのものではなく、目的のない長時間使用です。
したがって、「0歳から音声入力はしたいが、画面は心配」というご家庭では、まずかけ流しを中心に置き、オンラインレッスンは短時間、目的を持って行えば良いでしょう。画面に子守りをさせるのではなく、必要なときに必要なだけ使う。その姿勢を親が示すことが、これからの時代のメディアリテラシー、デジタルウェルネスの第一歩なのです。


うちの子には、かけ流しが合わないのでは?

うちの子には、かけ流しが合わないのでは?「英語のかけ流しをしているのに、うちの子はまったく聞いている様子がありません。遊んでいるだけ、走り回っているだけ、別のことをしているだけです。もしかすると、うちの子には、かけ流しが合っていないのではないでしょうか」。
こんなお悩みを持つ方もいらっしゃるようです。親御さんとしては、せっかく英語を流しているのですから、子どもが少しは耳を傾けたり、英語らしい言葉を口にしたり、歌をまねしたりしてほしいと感じるでしょう。ところが、実際の子どもたちは、音源の前に座ってじっと聞いているわけではありません。積み木で遊んだり、絵を描いたり、走り回っている状態で聞いています。あるいは、ご飯を食べる、着替える、そんな日常の中に英語が流れているだけです。

すると、親は不安になります。「これは聞いていないのではないか」「ただのBGMになっているだけではないか」「そもそもこの子には向いていないのではないか」と感じるのです。
しかし、結論から言えば、幼児期の子どもに「かけ流しが合わない」ということは論理的にありえません。なぜなら、人は音声からことばを身につける存在だからです。ことばは、まず耳から入ります。赤ちゃんは、日本語を教科書で学ぶわけではありません。母親や父親、家族の声、周囲の会話、生活の中にある音声を大量に聞くことで、日本語の音の単位、リズム、語の切れ目、文の流れを少しずつ見つけていきます。
赤ちゃんは「日本語を勉強している」と思っているわけではありません。「今日は助詞を覚えよう」「名詞と動詞の違いを理解しよう」と考えているわけでもありません。それでも、周囲の音声を聞くうちに、どの音がよく一緒に現れるのか、どこに語の切れ目がありそうか、どの音のかたまりがどの場面で使われるのかを、少しずつ脳の中で整理していきます。これが、ことばの分布を見つける統計・帰納的学習です。
英語のかけ流しは、脳のこの仕組みを利用しています。子どもが英語をじっと聞いていなくても、英語音声は空気の振動を通して子どもたちの耳に入っています。このようにして、音声知覚を形成していくのです。最初から意味が分かるわけではありません。意味理解の前に、まず英語の音声に慣れ、英語を単語の連続として聞き取る英語耳を育てているのです。

考えてみれば、「うちの子には日本語が合わない」という言い方はしません。日本語が得意な子、語彙が豊かな子、話し始めが早い子、ゆっくりな子はいます。しかし、日本語そのものが合わない子がいるわけではありません。同じように、「かけ流しが合わない」という前に、英語に触れる量が足りない、音声環境が安定していない、あるいは親が期待している反応が現実的ではない、と考えた方が良いのです。
もちろん、小中学校での「学校英語」を考えれば、英語の勉強が苦手な人はいます。単語帳で暗記するのが苦手な子、文法説明が嫌いな子、テスト勉強に向かない子、英語を口に出すのを恥ずかしがる子はいます。しかし、それは「英語という言語が合わない」という話ではありません。そんな子でも、もし1年間留学すれば英語を身につけて返ってくるのです。つまり、英語が合わないのではなく、学校英語の勉強方法や、机に向かう学習形式との相性の問題です。幼児期のかけ流しは、そうした勉強とは別の次元にあるのです。

たとえば、子どもがブロックで遊んでいるとします。親から見ると、子どもは遊びに夢中で、周囲の音など聞いていないように見えます。ところが、日本語で「おやつにするよ」と言えば、すぐに反応することがあります。これは、遊びに集中していても、日本語音声は耳に入っているからです。日本語がすでに処理できる音声になっているため、聞こうとしなくても聞こえてしまうのです。
英語のかけ流しも、最初から日本語と同じように意味を持って聞こえるわけではありません。しかし、英語を意味のある言葉として知覚するための第一歩が「かけ流し」なのです。

つまり、「うちの子にはかけ流しが合わない」のではありません。多くの場合は、親が期待している反応と、かけ流しの実際の働きがずれているのです。かけ流しは、子どもをスピーカーの前に座らせて集中させる取り組みではありません。生活の中に英語音声を置き、英語の音の分布に触れさせ、英語が英語として聞こえる耳を育てる取り組みなのです。


興味を持った方が、英語は身につくのではないですか?

興味を持った方が、英語は身につくのではないですか?「子どもが興味を持っていないのに、英語を聞かせても意味があるのでしょうか。好きな動画やアニメで英語に触れたほうが、学習は進むのではないですか」。
これも、しばしば目や耳にする考え方です。確かに、「興味」は学習を進める大きな力になります。好きなものなら続きますし、知りたいことがあれば自分から調べます。ですから、「子どもが興味を持つ英語に触れさせたい」と考えるのは自然です。

ただし、ここで考えたいのは、子どもが本当に「英語」に興味を持っているから集中しているのか、という点です。たとえば、英語のアニメをじっと見ている子がいたとします。「トムとジェリー」「羊のショーン」のような無声アニメや、「ミニオンズ」のように、そもそも発話が英語ですらない音声を、子どもは笑いながら見ています。このとき、子どもは何を学んでいるのでしょうか。少なくとも、英語の音声を、興味を持って学んでいるとは考えにくいでしょう。
人間は本能的に、動くもの、急な動き、あるいは大きな音に注意を向けます。これはヒトの性です。もちろん、アニメを楽しむこと自体は悪いことではありません。しかし、アニメを楽しんでいることをもって英語学習として扱うのは、少し雑に過ぎるのです。ひょっとすると、注視しているだけなのかもしれないのです。
本当に大切なのは、英語に興味を持たせることよりも、まず英語を処理できる土台を作ることです。英語がまったく聞き取れず、読んでも意味が取れない段階では、英語そのものに興味を持つことは難しいからです。

一方、いわゆる海外経験がないにも関わらず、英語を高いレベルで身につける「純ジャパ」と呼ばれる人たちがいます。彼らは留学したわけではありません。しかし、英書を読む。TED Talk を聞く。海外ドラマを見る。英語の記事を読む。好きな分野の情報を英語で追いかける。そうしているうちに、英語との接点が自然に増えていきます。
彼らの脳に起きているのは、読書や視聴によって整えられた大量の英語入力による、無意識の統計・帰納的学習です。たとえば、教科書・参考書以外に、毎日2時間、TED Talkを聞いたり英書を読んだりする生活を2年間続ければ、それだけで約1500時間の英語入力になります。これは、半年程度の留学に匹敵するインプットです。
その入力の中で、英語の音の切れ目、語の単位、文の型、よく使われる表現が、少しずつ脳に蓄積されていきます。最初は字幕や辞書に頼っていたものが、やがて英語のまま分かるようになるのです。読んで分かる量が増えると、さらに読み続ける。聞いて分かる部分が増えると、さらに聞き続ける。こうして、いつの間にか英語を日本語に訳さすことなく理解する力が育ち、リスニング力も高まっていきます。
つまり、英語ができる「純ジャパ」たちは、モチベーションを高めることで、結果的に大量の英語入力を自ら実践しているのです。その過程で、「音声知覚形成」も進みます。留学生の場合は、生活そのものが強制的な英語環境になります。授業を受けるにも、友人と話すにも英語が必要です。一方、日本にいて、まだ英語学習に対してモチベーションも持たない幼児・児童は、積極的に英語を聞くことなどしません。だからこそ、家庭の中でまず英語が聞こえる、英語が読める土台を作っておくことが重要になります。

土台ができると、興味は大きな力になります。恐竜が好きなら恐竜の本へ、宇宙が好きなら宇宙の動画へ、物語が好きなら英語の絵本や児童書へと進めます。この段階になると、英語は「勉強」ではなく、好きな世界に入っていくための「手段」になります。
興味は大切です。しかし、すべての子どもたちが純ジャパのように英語に興味を抱き、夢中で英語に接するうちに英語が育つわけではありません。従って、本人任せでは、子どもの気分次第で興味を抱くかもしれないし、そうでないかもしれない、いわば「賭け」の状態なのです。
パルキッズが、「最初から好きな動画を見せれば良い」と考えないのは、この順番を大切にしているからです。まずは、英語が聞こえる耳を作る。英語が読める目を育てる。そのうえで、子どもの興味のある世界へ英語で広げていく。
興味は、英語学習の入口というより、土台ができたあとに学習を加速させる燃料です。英語が少し分かるようになったとき、興味は英語との接点を増やし、無意識の統計・帰納的学習をさらに進めてくれるのです。


親が英語を話せないと、おうち英語はできないのでは?

親が英語を話せないと、おうち英語はできないのでは?「親が英語を話せないのに、おうち英語なんてできるのでしょうか。発音にも自信がありませんし、英語で語りかけることもできません。子どもに聞かれても、正しく答えられるか分かりません。やはり、親の英語力がない家庭では、英語教育は難しいのではないでしょうか」。
この不安はよく分かります。英語教育というと、親が英語で話しかける、英語の絵本を読んであげる、単語の意味を教える、文法を説明する、間違いを直す、というイメージがあるからです。親が英語を話せなければ、子どもに英語を教えられない。そう考えるのは自然でしょう。

しかし、パルキッズのおうち英語では、親が英語を教える必要はありません。むしろ、親が先生になろうとしすぎないことが大切です。親の役割は、英語を説明することではなく、家庭の中に英語音声の環境を作ることです。子どもが毎日英語の音声に触れられるようにし、かけ流し、絵本、オンラインレッスン、文字読みの取り組みを生活の中に組み込む。これが、親御さんにしていただきたいことです。
そもそも、親子で「教える・教えられる」の関係になると、英語は「戦い」になりやすいものです。親はよかれと思って教えます。しかし、子どもは間違いを直されると嫌になります。親は「せっかくやっているのに」と焦り、子どもは「また英語をやらされる」と感じる。すると、英語そのものよりも、親子の感情のぶつかり合いが前に出てしまいます。

また、親は必ずしもプロの教育者ではありません。英語が得意な親であっても、子どもに英語をどう身につけさせるかを専門的に学んでいるわけではありません。さらに、親の英語力そのものが、子どもに与える入力の質として満足かどうかも分かりません。発音が日本語的である。表現が不自然である。語彙が限られている。あるいは、「英語を教える」と言いながら、実際には学校英語を前倒しして、日本語訳や文法説明をしているだけかもしれません。
幼児期のおうち英語で最初に必要なのは、学校英語を早く始めることではありません。英語を英語として聞き取る耳、つまり音声知覚を育てることです。そして、この音声知覚形成は、親が説明して作るものではありません。大量の英語音声に触れる中で、子どもの脳が、英語の音の単位、リズム、強弱、語の切れ目を無意識に見つけていくことで育ちます。

ここで重要なのが、無意識の状態です。子どもが「勉強しよう」「覚えよう」と身構えていないとき、ことばの分布を自然に拾う統計・帰納的学習が働きます。よく一緒に出てくる音、繰り返し現れる表現、似た場面で使われるフレーズが、少しずつ脳の中で整理されていきます。これは、親が日本語訳を教えたり、文法を説明したりする学習からは得られない、無意識の学習効果です。

親が英語を話せないことは、おうち英語の弱点ではありません。むしろ、親が無理に教えようとせず、良質な英語音声を安定して届けることに専念してくれるので、弱みどころか強みとも言えるのです。親は英語の先生ではなく、英語が自然に入ってくる環境を整える伴走者であれば良いのです
「親が英語を話せないと、おうち英語はできない」という心配は必要ありません。おうち英語の中心は、子どもの無意識の統計・帰納的学習が働く環境づくりです。英語音声が日々入り、音声知覚が育ち、やがて絵本、文字、読解へつながっていく。その流れを整えることこそ、親ができる最も大切な役割なのです。


子どもが嫌がるときも、かけ流しを続けて良いのですか?

子どもが嫌がるときも、かけ流しを続けて良いのですか?「かけ流しが大切だということは分かりました。でも、子どもが嫌がるときはどうすれば良いのでしょうか。嫌がっているのに続けると、英語そのものが嫌いになってしまうのではないでしょうか」。
これは、とても切実な疑問です。もちろん、子どもが明らかに嫌がっているのに、無理やり英語を聞かせ続ける必要はありません。音量が大きすぎる、タイミングが悪い、眠い、疲れている、機嫌が悪い。あるいは、親が「聞きなさい」「まねしてごらん」「今なんて言った?」などと反応を求めすぎている。こうした場合には、調整が必要です。

本来のかけ流しは、子どもが嫌がるような取り組みではありません。なぜなら、かけ流しは「聞かせる学習」ではなく、生活の中に英語音声を置く取り組みだからです。子どもをスピーカーの前に座らせて集中させるものでも、聞き取れたか確認するものでも、英語を口に出させるものでもありません。あくまでも、家庭の中に英語の音声環境を作ることが目的です。
もし、子どもが強く嫌がるとしたら、英語そのものを嫌がっているというより、英語が「聞かなければならないもの」「答えなければならないもの」「理解を試されるもの」になっている可能性があります。つまり、子どもがかけ流しをBGMではなく、学習対象の聞き取り課題として受け取ってしまっているのかもしれません。

日本語のテレビやラジオを考えてみると分かりやすいでしょう。番組の合間に、同じCMが何度も流れます。もちろん、大人であれば「またこのCMか」と思ってテレビを消すこともあるでしょう。しかし、生活の中で何となく流れている音声であれば、多くの場合、子どもはそれをいちいち嫌がりません。聞こうとしていないからです。音として背景にあるだけなら、抵抗感は生まれにくいのです。
英語のかけ流しも、本来はそれに近いものです。遊んでいる横で流れている。朝の支度中に流れている。食事の準備中に流れている。親が特に反応を求めない。子どもも、英語を「勉強」として意識していない。この状態であれば、英語は生活の中の音声環境になります。パルキッズの良さは、まさにここにあります。子どもに英語をやらせるのではなく、英語が自然にある状態を作るのです。
子どもが嫌がる場合には、「この子にはかけ流しが合わない」と考える前に、まず環境を見直してみてください。音量は大きすぎないか。流す時間帯は合っているか。反応を求めていないか。子どもが好きなことを邪魔していないか。英語を流すたびに、無言のプレッシャーをかけていないか。こうした小さな要因で、子どもは英語を「圧」として感じることがあります。

かけ流しは、子どもに聞かせようと力むほど、かけ流しではなくなります。聞かせるのではなく、流れている状態を作る。反応を求めるのではなく、環境として置く。嫌がるときは、音量を下げる、時間帯を変える、短くする。それで十分です。
かけ流しは、子ども “自身” に英語を学習させる方法ではありません。そうではなく、子どもの “脳” に学習させる方法なのです。子どもの無意識の統計・帰納的学習が働くように、英語音声を生活の中に自然に置くだけ。気づけば英語が耳に入っている。その状態を作ることこそが、かけ流しの基本なのです。

ここまで見てきたように、パルキッズのインプットメソッドは、家庭の中に「英語が身につく順番」を作る取り組みです。最初に求めるのは、会話でも暗記でもありません。まず英語の音声に十分触れ、英語を英語として聞き取る音声知覚を育てることです。
英語の連続音声に触れることで、子どもは無意識のうちに英語の音声知覚を形成していきます。その後、絵本や文字読みを通して、耳で育った音声表象(心の中で思い浮かべる音)が意味や文字と結びつき、聞く力、読む力、理解する力へと広がっていきます。
出力を焦る必要はありません。話す前に聞こえること。答える前に分かること。会話の前に英語の音の世界に慣れること。この順番を整えることで、英語は勉強として詰め込むものではなく、使える「ことば」として育っていきます。
パルキッズは、親が英語を教え込たり、子どもに勉強させたり、フレーズを使って覚えたりする教材ではありません。家庭に英語音声環境を作り、子どもの無意識の統計・帰納的学習を働かせるためのメソッドです。その積み重ねが、やがて英検や受験、そして実際に使える英語力として表れていくのです。


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プロフィール

船津 洋(Funatsu Hiroshi)

株式会社児童英語研究所 代表、言語学者。上智大学言語科学研究科言語学専攻修士。幼児英語教材「パルキッズ」をはじめ多数の教材制作・開発を行う。これまでの教務指導件数は6万件を越える。卒業生は難関校に多数合格、中学生で英検1級に合格するなど高い成果を上げている。大人向け英語学習本としてベストセラーとなった『たった80単語!読むだけで英語脳になる本』(三笠書房)など著書多数。

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