パルキッズ通信 特集 | かけ流し, バイリンガル教育, 早期教育, 絵本の暗唱, 英語環境
2019年4月号特集
Vol.253 | 英語のかけ流し、効果のある人・効果のない人
決め手は「英語のかけ流し」と「絵本の暗唱」
written by 船津 洋(Hiroshi Funatsu)
船津 洋(Funatsu Hiroshi)
株式会社児童英語研究所 代表、言語学者。上智大学言語科学研究科言語学専攻修士。幼児英語教材「パルキッズ」をはじめ多数の教材制作・開発を行う。これまでの教務指導件数は6万件を越える。卒業生は難関校に多数合格、中学生で英検1級に合格するなど高い成果を上げている。大人向け英語学習本としてベストセラーとなった『たった80単語!読むだけで英語脳になる本』(三笠書房)など著書多数。
かけ-ながし【掛(け)流し】流れ出るままにしておくこと。垂れ流し。(デジタル大辞泉)
「掛け流し」ということば今日でこそ「源泉掛け流し」のように広く認知されていますが、実は温泉業界でもサルモネラ菌の問題が起きた2000年代初頭までは一般的には使われていなかったそうです。専門用語で、誰しもが使う言葉ではありませんでした。
そんな「かけ流し」ですが、「英語の音源をかけ流す」という文脈で、このことばは使われ続けてきました。『パルキッズ』での英語育児においては「絵本の暗唱」と共に「英語のかけ流し」が取り組みの中核を成しています。
今日「英語のかけ流し」という表現は幼児期の英語教育の世界では一般的に使用されるようですが、様々な拡大解釈や誤解もあるようなので、今月号の『パルキッズ通信』では初心に戻って、この「かけ流し」について改めて確認していくことにしましょう。
大人のかけ流しの効果
「我が子に英語教育を」と志す親御さんたちが増えています。それは素晴らしいことです。グローバル化と二極化、さらには指数関数的に進むコンピュータ化によって、ますます不透明感が増す未来を力強く生き抜く子に育てるために、子どもに役に立つレベルの英語力を身につけさせようと思うのは極めて先進的な考え方です。
しかし、そんな親御さんでも物事を「分け」て考えないと、いろいろ妙なことが起こります。
つまり、自分にも、かけ流しから何らかの英語力の獲得を期待したりするのです。
結論から言えば効果は限定的です。もちろん、文字化されたテキストを眺めながら英語の音声に聞き入ることには学習効果が無いわけではありません。
ただし、大人に対して、子どものように「かけ流す」だけでは、英語の聞き取り能力は向上しません。
理由はシンプルです。ヒトの行動には経済性の原理が働いていて、自分に関係ない、あるいは不可欠ではない情報を脳が勝手に取捨選択しているのです。そして、無関係と判断された情報は処理されずに放置されます。
例えば、ラジオやテレビをBGMに家事や仕事をしていても、日本語の音声は次々と処理されていて、気になるニュースなどは瞬間的に察知しています。日本語の情報に関して、脳は必要な情報と判断するので、聞き流しているようでもちゃんと処理されているのです。
ところが、英語のラジオ番組や洋画だと、聞き流す中で「これは必要」と脳が感じることがないので、温泉のかけ流しと同じく、右から左へと抜けて行ってしまうのです。
日本語の知識で聞き取ろうとする
英語のかけ流しが大人の英語力の向上にほとんど効果を示さないのは、以上のように経済性の原理が働くためだけではありません。大人が音声から英語を学習しようとしても、はかどらない理由は他にもあります。
この点に関しては『パルキッズ通信』でも繰り返し特集していますが、重複を恐れず簡単に説明すると以下のようになります。
専門的には「L1(第一言語 : 母語)音韻知識による干渉」などと呼ばれますが、平たく言えば「日本語を構成する音の知識で英語を聞き取ろうとしてしまうこと」を意味します。つまり日本人は耳に入る英語の音声を「五十音」に当てはめて聞こうとするのです。
この「L1の干渉」にはいくつかのパターンがあります。まず母音に関していうと、英語にある10程の短母音を日本語の「あいうえお」の5つで聞き取ろうとします。英語では /æ/, /ɑ/, /ʌ/ と母音が違えば ‘hat, hot, hut’ のように意味が変わります。ところが、これらの音やさらに’caught’ の /ɔː/や、’about’ の /ə/ も日本人の耳にはすべて「あ」に聞こえるのです。これでは英語を聞き取れるわけありません。
また、子音に関しても日本語の知識の干渉が起こります。英語では子音が連続することができますが、日本語はそうではありません。 ‘strike’ という一音節の語中のすべての子音に母音を付加して /sutoraiku/ と五音節に変換してしまうのです。また、英語は子音で終わることができますが、日本語は母音が必要です。すると、p, b, k, g, f, l, m, s, v, x, z には「ウ」、t, d, には「オ」を自然と付加してしまうのです。
英語の音を英語の音のまま聞き取れないわけです。これによって、いわゆる「空耳」などという現象が起こります。
つまり、大人の耳は「日本語の耳」になってしまっているので、かけ流しからは英語の聞き取りが身につかない仕組みなのです。それが証拠に、年がら年中洋楽を聴いているミュージシャンも、洋画を見続けている評論家も、かけ流しだけで英語ができるようにはなりませんね。
かけ流しが効果的なのは?
それではかけ流しは、どんな人に効果的なのでしょうか。
英語のかけ流しからリスニング力の向上や英語の語彙や表現のインプットが可能なのは、以下の2タイプの人たちです。
最初のタイプは英語の聞き取りができる人で、もうひとつのタイプは幼児期の子どもたちです。
最初のタイプの人たちに関しては、既に上で触れています。日本語の聞き取りのできる私たちは、かけ流しされている日本語も処理していて、気になるところはじっと聞き入ったりします。これによって、新奇語や表現を獲得することができます。
英語の聞き取りができる人は、これとまったく同じ効果を英語のかけ流しから得ることができます。英語のラジオ番組を聞くとなしに耳にしていても、ちゃんと必要な情報は取れており、さらに語彙や表現を広げていくことができるのです。
つまり、一度英語を聞き取れるようになれば、耳からの学習が可能になります。
2番目のタイプはもちろん幼児たちです。
幼児たちの脳は生まれつき周囲に存在する音声を分析するようにプログラムされています。実際には幼児期より以前、胎内にいる時から音声の学習は始まっています。
胎児は羊水を通して聞こえる母親の「もこもこ」とした音声から、プロソディーと呼ばれる言語特有のリズムを学んでいます。ちなみに、英語はストレスリズム、日本語はモーラリズムと、それぞれ異なるリズムで話されます。英語は強弱で「タンタンタンタン」と話され、日本語は「タタタタタ」は話されるのです。余談ですが、これによって幼児たちが日本語と英語を混同することはまずあり得ません。
この幼児期に、英語のかけ流しを行うことで、日本語と同時に英語の聞き取り能力を身につけることができます。そして、一度聞き取り能力を身につけてしまえば、その後もかけ流しから英語を吸収し続けることができるのです。
いつまでがかけ流しが有効な幼児期?
「日本語の耳」になってしまった大人にはかけ流しは効果が無く、幼児期にはかけ流しは効果的。それでは、いつから日本の子どもたちは「日本語の耳」になってしまうのでしょうか。
これに関しては小学生を対象にした知覚実験が行われています。
その実験では、日本人の小学1年生を被験者として一学期と三学期に同じ被験者に対して同じ実験を行い、その反応の差を観察します。先に英語はストレスリズムで日本語はモーラリズムと述べましたが、この実験では日本人の子どもたちが、どの段階でモーラリズムを身につけるのかを検証しています。
モーラリズムを身につけた段階で「日本語の耳」が確立したと考えることができ、「日本語の耳」の確立以降は経済性の原理で無視されるか、意識的に聞き取ろうとしても日本語のフィルターを通した日本語的な英語として聞こえてしまうのです。
日本語のモーラリズムの中には特殊拍とよばれる一風変わった一拍があります。促音、撥音と長音です。例えば「(切)キッテ」と「(着)キテ」と「(聞)キーテ」の3つの語を見ると、実際に音声的にはみな同じ /ki/ と/te/ の組み合わせで、また関東方言では高低のアクセントも同じです。これらは長さやポーズが違うだけなのですが、日本語の世界では意味が変わります。
このような特徴を持つ日本語ですが、撥音「ん」に一拍置かれるのも特徴的です。「さん・ま」「こん・な」「パン・屋」などはシラブル(音節)アクセントの言語では二音節ですが、日本語では「ん」も一拍と感じるので三音節になります。日本語では「こ・ん・ば・ん・は」と五音節ですがこれを外国の方が「こん・ばん・は」と三音節で発するのを聞かれたことはありませんか?
小学生を対象とした実験では、一学期の段階ではまだシラブルアクセントとして聞き取る子が少なからずいる一方で、三学期になると、ほとんどの子たちがこれらを三拍として聞き取る、つまり「日本語の耳」で聞き取るようになっています。
実験では、これは「かな」の獲得によるのではないかと結論づけていますが、確かに日本語の読みがしっかりしてくれば、かなに割り振って聞き取ろうとするのは当然といえば当然の心理でしょう。
このように「かな」の獲得がひとつの境目といえそうです。
しかし、それ以前に英語のかけ流しを行っていたのであれば、英語での入力に効果は見込めます。また、「かな」を獲得した後でも、男子であったり末子であることで耳からの入力がすんなり進むケースも見られるので、一概に「境界線」を引くことはできません。
ただ、英語のかけ流しから「英語の耳」の獲得を期待したいのであれば、早ければ早いほど有利であることは言うまでもないでしょう。
聞かなくて良い、かけ流し
英語のかけ流しの効果の見込める人とそうでない人について書いてきましたが、英語の「かけ流し」と英語の「聞き取り」を混同していらっしゃる方をたまにお見かけします。この点についても少し触れておくことにします。
英語は「聞き取れる人」と「聞き取れない人」の2種類しかいません。
聞き取れる人とは、つまり「英語の耳」を獲得した人か、まだL1(第一言語 : 母語)の確定していない幼児です。このような人たちはかけ流されている内容が「聞き取れて」しまうのです。「聞こう」としなくても「聞こえて」しまうのです。
幼児期にかけ流しをしているご家庭からは、子どもたちが「聞いていない」、「集中してくれない」、「聞いている様子がない」などなどご心配の声が届きますが、幼児たちの耳には英語のかけ流しは「聞き取ろう」としなくても「聞こえて」いるのです。
「英語の耳」を持っていない大人にすれば、一生懸命「聞き取ろう」としても一向に「聞き取れない」のに、まったく意識を向けずにいる我が子が英語を「聞き取っている」とは俄に信じがたいでしょう。しかし、私たちにとっての「日本語」と同様に、子どもたちにとっての「英語」は耳に入ってしまう音声なのです。「我関せず」でもちゃんと「聞こえて」いますので、くれぐれもご心配ないように。
「なんでもかけ流せば良い」というわけではない
また、かけ流しの量や質に関しても適切さを心がけないといけません。思いついたように、一日中かけ流したかと思えば、1週間まるでかけ流さなかった…ではいけません。また、1日10分程度の時間でも少なすぎます。
赤ん坊が母親の語りかけや周囲の会話から日本語を身につけていくのに必要な量の日本語を想定して、そこから英語のかけ流しをどれほど行うか決めます。パルキッズのシステムでは1日90分を推奨しています。
また、質も問題です。大人向けの教材をかけ流しても、これは大人本人にも、横で聞いている幼児たちにも、あまり効果は望めません。幼児たちにかけ流しによって英語を身につけさせたいのであれば、幼児たちが理解できる範囲の内容を与えなくてはいけないのです。
つまり、日本人の幼児たちが自分の家庭で耳にする日本語と同じような内容の英語をかけ流す必要があります。まずは日常的な親子の会話です。それに加えてマザーグースなどの童話や、絵本、あとは仮語彙や語彙化を促すフラッシュカードなどが効果的です。
まず「英語の耳」を
かけ流しの最大の効果は幼児たちに「英語の耳」を身につけさせられることです。
既に途中まで書きましたが、胎児は胎内で聞こえる母親の声から日本語のリズムを学習します。生後は空気を通したよりクリアな音響環境で、母親や周囲の音声を耳にすることで、日本語の音素を身につけます。これで、日本語の「リズム回路」、つまり「日本語の耳」はできあがりです。
これが身につけば、連続した日本語の音声から次々と単語を切り出すことができます。そして、聞き取った単語らしき音の塊を「仮語彙」として蓄積していきます。
ここまでが、幼児期に英語をかけ流すことで得られる効果です。その後に『パルキッズ』のシステムでは、オンラインレッスンのフラッシュカードや絵本読み、日常会話や歌の映像やクイズに触れるうちに、次第に「仮語彙」を意味のある語彙へと成長させていきます。これを「語彙化」と呼んでいて、ここまで来れば英語の基本的な回路のできあがりです。
ここから先は、耳からの情報入力でも英語力を育てることができます。
ただし、耳からの英語の入力に頼ると、ある程度以上にはなかなか英語力が伸びていきません。
そこで、「絵本の暗唱」が必要となるのです。
「英語のかけ流し」と「絵本の暗唱」
「英語のかけ流し」とペアで語られる概念に「絵本の暗唱」が挙げられます。これらは、まさしく切っても切れない関係にあります。「英語のかけ流し」が無ければ、いくら「絵本の暗唱」をしてもそれだけで十分な英語力を身につけることはできません。
また、「絵本の暗唱」も広い意味では「英語のかけ流し」に含まれます。暗唱に必要な音声の入力は「かけ流し」から得られるのです。
ただ、絵本の暗唱の場合には、かけ流しから得られた入力を暗唱という形で出力することで「読解力」を育てていくという、いわゆる「英語のかけ流し」とは別の目的で行われていることはしっかりと頭の中で整理しておく必要があるでしょう。
さて、今回は「英語のかけ流し」について書いて参りました。かけ流しは万民向けではなく、特定の人たちにしか効果を発揮しません。また、「英語の耳を育てる」段階のかけ流しと「英語の耳を持っている」人たちに対するかけ流しは、異なる効果をもたらすことも分かりました。さらには絵本の暗唱におけるかけ流しは、別の目的で行われていることも最後に触れました。
幼児期の英語教育とは、もはや切っても切れない関係にある「かけ流し」です。正確に理解して、目的に合わせて正しく使い分けて、横道にそれたり、変なところに迷い込んだりしないようにしましょう。
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引用・転載元:
https://www.palkids.co.jp/palkids-webmagazine/tokushu-1904/
船津洋「英語のかけ流し、効果のある人・効果のない人」(株式会社 児童英語研究所、2019年)