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2017年2月号特集

Vol.227 | 完・船津流「育児論」

自分の経験をわが子に伝えていますか?

written by 船津 洋(Hiroshi Funatsu)


※本記事のテキストは引用・転載可能です。引用・転載する場合は出典として下記の情報を併記してください。

引用・転載元:
http://palkids.co.jp/palkids-webmagazine/tokushu-1702/
船津洋『完・船津流「育児論」』(株式会社 児童英語研究所、2017年)


特集イメージ2 唐突ですが、親が子より優れている点は何でしょう。体力であり、経済力であり、思考力であり、知識量であり、経験量であり…等々枚挙に困じることはありません。もっとも、このような極度の一般化を伴うような思考が、親子関係においてさまざまな弊害を生じさせる元凶でもあります。なぜなら、考えれば当然のことながら、乳幼児期の子どもたちは、親と比較するまでなく、無力です。しかも、日常のことすらなかなかできるようにはなりません。そんな視線で子どもを見てしまえば、ややもすれば、子どもとは大人になるまでの一時的な不完全な存在と感じてしまうことも起こり得ます。
 しかし、子は成長に連れて、次第にできなかったことができるようになります。口よりも、手や食卓の方が多く食べているのではないか、という食品たちも、いつしかほぼ口に収まるようになり、全身隅々まで洗えないまでも自分でお風呂に入れるようになり、ボタンの掛け違いや表裏はあれど、着替えられるようになります。また、親の育児に対する考え方の違いや個人差もありますが、放っておいても自分で勉強するようになり、あるいは翌日の準備をするようになるなど、自分のすべきことを認識し、数時間後とか数日後の未来を視野に入れつつ、行動を起こせるようにもなります。しかし、できるようになる事が増えれば増えるほど、子どもたちのできないところばかりに目が行くようになってしまい、いらだちが募るのも親の修行のひとつです。
 遊ばせるのも、親の見守りの中で行われていたことが、親の目の届かないところで友だちと遊ぶようになります。次第に体力的にも親を抜き去ります。勉強に関しても、親が口出しをできなくなります。彼等は経済力を付けようと思えばバイトに精を出すようになるし、母親や家庭のくびきから逃れようと思えば、異性と積極的に付き合うようになります。このようにして、徐々に親と同じような事ができるようになっていきます。そして、この段になるとできないところを指摘することすら叶わなくなり、子どもが親の手から離れていきます。子どもは未熟なままなのに、親にできることがどんどん限られてくるのです。その間に、親はどこかで気づかないうちに、育児の手綱を放してしまっているのかもしれません。

 ところで、このように子は成長して独り立ちするようになりますが、するともう親が子より優れているところはなくなっていくのでしょうか?例えば身体的にも、思考力においても、所得においても親を抜いてしまったときに、親が子より優れている部分は何なのでしょう。
 ご自身のことに思いを馳せてみるといかがでしょうか。大人になって親になったとはいえ、我々中年(?)たちもまだまだ未熟です。私自身を考えてみても、本来なら「天命を知る」べきこの歳になってすら、自らの未熟さに未だにうろたえるばかりです。一方で老年の域に片足入れつつ、周囲に見上げられることもありますが、また一方では先人たちの知恵には遙か及ばず足掻いているわけです。
 さて、そんな先人や(尊敬されるべき)年長者たちは一体、我々より何が優れているのでしょうか。体力や経済力や学歴や社会的地位などの、表面的なことではありません。尊敬を集める人たちに共通しているのは、物事に動じない姿勢であり、頼り甲斐であり、迷える自分に道筋を与えてくれる叡智ではないでしょうか。そして、そのように彼等を形作っている源泉は「経験」では無いかのと考えるのです。
 豊富な経験があれば、次に何が起こるのかは予期できるでしょう。「歴史は繰り返す」との言葉通り、諸相は異なれども、「こういう時にはこうすればこうなる」といった物事の原理は総じて同じなのでしょう。聖書にも「天の下云々」と、そんなことが書いてありますが、洋の東西を問わず、人の営みとは似たり寄ったりの域を出ることはないのでしょう。そして、経験が豊富であれば、そんな世の中の原理が分かるのです。すると、予言者のように次に何が起こるか見通せるようになります。また、時宜にかなった判断ができるようになります。それらの判断は、当の本人からすれば自明の理なのですが、周囲の目には叡智による判断力と映るのでしょう。同時に、経験は人を見る目も養います。そのため、後進たちに、それぞれの性質に合わせた的確なアドバイスができるようにもなるのです。


| 経験がものを言う

特集イメージ2 さて、遠回りしたかもしれませんが、最初の質問に戻りましょう。親が子より優れている点とは何でしょう。次第に子に追い抜かれていくことなく、永遠に子より勝り続けることのできる点となると、やはり「経験」ではないでしょうか。誤解のないように付け加えておきますが、ここで言う経験とはもちろん、地理的、職業的、はたまた娯楽やスポーツなどさまざまな事物の経験をも指しますが、焦点を当てたいのは、人生経験つまり艱難辛苦をいかにくぐり抜けてきたのか、という意味での経験です。
 もうひとつ、誤解のないように付け加えておきます。年長者から年少者へのアドバイスの中で、「おれだって大丈夫だったのだから、おまえも大丈夫」といった類いのことを仰る方も居ますが、これは何がどのように「大丈夫」なのかの定義が曖昧で、かつ主観的に過ぎるので、傾聴する価値には大いに疑義が生じるところです。経験豊かで尊敬される大人であれば、人にアドバイスを求められて「オレだって云々、だからおまえも」などの無責任な発言は軽々しくできないでしょう。
 少し横道にそれましたが、この人生における「経験」こそが押し並べて親が子に勝っている点でしょう。そして、その経験をフルに子育てに活かさない手はありません。昨年来、数回にわたり書いて参りましたが、この「経験を活かす」点が私なりの育児の5つ目のアドバイスとなります。


| Been there, done that.

特集イメージ3 我々はかつて幼児であり、児童であり、青年でした。小学校へ行けば、友人との関係があります。じゃれ合っているうちに、怪我をすることもあるでしょうし、そのつもりはなくても、いじめていたりいじめられたりしていることもあります。もちろん、勉強も運動もしなくてはいけません。勉強のできる子には尊敬の念を抱くこともあるでしょうし、駆け足の速い子には羨望のまなざしを向けることもあるでしょう。そして、それらが叶わない自らに劣等感を抱くこともあるでしょう。一度大人になってみれば、そんな小学生程度の悩みなどは、些細すぎて取るに足りません。また、少し成長して思春期になれば異性のことが気になることもあるでしょう。それも大人になって振り返ってみれば、かわいらしい悩みです。
 ここで重要なのは、子どもたちのそんな気持ちに気づいてあげることです。親からすれば他愛のない悩みも、子どもたちにすれば深刻な悩みなのです。時間を遡り自分の過去に思いを馳せて、子どもと同じ目線にたって、一緒に考えてやるのです。
 例えば「勉強」の悩みを例にとってみると、勉強が苦手な我が子に「おまえが勉強しないからだ」と大上段から分かりきったことを言っても、子どもたちは親の思考の深みの無さに反感を覚えるだけで、もう相談することもなくなるでしょう。また、「蛙の子は蛙だ」と表面的な達観を気取って我が子におもねってみても、何の解決にもならないばかりか、子どもの可能性の芽を摘んでしまうことにすらなりかねません。
 そんなケースに直面したら、大人なのですから、経験によって培われた叡智、あるいは財力をフル稼働させて、子どもたちに彼等に見合った的確なアドバイスをしてやれば良いのです。そして、もし適切な答えが分からないときには、まずググる、つまりインターネットを活用しましょう。
 ただ、当然ながらインターネット上の情報は玉石混淆、いや、むしろ信頼に足る情報は大河の一滴かもしれません。無論、大河の一滴も検索能力次第で、いくらでも発見できるのがインターネットの良いところです。つまり検索能力の高い人、さらに読解力の高い人、さらにたどり着いた情報に対する審美眼の高い人ほど、正確で有益な情報にアクセスすることができるわけです。また、検索にあたっては、子どもの少ない語彙より、大人の豊富な語彙で臨んだ方が良いことは言うまでもないでしょう。さらに、情報の取捨選択をす判断力においても、長年の経験に裏打ちされた大人の方が、子どもたちよりもはるかに優れた判断をくだすであろうことは間違いありません。
 そして、一度判断したら、例えば塾に通わせるなり、通信講座を受けさせるなり、もしくは家庭学習用の教材を購入するなりに、経済力を行使します。このようにして、子どもに存在する問題を解決していくのです。

 また、これは日本ではタブー視されがちですが、いわゆる男女のことなども、経験豊かな親が、子の相談に乗ってやるのが良いでしょう。ただし、この点に関しては重大な問題があります。普段から家庭内でそのような会話が行われていない環境に育てば、子どもたちは「親に相談しよう」とは思いません。そして、そんな時にこそ親の経験が活きてくるのです。
 思い出してください。皆さんは若かりし頃、男女のことなどを親御さんと話しましたでしょうか。ちなみに、我が家ではオープンでないまでも、気になる女子の話をしたり、お付き合いを始めればそれとなく写真を見せたりはしていました。そんな時「女性にはかくの如く接すべし」「こんな輩は男性失格」などのアドバイスが自然と言の葉に上ったりもしていました。もちろん、そんな話をするご家庭もあれば、まったくしないご家庭もあるでしょう。女性同士ならば話もしやすいでしょうけれども、これが男児となれば話の機会も少なくなるのかもしれません。これは家庭によって差の激しいところでしょう。
 ところで昨今、「若者の恋愛離れ」に関する統計などを目にすることが増えましたが、かなり深刻な状態にあります。少し古い数字ですが総務省によれば、2010年の段階で、40歳未満の未婚率が女性で25%、男性で35%もあるのです。学歴が高いほど晩婚の傾向がありますが、皮肉なことに所得が低いほど晩婚化が進んでいるのも事実です。つまり、大卒の低所得者層が晩婚化の波に飲み込まれていく…。総務省の統計からは、そんな傾向が見えてきます。つまり、放っておくと(男性で3人に1人となるとかなり深刻な確率です)、我が子が生涯未婚となる可能性があるわけです。
 最近の若者たちは「失敗」を極度に恐れるようです。あまり痛い目に遭うことなく、大切に育てられてきた結果かもしれません。そして、そんな失敗を恐れて「逃げる」傾向にある子は、恋愛とも縁遠くなってしまうのではないでしょうか。もちろん、杞憂に終わるに越したことはありません。ただ、あくまでも統計がその確率を示唆しているのです。
 さて、我が子がひょっとすると異性との付き合いが上手にできないまま、中年になってしまうかもしれない、そんな危機が迫る今日、我が子の恋愛傾向の育み方に関して、親はどのように関われば良いのでしょうか。簡単な話、「親子の会話」のひと言に尽きるでしょう。自らの失敗談を語り、失恋を語り、パートナーとの出会いを語ったりする。しかし、思春期の我が子にいきなりそんな話を切り出せば、口をきいてくれなくなる可能性すらあります。そこで、経験を活かすわけです。つまり、我が身の昔を思い返してみましょう。うまくコミュニケーションを取る方法を考えるのです。何の前触れもなく、思春期にいきなり親と恋愛話では話がしにくいので、子どもが思春期に入る前に、あらかじめそんな話をしておくのです。伏線を張っておくわけです。すると、それが誘い水となって、異性の話も抵抗なくできる親子関係が作り出せます。


| 将来のこと

特集イメージ4 恋愛は人生の大事ですが、家族のこと、友人のことなど、他にも人生の大事はいくらでもあります。それらに対しても、上から目線ではなく「こうするとこうなるよ」だから「こんな時にはこうしなさい」と、できれば事が出来(しゅったい)する前に予言しておくのです。予言であれば、子どもたちは「説話」として素直に受け入れるものです。さて、そんな将来の話ですが、中でも最も重要なのは「進路」ではないでしょうか。
 最近では、大学生の内定率も上昇傾向、ついでに景気が良くなっているから、センターでは今まで理系に押されていた文系が復調しているとか。冷静に見れば、理系へ行きたくても、学力の足りない学生は文系に進まざるを得ず、加えて親の経済力が子どもの私立理系への進学を困難にしていることも考えれば、文系が増えるのは自然の流れとも見られます。また、高い就職率も、景気に左右されやすいサービス業に流れているのであれば、将来の失業への不安も残ります。景気は回復しているとの宣伝に、お上は躍起になっているようですが、どうも下々はなかなかそのおこぼれに預かれていない、というのが現状に近いのではないでしょうか。
 そんな中、世の中は激変しています。オックスフォード大学の FreyとOsborne による「コンピュータ化による失業」に関する論文で「近い未来、現存する職業のうち半分はコンピュータに取って代わられる」との予測が出されたのはわずか3年前のことです。歴史的に見ても、機械によって仕事は人の手から奪われ続けてきました。職人技の領域ですら、次々と機械化されています。この論文では手作業と頭脳作業の軸、並びに定型作業と非定型作業の軸に分類してコンピューター化の予測を立てています。
 アセンブル(組み立て)などの定型手作業が、ロボットに取って代わられることは容易に想像できますし、サラリーマンの日々の事務作業に象徴される定型頭脳作業も、コンピューターのプログラムに置き換えられつつあります。それにより、企業は随分と人員削減をすることができています。と、ここまではすでに過去のことで、今日では、非定型作業も AI(人工知能)に置き換わりつつあるのです。手作業で非定型といえば、車の運転が考えられます。法律やインフラの整備などクリアすべき点はありますが、自動運転の実用化はもうすぐそこの未来です。交通や物流に関する限りかなりの部分がロボットと AI に置き換わるでしょう。
 まだ完全には人手を排除できていませんが、みずほ銀行のコールセンターに AI が採用されたり、店頭の接客にロボット型の AI が採用されたりしています。これらも、随分と企業の売り上げ向上やコスト削減に役立っているようです。また、チェスや将棋とは異なり、その超越した複雑さから「無理だ」と思われていた囲碁の世界でも AI が人に勝ちました。さらに、みずほ銀行に採用されたのと同じ AI はミシュラン1つ星シェフとのコラボで、人類が今まで生み出したことのない組み合わせでコース料理を発明しています。これに、すでに市販段階にある調理型ロボットを組み合わせれば、厨房からかなりの人手が消えていくでしょう。そんな、便利ではありますが、一方で人から仕事を奪うコンピューターが活躍する時代に、人類は足を踏み入れているのです。
 そのように時代は進んでいるのですが、日本人の就職に関する意識は、というとお世辞にも満足いくものではありません。そもそも横並びで幼稚園から小学校へ進み、中・高・大で受験を経験しつつも、勉強に専念すればどうにかなるわけで、日本に育つ子どもたちには、それほど将来を見据えて思春期を過ごす必要がないのです。そして、4月に一斉に就職します。これは日本独特の採用方式で、あまり他国には見られません。それによって日本人の学生にとっての「就職」とは、各種の「受験」とあまり変わらないものとなっているようです。学生が就職したい企業も「外資系」とか「金融系」とか「商社系」であって、特定の職業ではありません。あくまでも、それら「~系」の企業の中で、名の通った会社に雇われたいのです。彼等に「何をしたいからどの会社に入る」という意識は希薄です。そんな彼等の就職事情は、言ってみれば「就職」ではなく「入社」です。何かの職に就くのではなく、どこかの会社に入るのです。
 もちろん、物理学や生物学などの理系に加え、文系でも専門性の高い知識を学んだ学生にとっては、就くべき職種はすでに決まっており、あとはどこの会社でその作業するのか、それを決めるのが就職活動になります。しかし、そんな就職活動をする学生は限られており、大抵の学生は「入社」を目的とした就職活動をすることになります。すると、雇う側からすればどうでしょう。最近、就職希望者を大学・学部名によって振り分けることが「学歴フィルター」などと非難されていますが、専門職へ行かない限りは、どの学生も何の技術も持っていない点では同じです。であれば、優秀な大学からの学生を選びたくなるのは仕方が無い。企業を非難するのは筋違いでしょう。
 先に挙げた恋愛の例と同じです。子どもたちは将来の見通しに関して、ろくな知見を持ち合わせてはいないのです。であれば、子どもの将来という人生の一大事を、彼等自身に丸投げしてしまうのは頷けません。完全にコントロールする必要はありませんが、少なくとも、彼等の未来にどんなことが起こるのか、世の中はどんな具合になっているのか、彼等が豊かに人生を送るためにどんなことが必要となるのか…、そうした心構えくらいは子どもたちにアドバイスする必要があるでしょう。とりあえず中学受験、とりあえず大学受験といった近視眼的な視点ではなく、彼等の人生を鳥瞰してあげ、そして未来を予言してあげる。そんなことができるのは親しかいないのです。そして、それができる点において、親は子に勝っているのです。


| 一緒に未来の話をする。

特集イメージ3 「本人が大学に行きたいと言ったら行かせる。」さすがに本誌をお読みの皆様には、こんなことを仰る方も少ないかとは思いますが、予言しておきましょう。お子さんは必ず「大学へ行く」と言います。どうせ大学へ行くことになり、親がその学費を負担することになるのであれば、学費は抑えたいでしょうし、貴重な金員は有効に使って貰いたいのは当然でしょう。それなら、最初(育児の始まり)から、大学進学を視野に入れて育てていく方が賢明です。
 何も難関大学へ入ることが人生のすべてではありませんし、子どもが選ぶのであれば、どんな生き方をしても良いでしょう。ただ、繰り返しになりますが、世間を知らない彼等には、大した判断はできません。例えば、一体いくら稼ぐようになれば良いのか、彼等には見当も付かないのです。家族揃って海外旅行に出かけるのにはいくらかかるのか、結婚し子どもをもうけるとなるとどれくらいお金が必要なのか、さらに家を買うとなるといくらかかるのか…。つまり、いくら稼げば、いわゆる親世代から当たり前のように与えられてきた生活を、自分たちが設計することができるのか、その点を考えさせない手はないでしょう。
 なぜか日本では、先の異性関係についてと同じく、お金についての話も、家庭教育の場ではタブー視されがちです。しかし、彼等はいずれその大人の世界に放り込まれるのです。泳げない子を海に放り込むようなことをしている、と言っても過言ではないでしょう。お金は、汚い物ではありません。今の世の中、ある程度はお金を稼げることが、豊かに生きるための最低条件です。また、晩婚化・未婚化も時代の流れだと言ってしまえばそれまでですが、恋愛も方法が分からなければどうにもなるものではありません。ひと昔前なら、それは学校の先輩や級友たちと、せっせと語り合ったものですが、最近では友人の間ですらそんな話の機会が減っているようです。しかし、人生で通らなければならない、もしくは通ると思われる道は、あらかじめ知識を与えておくのが良いに決まっています。
 既述のコンピュータ化に晒される昨今、将来どんな職業に就くのかは、今後さらに吟味が必要となります。すでにコンピューターやロボットは、人の手から職を奪っています。直接「コンピュータ化だから辞めてくれ」とは言われませんが、コンピュータ化により人員が不要になると、回り回って「今まであった仕事が減ったな」「再就職がしにくいな」「あまり景気が良くないな」ということになるのです。そんな世の中に向けて、子どもたちと将来の職業について話をし、一緒に彼等の職業を考えてあげることは、彼等にとってこれほど有益なことはありません。
 そして、将来の職業を想像すれば、どんな勉強が必要かも明らかになります。すると、どの大学へ進めば良いのかも見えてくるかもしれません。それが見えれば、中高一貫校を受験するのか否か、今どんな勉強をすべきなのかなど、やるべきことが自ずと明らかになるのです。
 昔は、寿司職人になるためには、中卒で小僧として修行を始めたものでしたが、今では高卒・大卒の職人は当たり前です。つまり、今までは大学へ行かなくてもできた職種にまで、大卒者が知的格闘力を武器に参入してくるのです。もちろん、自分の意思でその道を志す者もいれば、たまたまサービス業に就職してそうなる者もいるでしょう。いずれにしても、今後はどんな就職をするにせよ、競争相手は知力を備えた大学生です。その中で生き残らなければ、ロボットや AI に仕事を奪われてしまうのです。

 未来について、お金について、異性について、行きすぎた教育は必要ありませんが、子どもたちには覆い隠すことなく、適宜指導していく姿勢がこれからの時代には求められます。その際に、親は「経験者」として話をし、また経験に基づいた知識の分析者として、子どもたちの将来にアドバイスをすれば良いのです。そのように親子間で話をする家庭では、子どもたちは大きくなっても、判断に困ったとき親に相談するようになるでしょう。もちろん、それに備えて、親も自己研鑽し、自分の情報力と判断力を高めておかなくてはいけません。まずは、子どもたちとせっせと話をする機会を、積極的に設ける習慣づけから始めましょう。とりあえず、まだお子さんが小さい今のうちは、それほど複雑な問題は起きないでしょうから、安心して他愛もない未来の話をしてみましょう。意外なところから、意外な考えが飛び出してくるかもしれません。そうなれば親の側も勉強になるのです。まずは話すこと。一緒に考えること。これが5番目のアドバイスです。

*参考文献
『若者と労働』(浜口桂一郎)
“The Future Of Employment: How Susceptible Are Jobs To Computerisation?”


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プロフィール

船津 洋(Funatsu Hiroshi)

株式会社児童英語研究所 代表。幼児英語教材「パルキッズ」をはじめ多数の教材制作・開発を行う。これまでの教務指導件数は6万件を越える。卒業生は難関校に多数合格、中学生で英検1級に合格するなど高い成果を上げている。大人向け英語学習本としてベストセラーとなった『たった80単語!読むだけで英語脳になる本』(三笠書房)など著書多数。

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