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2015年03月号特集

Vol.204 | 夢を叶える親の心得

子どもの将来は親の「想像力」で決まる

written by 船津 洋(Hiroshi Funatsu)


※本記事のテキストは引用・転載可能です。引用・転載する場合は出典として下記の情報を併記してください。

引用・転載元:
http://palkids.co.jp/palkids-webmagazine/tokushu-1503/
船津洋『夢を叶える親の心得』(株式会社 児童英語研究所、2015年)


特集イメージ1 受験シーズンも終わり、春から新しい1年が始まります。もちろん「受験などまだまだ先の話」、もしくはご自身にとっての「遠い昔の話」と感じていらっしゃる親御さんも少なくないでしょう。しかし、数年か、十数年後には、目の前のまだ幼い我が子の身にも降りかかってくることです。
 とかく親というのは可憐な存在で、目の前の我が子のことばかり見ています。あんよができるようになれば大喜びし、発語があれば感動する…。そんな我が子の成長を日々見ているだけで、親であることに感謝し、また一方では、親であることの数限りない悩みにも日夜直面します。まさに「一喜一憂」です。
 しかし、育児とは、振り返ってみれば、当時の一喜一憂の心境などすっかり忘却してしまうものでもあります。喉元過ぎれば何とやら。実は悩むほどのことでは無かったのかもしれない…。それほど「子育ての悩み」とは、言ってしまえば「他愛も無い」ことが意外と多いものです。
 もちろん、初めての子育てなら悩むのは当たり前。オロオロと心配するのも当然です。しかし、不要な心配や取り越し苦労から、親子関係や子どもの育ち方に、本来必要の無い「玉に瑕」を残してしまうこともあります。完全なる自信を持って育児をしている方などいないでしょうから、どなたでも少しばかりは、ご自分の育児に「後悔」や「反省」の念を抱いたことがおありのはずです。
 そこで今回は、育児の悩みごとや心配ごとを、少しでも緩和・減少させる方法をご伝授いたしましょう。


| まずは「親の想像力」

特集イメージ2 自分の未来を切り開く、望みを実現していく、そんな生き方のために不可欠なのは「想像力」です。未来をまったく想像せずに、将来の夢すら抱かずに、漫然と日々を送る…、こんな生き方はさぞかし不安でしょう。将来がまったく見えないまま、ひたすら目の前にあることをこなしていくのは、出口の見えない暗闇の中で方向すらわからずに、がむしゃらに歩いているようなものです。もちろん、目の前にあることを黙々とこなすことは大切です。ただ、今目の前にある作業のその先に何があるのか―単に年々老いを重ねる自分があるのか、もしくは、自分の夢の達成があるのか―によって、生きがいも日々の充足感も大きく変わってくるはずです。
 育児も同じ事。漫然と時間に追われつつ日々を過ごすのは辛いでしょうが、その慌ただしい育児の先に子どもの未来が見えているとき、眼前の「大変さ」も報われ、そして精神的にも救われます。
 お子さんの未来を、どこまで想像するか。これは、育児を楽にする―物理的よりも精神的に―ための、最初のポイントでしょう。
 たとえば、医師になりたい、プロスポーツ選手になる、というような具体的な目標があれば、親子共々、毎日を有意義に過ごせることでしょう。もちろん、これは親の一方的な押しつけではうまくいきません。親子間でコンセンサスが整っていることが前提であることは、言うまでもありません。そして、目標を達成するために何が必要なのかを、親子で考え実行しなくてはなりません。具体的には、どの大学で何を学ぶのか、そのためにはどの程度の高校へ進学しなくてはいけないのか、今どれだけの勉強や練習をこなさなくてはいけないのか…。親のアドバイスのもと、子どもが自らの決意で、自らに課した課題を淡々とこなしていき、親もそれを全力でサポートする。親子共に充足の日々を送れます。
 しかし、そんな具体的な夢を描けるのは、ほんのひと握りの幸運な子どもたちに限られます。大抵の子どもにとって、夢とは、抱くことすら難しいものです。それは悪いことでも何でもありません。夢が見つかるまでの間、もしくは具体的な夢が見つかった場合のために、親としては「我が子がどんな人生を送るのか」を少し具体的に考えてやることが必要になります。
 我が子が、自分の就きたい職業を発見したときに、その職業に就くことができれば、子どもたちはより充実した人生を送ることができるでしょう。また、具体的な希望の職業が見つからない場合でも、就職した先で自分のやりがいを発見し、そこで最大限の能力を発揮してリーダーになるような生き方ができたら幸せでしょう。
 しかし、現実はそううまくはいきません。自分の希望する職業に就くことは難しく、自分の希望する会社に就職することも叶わない子が大半です。また、就職してもやりがいを見つけられず、言われたことをやるままに日々を過ごし、いつの日か退職してしまう…。我が国で、就職後3年での退職率が3分の1にもなるのは、そんな子どもたちが多いからでしょう。
 しかし、繰り返しますが、自らの選ぶ職場で、目指す職掌を得ていきいきと働いたり、あるいはリーダーとなり企業の経済活動に貢献したり、そんな子どもたちもいるのです。そして、そんな子に育てるためにまず必要となるのが「親の想像力」です。
 そもそも、夢を見つけること自体も、子ども1人でさせてはいけません。子どもとは、思いつきでものを言うものです。その思いつきを現実のものに育てていくのは、親の想像力と、それに伴う具体的な計画です。子どもが、その計画に沿って課題を淡々とこなしていくことで、夢も叶うでしょう。もし、具体的な夢がまだ見つかっていない場合には、「やりたいこと」が見つかったとき、苦労せずにその夢を叶えられるようなのです。
 「底力」というのは、学力であり、身体能力であり、審美眼でもあります。勉強のできる子に育てて、ある程度以上の運動能力を育み、音楽や絵画などの芸術の分野にも関心を持たせること、つまりは文武両道、加えて芸術です。以上を鍛えて、未来に備えるのです。
 具体的な夢を「プランA」と呼ぶならば、文武両道は「プランB」とでも言えるでしょう。このように子どもの将来を想像しつつ、その達成のために毎日を過ごせば、必ずや子どもたちには豊かな人生が開けることでしょう。


| 「職業」いくつ言える?

特集イメージ3 ところで、子どもたちが口にする「夢」とは一体どんなものなのでしょうか。様々な機関でこの手の調査を行っていますが、小学生男子ではサッカー選手などスポーツ選手、バス・飛行機などの運転手が半数を占めます。女子ではお菓子屋・花屋などの「お店屋さん」や、看護師・教師・保育士などが上位を独占します。もちろん、これは夢のある子の答えで、半数ほどは「夢は無い」と言っていることを見逃してはいけません。
 これを見ていて、子どもたちが世の中にある「職業」をほとんど知らないことに気づかされます。本誌でも何度か触れていますが、オクスフォード大学協力の下発表された「未来の雇用に関するレポート」では「現在、存在する702の職業のうち、半数が近い将来消滅する」などと言われています。私自身このレポートに目を通すまで考えもしなかったことですが、現存する職業が702と数えられている点に興味をそそられます。
 そうなのです。ある職業を知らない人たちにとって、その職業はこの世に存在しないも同然です。知りもしない職業に将来就くことを夢見ることは不可能ですので、子どもたちにとっては、テレビや日常生活で目にしたり触れたりする職業しか、将来の夢にはなり得ないのです。
 ちなみに、読者の皆様はいくつ職業を挙げることができるでしょうか。子どもたちと将来を語るにおいて、やはり親が勉強不足では子どもの知識も偏ってしまいます。我々親には、自ら率先して子どもたちよりも多くの情報を常に摂取しつつ、それを子どもたちに提示していく、そんな姿勢が求められるのかもしれません。


| 「勉強すらできない子に何ができる」

特集イメージ4 本誌や講演会で、しばしば「学力」に関して触れ続けていますが、私自身はとりわけ学歴崇拝者ではありませんし、学力がすべてだとは思ってもいません。当たり前です。私たちは社会の一員であり、この社会の中でしか生きていくことができないので、やはり最終的には社会に貢献できる、もしくは社会に貢献するという自覚を持った人でなければいけません。その上で、さらに学力が必要となるのです。社会から恩恵ばかりを享受して、社会には貢献しない…、そんなわがままな生き方は尊敬されたものではありません。
 ところが、「学力がすべてではない」というとき、「勉強なんかできなくても良い」という、どこかひねくれたニュアンスでもって話す人が世の中には結構いるようです。学力はすべてではありませんが、それと勉強ができなくても良いというのは、イコールではありません。勉強は、ある程度以上はできなくてはいけないのです。人の役に立つ、もしくは社会の役に立つためには、無学よりも博学が好ましいのは言うまでもないでしょう。少々キツい言い方をすれば「学校の勉強すらできなくては、将来の夢どころではない」のです。
 ところで、学校の勉強とは、それほど難しい代物なのでしょうか。高等教育ともなれば話は別ですが、小学校・中学校で教わる程度の内容は、標準的な頭脳を対象としているはずなので、やれば誰でも「できる」はずです。もちろん、頭の善し悪しはあるので、あまり努力せずにできる子もいれば、ある程度頑張ってクリアする子もいるでしょう。もちろん頑張ってもなかなかできない子もいますが、それでもクリアすることが不可能な程の内容ではないでしょう。
 ここで大切なのは、そのための準備です。どうせなら頑張ってもできない子ではなく、少し頑張ればできてしまう、そんな「地アタマ」の良い子に育てておくことです。小さいうちからテレビやゲームに熱中させておくのではなく、色々なところに連れて行ったり本を読んであげたりして、たくさんの情報に触れさせ良い刺激を豊富に与える、そんな育児の姿勢が子どもたちの「地アタマ」を育てていきます。


| 教育は「親の専権事項」

特集イメージ3 また、勉強に関しては、こんなことを言う人もいます。「俺の子だから仕方がない」。…これを言ってしまったら、子どもたちがかわいそうです。子どもたちは、そもそも無限の可能性を秘めて生まれてくる「万能の卵」なのです。それを「私の~」のひと言で、子どもたちの能力を否定してしまうのはあまりにも残酷です。親の能力や学力と、子どもの能力はあまり関係がないのです。関係あるとすれば、「親の能力」の有無ではなく「親の想像力」の多少でしょう。
 人類は、事の善悪は別として進化を続けています。何世代にも渡って、親よりも子が、少しずつわずかずつでも優秀に育ってきたことで、狩猟・採取から生産へと生活の形態を変え、さらに産業革命以降の日進月歩の技術革新により、現在の高度で複雑な社会が構成されてきました。そして、その進化は未だとどまるところを知りません。
 親よりも子の方が、少しでも優秀に育っていく。この積み重ねが大切なのです。そのためには、まず、自分のことは棚に上げることが重要です。「私は私」「あなたはあなた」と親子を別の次元で語らなければいけません。
 「なぜ勉強しなければいけないのか」を問われれば「勉強すらできなくては何もできない」、また「パパ・ママだって勉強できないじゃないか」と言われれば「あなたはあなたです」ときっぱりと答えてやれば良いのです。そして、無限の可能性をもつ子どもたちの将来を想像しつつ、親子一体となって将来の夢について考えてみてください。
 しかし、子どもたちの様子を見ていると、どうも楽しそうではないとか、忙しくて大変そうだとか、はたまた、子どもたちが「イヤだ」と言ったりすれば、心が揺れることもあるでしょう。
 そもそも、勉強は(パルキッズでの英語学習も含め)「教育の一環」ですので、楽しい必要など微塵もありません。学習とは、本来それ自体が楽しいものです。ただ、楽しめる域に達するまでは、苦しいものでもあります。それは、例えば楽器演奏のようなもので、弾けるようになるまでの練習は辛いのですが、一度自由に演奏することができるようになれば、これほど楽しいことはありません。勉強もしかり。歴史の勉強も、最初は名前や年号を覚えたりと辛いことばかりですが、少しずつ知識が増えれば、歴史の流れも理解できてきます。そうなれば、歴史の学習自体が楽しくなるのです。「好きこそものの上手なれ」の伝で、まずは「黙々と取り組ませる」。そうすれば、あとはどんどん加速度がついて捗るようになります。
 教育は「親の専権事項」です。子どもの教育方針を決める「権利」と「責任」は親にあります。祖父母でもなく、もちろん子どもたち自身でもなく、親に全権があるのです。楽しいとか好きとか、そんな気持ちで左右されるべきではなく、親がまずどっかりと構えて、「これが我が家のルールです」と不動の構えを見せてやれば良いのです。その上で、子どもの様子を見つつ、たまにはガス抜きをしつつ、長い目で見て取り組んでいかなくてはなりません。


| 「うちはうち、ひとはひと」

特集イメージ4 それでも、親の心は揺れ動きますね。テストの点数を見て嘆き、検定の不合格を知り落ち込み、しまいには他の子と比べて我が子を叱る…。これでは子どもも居たたまれません。繰り返しますが、親がどっかりと構えていてこそ、子どもたちは安心して日々を過ごせるのです。
 ちなみに、我が家の子育て。私は子どもたちが日々やるべき事をしているのか、彼らに与えられたことを淡々とサボらずこなしているのか、その点だけに最大の注意を払っていました。「このように育てる」と、十年後、二十年後の我が子たちの姿を想像しながら、長い目で見て育児をしてきたので、検定試験に落ちるとか、入学試験に落ちるなどといったことは、ほんの小事に過ぎなかったのです。そんなことは、彼らの長い人生においてさほど重要ではなく、彼らが与えられた課題に真剣に取り組む姿勢があるのかどうか、こちらの方がよほど重大事です。
 これまた極端な話に聞こえるかもしれませんが、そんな我が家では、子どもの学校の通信簿などにはまったく関心がありませんでした。教師からの連絡事項には目を通すとしても、それ以外の評定・評価に関しては、なるべく見ないように心がけてきました。理由はいくつかありますが、言ってしまえば「目が曇る」ことを避けただけのことです。我が子のことは私が一番よく知っている。従って、1~2年で担当を変わる教師の評価はなるべく見ない。「人によって数値化された我が子」を通信簿の中に見ることによって、心が動揺するのを避けたのです。そんな親の姿勢、つまり子に対する揺らがぬ信頼、これを知ってか知らずか、常にやるべき事はやる(…もちろんサボることもあるし、悪さもする、しかし)全体的にはやるべき事を淡々とこなす子どもたちに育っています。ガミガミと「勉強しなさい」などと言ったことはありません。これは、大学院生と大学生になった今日において言えることです。
 少し具体的に言えば、上の子は中学受験で涙をのみ、大学受験でも第一志望の国立には不合格でしたが、今ではその彼を落とした大学で院生として勉強しています。下の子も第一志望の大学への進学は叶いませんでしたが、来たるべき大学院の入学試験に向けて勉強しているわけです。これらも彼らの長い人生にとっては、単なる「通過点」に過ぎません。

 子育てはとかく「近視眼」になりがちですが、できるだけ長い目で見るように、常々心がけたいものです。子どもたちの将来に思いをはせつつ、温かい目で成長を見守ってあげる、そんな想像力を働かせることが、育児を楽にしてくれる最大のヒントなのかもしれません。


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プロフィール

船津 洋(Funatsu Hiroshi)

株式会社児童英語研究所 代表。幼児英語教材「パルキッズ」をはじめ多数の教材制作・開発を行う。これまでの教務指導件数は6万件を越える。卒業生は難関校に多数合格、中学生で英検1級に合格するなど高い成果を上げている。大人向け英語学習本としてベストセラーとなった『たった80単語!読むだけで英語脳になる本』(三笠書房)など著書多数。

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