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2013年10月号特集

Vol.187 | 「発信力」がなければ未来は危うい?!

気づいた時はもう手遅れ!先の読めない時代を生き抜く子育て

written by 船津 洋(Hiroshi Funatsu)


※本記事のテキストは引用・転載可能です。引用・転載する場合は出典として下記の情報を併記してください。

引用・転載元:
http://www.palkids.co.jp/palkids-webmagazine/tokushu-1310/
船津洋『「発信力」がなければ未来は危うい?!』(株式会社 児童英語研究所、2013年)


特集イメージ1 実際のところがどうなのかは別として、ここ数年来の萎縮傾向から解放されつつあるような雰囲気が所々に漂う日本経済。結構なことです。それに伴い雇用も改善して、ご老体はもちろんのこと、特に若者が活き活きと働ける社会にならんことを祈っています。そんな折り、かく言う我が社でも雇用の促進と後進の育成に努めようとしているのですが、これが最近、どうも様子が違う。5年くらい前から「ちょっと妙だなぁ」と感じてはいたのですが、今年になってからというもの様子のおかしさに首をかしげざるを得ないような状況になっています。
 何の話かというと、これが最近応募してくる若者たちのこと。ひと括りにすると「よい子」が多いのですが…。
 もう少し詳しく書きましょう。
 「よい子」とは、学歴も低くはなくて、WEBスキルのトレーニングなども積極的に受けている。十分ではないまでも、まあまあの知識はあるし、教えれば教えたことは出来るようになる。指示を出せば指示を出したことはちゃんと仕事してくれる。
しかし、ただ、それだけなんです。積極的にあれをやろう、これをやろうという意欲があまり感じられない。受け身なんですね。だから、1ヶ月経っても2ヶ月経ってもあまり成長しない。
 彼らを見ていると、「みんなが行くから学校へ行く、みんなが働くから働いている」というような印象を受けます。彼らにとって企業とは学校の延長のような存在なのかなぁ、と考えてしまうほど、根無し草のようにふわふわと漫然と日々過ごしている印象を醸している子が目につくのです。
 こう言うと、世に言う「最近の若者は」的な老人のぼやきと響くかも知れませんが、誤解の無いように付け加えておきますと、我が社の三十代のスタッフたちも、概ね同じような印象を受けているようです。どうも「ぼやき」では済ませられないような、彼らを育ててきた「教育」に何か大きな方向の選択ミスがあったように思えてなりません。
 もちろん当の本人たちに罪はありません。彼らも彼らなりに頑張っているのでしょう。しかし、彼らの行く末に思いを馳せると「大丈夫かいな?」と思わず唸ってしまうのです。
 さて、昨日まで主流だったものが明日には過去の遺物になっている、そんな生き馬の目を抜くような現在。上記のような彼らも、この時代を生き抜いていかなくてはいけません。またさらにその下の世代、本誌をお読みの皆様のお子さまたちが社会に出て行く10年後、20年後には、日本はどのような社会構造になっているのでしょうか。どんな時代を彼らは生きていくことになるのか、今回はそんな、ちょっと先の未来を覗いてみたいと思います。


| 時代は変わる

特集イメージ2 時代と共に「職業」は変化しています。
 わずか150年前、日本の人口は3,500万弱でした。国史の授業で習ったように、それを「士」と呼ばれる1割のお侍さん、「農」である8割のお百姓さん、「工商」と呼ばれ物を作ったり売ったりする人たちが5%ずつ、併せて残りの1割の町人で構成していました。(厳密にはもう少し詳しいようですが、ここでは詳細を記してもあまり意味がないのでザックリとした近似値を記しています)
 明治時代から高度成長期の100年間で、日本の人口は3倍近くになっていますが、面白いことにお百姓さんの人口はあまり変わっていません。ということは、この人口増加分は、第二次産業と呼ばれる製造業や、第三次産業と呼ばれる情報サービス業に、つまり、江戸時代で言えば人口の1割程度しかいなかった「工商」に従事していることになるわけです。
 農業に従事する人は、高度成長期から年々減少して、今ではわずか300万人程です。150年前、人口比で80%いたお百姓さんが3%まで減ってしまったわけです。その分どんどん増えたのが、町人(工商)という図式です。
 近年の日本の労働人口は、ざっと6,000万人弱で推移しています。ピーク時には労働者の3人に1人つまり、2,000万人ほどが工業(製造業・建設業)に、そして同じく3人に1人の2,000万人ほどが商業(情報サービス業)に従事していました。
 これは、90年代半ばから今日までの20年間で変化していきます。工業従事者は減少し続けて、現在では1,000万人まで半減しています。逆に現在も増え続けているのが、商業従事者です。工業と逆に、ここ20年で2,000万人から3,000万人へ増加しています
 つまり、ざっと整理すれば、日本人の労働者の3人に2人はここ20年、製造・建設業または情報サービス業に従事している点は変わりませんが、そのうちの製造・建設業が減った分、情報サービス業が増え、「労働人口の半分は情報サービス業に従事している」のが今日の日本の形なのです。
 150年前には80%を占めたお百姓さんが3%に、逆に5%位しかいなかった商人が50%に…。世の中、随分と変化したものです。


| 発信力が要求される

特集イメージ3 さて、これは一体何を意味するのでしょう。かつての日本は「村社会」などと言われた様に(今でもそう揶揄されますが…)、みんなで仲良く協力しなければ、村での農業は維持できませんでした。灌漑などの土木は一人で出来る作業ではありませんし、その様にして作り上げた財産を親の代から共に暮らしているお隣さんたちと共同で管理するのです。仲良くできないと、村八分になったりします。
 加えて、稲作は漁労や狩猟などに比べて収穫が安定しているので、勢い「変化を望まない安定思考」での生産活動が営まれます。そして、そんな社会では先祖代々の土地(占領軍の農地解放を除く)を脈々と孫子へと繋いでいくことが重要視されるのです。
 ところが、時代は変わって今は商人の世の中です。「村」から「町」へと社会の中心が移ってきました。そうして土地付きの長男でなくても、アイデアひとつ、資本ひとつ、もしくは技術ひとつで暮らしを立てられるようになるのです。その様に起業した人々が社長となり、その社長たちと経済活動をしつつ自らも生活を立てる人たちが社員となるのです。
 ここで重要なのが、会社の運営は農業経営と異なるという点です。会社は物やサービスを売って、その対価を得ることによって成立しますから、つまり何かを売らなくてはどうにもならないわけです。
 もちろん会社も大きくなれば、作る人や売る人だけではなく、会社自体を管理する人も必要になりますが、大前提としてモノ売りである本質は変わりません。どんなに素晴らしいものを作っても、どれほど素晴らしい会社でも、「売れない」ことには存続出来ないのです。
 そこで、どのように売るか、「営業の技術」が重要視されるようになります。いかに商品やサービスが優れていて、それを消費者が買う必要があるのか、その点を世に訴えていかなくてはいけません。
 そこで必要となるのが「言語力」です。「村社会」のように、和を乱さず皆と仲良くやっていくだけではなく、それに加えて発信する能力が必要とされるのです。
 統計でいうところの「販売」従事者を営業職と捉えれば、6,000万人就労者のうち営業職は850万人という数字になるようですが、世の中に600万人いる社長はもちろん営業をするでしょうし、事務職に分類されていても、電話応対などで結果として営業をする人たちは社長の数以上にいるはずです。さらに、宅配のドライバーさんたちでも営業的なことをしますし、我々の業種の教育産業でも、現場の先生が実は一番営業をしているわけです。また建設作業者でも自営の場合には営業しなくてはいけませんし、農業や水産業でも最近はせっせと営業している人が少なく無いように見受けます。こう考えると、人に物を売ることと無縁でいる人たちの方が少ないような気すらします。
 つまり、現代ではほぼ全ての人たちが、程度の差こそあれ、何らかの形で「私どもの物やサービスは優れていますよ」と発信しており、さらにはその能力に磨きをかけることが「町の生活者」として望ましいのです。


| 情報サービス産業が隆盛

特集イメージ4 さて、上記のように日本の産業は、村から町へと(農村型から商工業型という意味で)その活動範囲を移してきましたが、最近では、町型の産業のあり方にも大きな変化が訪れています。
 調べてみると興味深いことがありましたので、ここでプロ野球球団のオーナーの変遷を見てみることにしましょう。
 今から半世紀前、プロ野球球団のオーナーは、「市民球団」の広島と「マルハニチロ(製造)」の大洋を除いて、「毎日・読売・中日・東映」などのメディア系と「国鉄・阪神・南海・西日本・阪急」などの鉄道系に占められていました。
 それが70年代から「ヤクルト・日本ハム・ロッテ」など製造系が鉄道やメディアと代わり始め、また、80年代には小売り・金融の「ダイエー・オリックス」などが鉄道に取って代わり参入します。
 そして2000年あたりから台頭してきたのが、今期めでたくリーグ優勝を果たした「楽天」を始めとした、「ソフトバンク、DeNA」などのIT系企業です。村社会の「出る杭は打たれる」式のいじめにあってしまったホリエモンさんのライブドアが楽天に負けたあたり、未だに記憶に新しいところですね。
 さて、このように、今ではかつての栄華を誇ったメディア系オーナーは中日と読売のみ、財閥鉄道系も阪神と西武のみとなり、製造や、当時は存在すらしなかったIT系企業が、半数以上を占めるようになっているのです
 ここ20年で製造業に従事する人が半分になり、同時に通信サービス業に従事する人が倍増していることは既述の通りですが、その情報サービス業の中でも、特にIT業界が急成長中なのです。
 まぁ、書いていて恥ずかしくなるほど当たり前のことですが、もう少しお付き合い願いましょう。
 思い起こせば、今から遡ること20年前の1994年の4月のこと、教室用のプログラムをご家庭でも使えるようにと開発した『パルキッズ』を発売しました。その1年後の1995年には、パルキッズのホームページを立ち上げました。当時、日本のインターネットユーザー数は1,000万人にも届いていませんでしたから、黎明期ともいえる時期でした。ちなみに現在では人口あたりのインターネット普及率は8割、利用者は1億人を超えています。
 このように、インターネットの爆発的な普及は、ここわずか20年にも満たない期間に起きているのです。通信環境もアナログからISDNとデジタルになり、すぐにアナログDSLに取って代わられ、今では光ファイバーが当たり前となっています。さらにスマートフォンの出現で固定回線ばかりでなく携帯回線を使ったデータ通信がもはや当たり前になり、そのスピードも増すばかりです。この進化の勢いはめまぐるしく、わずか10年前まではアメブロもTwitterもFacebookもLINEも、存在すらせず、スマホでなく、皆がガラケーを使っていたことを考えれば、今日のコミュニケーションの形態が10年前のそれとはまるで様変わりしていることを改めて実感できるでしょう。


| 誰でも発信できるようになった

特集イメージ3 さて、ここ20年のインターネットの爆発的普及。これが一体我々に何をもたらしたのでしょう。
 村から町へと生活の中心が移ったことで、商人的な営業力が求められる様になりました。つまりより多くの人に情報を発信することが求められるようになったのですが、必要に迫られるだけでなく、同時にIT技術の発展によって、誰にでも情報を発信する機会が与えられるようになったのです。
 IT以前には、「発信する場所」は限られていました。人づての営業、名簿を使ってのアプローチ(個人情報保護法で困難になりましたね)、また出版や講演を通して発信したり、メディアを使った広報という形もありました。ただ、いずれにしても、能力や資本力が要求されるので、誰でも出来るというわけには参りません。
 ところが、今日ではSNSを利用して、誰でも手軽に情報を発信できるようになりました。
 例えば、ブログ三強のひとつのアメブロは5年前にはまだ利用者300万人程度でしたが、今では3,000万人を超えているようです。(これは会員数なので、全ての人がブログで発信しているわけではありませんが、発信する人も同じような比率で伸びていると想像するのは間違いではないでしょう)
 当初は芸能人や著名人、そのほか一部の発信者たちがせっせとブログを書いていたわけですが、今日では、普通の人たちまでも日常を発信するようになっています。物作りが出来る人はブログを宣伝ツールとして使うようになりますし、逆にブログから人気が出て出版される本なども増えてきています。またアフィリエイトなど手軽に利用できるので、本業とは別に副業としての活用も目立っています。
 それこそ「1億総商人の世」のこの時代、今までは発信するのは大変でしたが、今日では「営業したい」と思う人たちはこぞってブログで情報発信するようになっているのです。


| 集団から個へ

特集イメージ3 日本国内には600万弱の会社があります。つまり、その会社の数だけ社長がいるわけです。もちろん会社の規模は大小様々。その中でも最も多いのは、従業員数4人以下の小さな会社です。それらが600万社のうちの6割、おおよそ360万社あります。そして従業員数19名以下の会社が全体の9割を占めるのです。意外と小さい会社が多いのですね。(ちなみに付け加えておくと、それら9割を占める従業員数19名以下の会社で働く人たちが全ての会社員の4割ほどです)
 さて、そんな社会構造になっていますが、インターネットの発達によって、どんな変化がもたらされたのでしょう。
みんなが「商人」になり、誰でもが発信できるようにしてくれたIT技術の発達ですが、それが同時にもたらしたのが、仕事の効率化です。
 社長とは忙しいものですね。日本全国、飛び回ったりします。そんな社長のスケジュールを管理したり、みどりの窓口へ行って電車の切符の手配をしたり、旅行会社へ行って飛行機のチケットや宿泊の手配をしたり、そんなことをする「秘書」という職業があります。もちろん大企業の社長さんは今でも秘書を雇っているでしょうけれども、最近は便利になったもので、チケットや宿泊の手配スケジュール管理などは秘書さんがいなくても社長自らが出来るようになってきたのです。そしてついでに社長が自らパソコンに入力することによって、かつては存在した「タイピスト」という仕事もこの世から消滅してしまうのです。
 秘書やタイピストだけではありません。ここ20年で消えていった業種は数えきれません。
 物作りの面から見ると、パソコンとアプリケーションの性能が高まることによって、誰でも手軽にオリジナルの製品を作ることが可能となっています。
 例えば、スマートフォンで撮影した動画を、素人でも簡単に編集することができます。パソコン1台で楽曲の制作も出来るようになりました。「録音スタジオ」は単なる防音の箱になり、そこで生演奏していた「オーケストラ」が消えました。印刷現場ではDTPの技術が進歩することで、現場の職業を奪います。「写植屋」が不要になり、デザインからデータの仕上げまで自分で出来るようになってしまう。終いには「出版社」を通さなくても、誰でも電子出版が出来るようになりました。今までは多くの人の力を必要としていたことが、一人で出来るようになってしまったのです。
 人々の消費行動も変化します。アマゾンなどのオンライン書店の出現により、小規模な町の「書店」はどんどん姿を消しています。画像の世界もデジタル化されることで「写真のプリント(現像)店」が不要になりました。自宅で手軽にプリントアウトできるようになったのですから。また、iTunesStoreなどのオンライン・ミュージックショップの出現で「CDショップ」も激減しました。
 また、実店舗を持たないオンライン・ショップは、経費がかからない分商品を安く販売できます。そして、消費者はお店で実際の商品を見て確かめ、オンラインショップで安く購入することもできます。これでは「お店」はサンプル陳列棚になってしまいます。極端な話、今までは生産者と消費者の間に、卸売業や小売店といった「中間業者」がいたわけです。それが、生産者と消費者がインターネットを介して直接繋がることで、間で物をストックしたり、流通させる人が不要になってしまいつつあるのです。
 このように、パソコンやソフトがどんどん高性能になり、インターネット上のサービスがますます向上し普及したことで、今までは必要であった、流通経済システムの中の様々な中間サービスや、制作現場における技術者などの「人手」が不要な効率化された社会になっているのです。
 つまり、能力と意欲さえあれば、一人でかなりのことが出来る世の中になりつつあると言えます。


| グローバル化が追い打ち

特集イメージ3 冒頭で触れた若者たちに話を戻しましょう。就職活動における最近の彼らの傾向として、もちろん「やりたい仕事が出来る」ことがトップですが、それは減少傾向にあり、「安定している」または長いものに巻かれろ式の「業界トップだから」という安定志向、大手志向が復活してきているようです。
 しかし、現実はなかなかそうはいかない。NECやソニー、最近ではシャープやパナソニックなど学生に人気の企業が次々とリストラを発表しています。さらには、製造系の企業だけではなく電通までもがリストラを行う時代です。
 つまり、学生たちは「安定した社会生活」を送りたいと思っている、懐古主義的・昭和的な、終身雇用・年功序列的な働き方を望んでいる一方で、企業側は、もはやこのような、昭和の感覚からは抜け切っているのです。
 当たり前の話です。少子化により日本のマーケットは縮小していく中、企業は新しいマーケットを求め海外へ進出します。安い労働力を得るための生産現場としてのみではなく、新しいマーケットとしてアジアに拠点を移していくわけです。
 ここに、企業のグローバル化がさらに追い打ちをかけます。もし、同じ技能を有する人が2人いたとすれば、高い人件費を払って粘りがなくコミュニケーション能力の低い日本人を雇うより、安い人件費で粘り強い精神力を持ちコミュニケーション力の高い外国人を雇うのは当然の選択なのです。


| そんな不確定な未来を生き抜くためには

特集イメージ3 日本人の遺伝子には、人との和を重んじる村的な精神がすり込まれています。ほんの数世代前まで、それこそ昭和の時代まではそれで用は足りました。しかし、既述のように今日ではそれに加えて商人的な生き方、情報を発信するタイプの生き方が求められています。もちろん全ての人に求められているわけではありませんが、いつ首になるかとびくびくしながら人に雇われ続けるのではなく、積極的に自分の人生を切り開いていくのであれば、必ず必要となるのが「発信力」です
 ただ、「何を発信するか」という問題が常につきまといます。続いて「いかに発信するか」、です。
 発信する内容が空っぽであれば、発信する意味はありません。逆に内容が素晴らしくても、発信の技術が稚拙であれば興ざめしてしまいます。
 まずは、発信する内容をしっかりと自分の中に育てて行かなくてはいけません。そして同時に、発信技術を磨くことが大切なのです

 世の中の進歩は止まってくれません。私たちが追いつくのを待ってはくれないのです。全ての人たちを拾い上げてもくれません。
 これから技術が進み続ければ、作業はどんどん効率化されます。そして作業が効率化されれば、必要な労働力はどんどん少なくなっていきます
 これは、消極的な見方をすれば「脅威」以外の何者でもありません。しかし、積極的にこの技術を活用する側に立ってみれば、これほど便利な世の中はないのです。
 とある研究に依ると、20年後の時代を生きる子どもたちの三分の二は、現在存在すらしない職業に就く、などと言われています。生き馬の目を抜くような変化めまぐるしい現在。昭和感覚の「和を以て」だけではどうにもならず、平成の「営業力」だけでもどうにもならず、さらには当たり前のように「IT技術」を駆使できるようになり、自らを「発信」していく。そういった能力が必要になることはどうやら間違いなさそうです。
 そんな世の中に、これから放り出されていく子どもたち。そんな彼らが来たるべき未来を力強く生き抜けるように準備を今から整えてやるのも、ひょっとすると親の役割のひとつかも知れません。  さて、長々書いて参りましたが、この記事に関しては「パルキッズ通信2013年1月号」でも似たような形で触れています。是非そちらもご参考にしてください。また、紙数の関係で今回はこの辺にしておきますが、もう少し具体的な子どもたちの発信力の育て方に関しては、また別の機会に触れていきたいと思います。


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プロフィール

船津 洋(Funatsu Hiroshi)

株式会社児童英語研究所 代表。幼児英語教材「パルキッズ」をはじめ多数の教材制作・開発を行う。これまでの教務指導件数は6万件を越える。卒業生は難関校に多数合格、中学生で英検1級に合格するなど高い成果を上げている。大人向け英語学習本としてベストセラーとなった『たった80単語!読むだけで英語脳になる本』(三笠書房)など著書多数。

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