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2013年3月号特集

Vol.180 | がんばればできる!はもう通用しない

エリート教育の早期化と学力低下ですすむ二極化

written by 船津 洋(Hiroshi Funatsu)


※本記事のテキストは引用・転載可能です。引用・転載する場合は出典として下記の情報を併記してください。

引用・転載元:
http://palkids.co.jp/palkids-webmagazine/tokushu-1303/
船津洋『がんばればできる!はもう通用しない』(株式会社 児童英語研究所、2013年)


| 世界に羽ばたく日本人

特集イメージ1 最近、日本から飛び出して世界で活躍する日本人アスリートが増えていますね。ニュース番組のスポーツコーナーでは、そんな話題を耳にしない日ありません。
メジャーリーグにサッカー、ゴルフ、テニスにスケートをはじめとするオリンピック競技の数々で、日本人の活躍がとても目立ちます。
メジャーリーグひとつ取ってみても、これは凄いことだというのが分かります。50年前にはメジャーリーグで活躍する日本人など皆無でした。90年代の半ばに、野茂英雄選手が日本人歴代2人目のメジャーリーガーとなったことはまだ記憶に新しいのではないでしょうか。その後、渡米する選手は増え続け、今日では20人近くもの日本人がメジャーリーグで活躍しています。
サッカーも同じですね。90年代に三浦知良選手が海外リーグで活躍しているのを観て「ああ、日本人もここまで来たか」と頼もしく思った記憶があります。そのサッカーでは、今や日本代表チームのメンバーは、ほぼ海外のリーグで活躍する程、日本人の海外進出は当たり前のようになっています。
ゴルフの石川遼君やテニスの錦織圭君も世界標準のプレイヤーですし、オリンピックでのメダル数もどんどん増えてくるのを観ていると、同じ日本国民としては嬉しいし、頼もしいし、誇りを感じます。
それだけ日本人は優秀になってきているのかもしれません。…いや、どうなのでしょう?

ここで、疑問です。果たして「日本人」は、世界標準になっているのでしょうか?
確かに一部のアスリート達の世界での活躍は目立っていますし、世界で戦える選手も増えています。しかし、それは日本人全体のアスリートとしてのレベルが上がっているから、相対的に優秀な選手が増えているのでしょうか?
日本人全体のレベルがどんどん上がっているので、私たちは日本人でいるだけでよい。それだけで私たちのレベルも、私たちの子どもたちのレベルも、どんどん上がっていくのでしょうか?それなら安心ですね。


| 早期エリート教育

特集イメージ2 日本では「エリート」と言うと、「エリート階級」などという言葉に表れるように何となくネガティブなイメージがありますね。歴史をさかのぼって、日本を戦火に叩き込んだ軍上層部のエリートたちを想像する人もいるのかも知れません。そんな人たちは「エリート」という言葉に極端なまでのアレルギー反応を示し、そのような雰囲気が、世間一般の「反エリート教育」への気分を醸造してきたのかも知れません。そして、それがそのまま「反早期教育」へと繋がります。
もちろん、教育は個人の自由、親の専権事項ですので、エリート教育をしたくなければしなければ良いまでのこと。逆に我が子をエリートに育てたいと考えるなら、エリート教育を施せばよいのです。
「エリート ‘elite’」とはラテン語の ‘elegare’ 「選ぶ」に由来することばで「選ばれた人」と言う意味。単純に他人より「より選りすぐれた人」という意味です。 さて、スポーツの世界でのエリート「選ばれし人々」と言えば、既述のようにたくさんの名前を挙げることが出来ます。つまり、彼らはエリートなのです。そんな彼らをエリートと呼ぶ時には「嫌味な」とか「鼻持ちならない」または「国をめちゃくちゃにしてしまう」などという感慨はないはずです。
では、彼らはどのようにしてエリートになったのでしょうか
高校球児がプロ野球の選手になれる確率は0.2%と、当誌でも引用した記憶があります。つまり高校球児の500人に1人しかプロへはいけないわけです。では、どのような子どもたちが、その0.2%の選ばれし人々なのでしょう。
才能のある人?もちろん才能は必要でしょうね。人より努力した人?もちろん人並み以上の練習が必要です。では、才能があって練習すればよいのでしょうか。そうすれば0.2%になれますか?
仮にここで、お子さんをプロ野球の選手に育てようと思った場合、皆さんならどうします?子どもがやる気を起こすのを待ちますか?子どもの努力に任せますか?「為せば成る」の精神論で子どもたちに「頑張れば出来るよ」と励ましますか?
もしくは小さい頃からキャッチボール三昧。常にバットとボールで遊ばせる。機会があれば試合を見に行く。少しでも早くからリトルリーグに所属させ、週末は練習。平日も身体を動かす練習をさせるでしょう。スパルタとまでは行かないまでも、生活の中に野球があふれてくると思います。
そして、可能であれば少しでも良いチームへ、少しでも良いコーチにつけたいと願うようになるのではないでしょうか。リトルリーグで力をつけて目立つ選手になれば、さらに上を目指して心置きなく野球が出来る環境に、少しでも良い環境で野球に取り組める中学や高校へ進学させようと思うのは自然です。
その様にして、親からのフルサポートを受けながら育った結果、めでたく500倍の狭き門をくぐり抜けプロ野球の選手になれるのでしょう。 ところが、これはあくまでも「プロ野球の選手になれる」ということであって「イチロー」になれると言うことではありません。つまり、メジャーリーグ級になるためには、相当恵まれた環境、親から与えられる環境、身体的な優位性、さらに運にも恵まれないといけないのです。
そんな恵まれた子、つまりエリート教育を受けている子がいる一方で、例えば中学から目覚めてプロ野球の選手になろうと志した子がいたとしましょう。これを後者とします。前者と後者、どちらが有利ですか?どちらの方が、成功する確率が高いですか?言うまでもありません。前者に決まっていますね。


| エリートが増えている

特集イメージ3 これは野球ばかりではありません。サッカー然り。ゴルフも、テニスも、スケートもそうです。ありとあらゆるスポーツで活躍している子どもたちは、単に頑張ったのではなく、単にラッキーなのでもなく、かなりの高確率で早期エリート教育を受けているのです
世間一般が風潮として「エリートなんかいらない」と言っている間に、せっせと我が子にエリート教育を施している親たちがいます。そんな教育を受けた子たちが一流のアスリートとなり、世界へ羽ばたいています。そして、その様なエリート教育を施す親が増えているので、日本人の一流アスリートのニュースを目にする機会が増えているのです。
こうしてみると、エリート教育を嫌う「頑張れば出来る流」の精神論の信者たちが、エリート教育によって育っていった日本人の活躍を観て「日本の誇り」と歓喜しているのは皮肉なことですね。
さて、日本人全体として「スゴイ人たち」になっているのではなく、一部のエリート教育を受けた子たちが「スゴイ人たち」になっている。では他の日本人は?そう。これが問題です


| 二極化

特集イメージ4 一部のエリート・アスリートたちが、世界へ羽ばたく程の優秀さを示す一方、日本人全体はどうなっているのでしょうか?文科省が統計を取っている「子どもたちの体力・運動能力」の推移を見ると、昭和の時代からあまり変わり映えしません。向上が見られる取り組みもあれば、低下もある。日本人の運動能力の国民的な底上げが、今日の一流アスリート急増の直接の原因ではないことは明らかです。 つまり、今までは「ドングリの背比べ」、昭和の頃までは皆同じような身体能力で、大差がなかったわけですが、ここのところ急激に飛び抜けて優秀な人が増え、結果として取り残された普通の人との差が二極化してきているのです。
と、スポーツの話をして参りましたが、「うちの子はプロスポーツ選手になるワケじゃないから関係ないわ」とおっしゃる方もいらっしゃるでしょう。しかし、ちょっと待ってください。この極度の二極化は、スポーツの世界に限られた話ではありません。教育の世界も、着実に二極化の道を辿っているのです
英検の受験者の動向にも二極化の傾向が表れています。ここ10年で中学生の英検受験者数が20%減と、減少を続けているのです。
英検といえば、中学時代には皆さんも受験されたでしょう。最近、その中学生が英検を受験しなくなっていて、割合にすれば4人に1人しか英検を受験していないのです。理由は、想像するに「大学全入」。希望すれば誰でも大学へ行けるご時世です。もちろん一流大学へは行けませんが、高校3年間、勉強なんかしなくても、AOで大学へ進学できる。これについては後述しますが、つまりは子どもたちの学習意欲が低下しているのです。英検の受験者数の減少が、学習意欲の低下、さらには全体的な学力の低下を婉曲に表していると言えるのです。
同時に、中学生の1%が英検の2級以上(準1級・1級を含む)を受験しています。中学生で、すでに高校生並みに出来る子が増えているのです。まさしくエリートですね。では、このようなたちは中学から英語をスタートしたのでしょうか?
そうではありません。それを小学生の英検の受験者数の近年の動向が証明しています。中学生の英検受験者数が減少する一方で、小学生の受験者数はここ十年間300%増と急激に増え続けているのです。しかも、小学生で3級以上を受験する子が100人に1人は存在するのです。
さらに中学生の指導を長年行ってきた経験から言わせていただければ、中学からの英語学習のスタートでは中学卒業までに準2級が精一杯です。
つまり、中学生のうちに2級以上受験する子どもたちは、小学生かそれ以前に早期英語教育を受けていてる。つまり、小学生で3級以上を受験する1%の子どもたちが、そのまま中学校へ行って英検の2級以上を受験する1%なのです。
学力は二極化して、さらに固定化しているのです


| 大学全入時代

特集イメージ5 日本人の9割に英語は不要、などという本がありましたが、そんなタイトルは日本人に安心感を与えますね。事実、英語教育に携わりながら、こんな事を言うのもなんですが、私もほとんどの日本人に英語などという代物は不要と考えています。
「優秀な2割」と「普通の8割」に二極化している今日。「普通の8割」…学力が低下し続けていて、つまりひと昔前の「残念な1割」に相当する今日の「普通の8割」で満足ならば、英語など全く不要です。ただ、学力において少しでも上を目指すのならば話は別。「英語は関係ない」などと言っている場合ではありません
少子化が進み、さらに大学進学率が高まり、望めば誰でも大学へ進学できる「大学全入時代」に突入して数年が経ちます。学力が低くても、誰でも大学へ入れるわけです
大学側も、生き残りをかけて生徒獲得に必死です。自然、一般受験に耐えられないような学生もAOなどの推薦で大学生になります。先日の日経新聞では、一般入試の子とAO入試の子の、高校3年生9月時点での勉強時間数のアンケート結果が掲載されていましたが、一般入試の子が1日平均4時間弱勉強しているのに対して、AO入試の子は平均2時間と少し。1時間未満の子が半数弱を占め、さらに全く勉強しない子が16%もいるそうです。
なるほど、大学も二極化の道を着実に歩んでいるわけです。高3の9月で勉強していないのなら、高1や高2では勉強するはずがありません。そして、そんな大学生たちに、高校3年間ですっかり忘れてしまった「中学レベルの英語」から教え直さなくてはいけない。大学の現場の先生方には、お気の毒で仕方がありません。ひと昔前は「大学受験時が英語能力のピーク」という表現が、大学生の質の低下を表していましたが、今ではAOで入試する子たちの多くが、「高校受験時が英語力のピーク」などと揶揄されるのかも知れません。
さて、そんな大学入試。「少子化」=「全入時代」=「誰でも大学へは入れる」=「誰でも難関校に入れる」とこんな図式を思い浮かべる方も、少なからずいらっしゃるようです。東大・京大は無理でも、早慶なら行ける。早慶が無理でもMARCH(難関私大グループ)ならいけるだろう、と気楽に考える方も多い。ところがどっこい、現実は全くその逆の様相を呈しているのです。
かつての「高校からでも頑張れば大丈夫」の伝が通用しなくなってきているのです
なぜって?
簡単な話です。スポーツの世界同様に、学業の世界でも早期エリート教育が行われるようになっているのです。小学校高学年の10人に1人が英検を受ける。つまり、小さい頃から「頑張って勉強する少数派」と、AO入試で象徴されるような勉強しない、ゆとりを持って生活している、「呑気な大勢」に二極化しているのです。 大学全入時代とは言え、東大・京大や超難関大の早慶、難関大のMARCHにしても、「定員」というものがあるのです。全入時代だから、みんな難関校に入れるのではありません。それどころか、早期からエリート教育に励む親が増えていて、そんな親たちは難関校を目指している。つまり、勉強する2割の子どもたち、もしくはそれ以上に勉強しているわずかなエリートたちが、しのぎを削って難関大を目指しているのです。一方で小中を遊んで暮らし、高校生になってようやく大学入試を目指す子どもたち。どちらが一流の大学への切符を手にしますか?言うまでもありませんね。最初から勝負にもならないのです。


| あの頃は良かった

特集イメージ3 「俺が出来たんだからこの子も出来る」「英語なんかはやる気になったら始めれば良いんだ」「頑張ればどうにかなる」。
昭和の時代は平和でしたね。学力は平均的で、エリートなんかいませんでした。早期教育する家庭も少ない。自ずとドングリの背比べ状態で、中学へ進み、高校入試が初めての試練。それでも、学生たちの学力に大差はありませんでした。
つまり、「頑張ればどうにかなった」これは事実なのです。英語なんかは、中学から始めてもどうにかなった。コレも事実です。ただ、全ては遠い昔のこと。昭和に思いを馳せれば、それでも良いのでしょう。
しかし、時は平成。しかも、一部の親たちはせっせせっせとエリート教育を実践しています。これからの子どもたちは大変です。いざ、頑張ろうと思った時には・・・ライバルたちはもう視界にも入らないくらい、ずうっと先を走っているのです
小学校時代、毎日3時間勉強した子がいたとしましょう。一方、全く勉強せずに小学6年間を過ごした子がいたとしましょう。この両者が、仮に東大を目指した場合、どちらが有利ですか?
つまりはそういうこと。一事が万事、この原理が働いているのです。
昭和のドングリの背比べから、平成の二極化へ。子どもたちを取り巻く環境はずいぶんと様変わりしました。そんななか旧態然とした精神論、「為せば成る」式の昭和の論理を子どもたちに押しつけるのは可愛そうではありませんか。


| では、どうしたら良い?

特集イメージ3 昭和から平成へ、総中流から二極化へと時代は変わっても、変わらない物があります。それが大学入試制度。
現行の大学入試制度で、最も重要視されるのが英語の存在です。大学入試センター試験でも、国語と並んで他教科の倍の200点の配点です。私立でも英語が勝負を決します。
センター英語の平均点は、相も変わらず120点前後。でも、センターの英語なんて簡単なんです。実際、超難関大学へ行く子どもたちは、センター英語などは楽々こなしています。これで190点とる子と120点の子がいれば、その差は70点。この点差は、もう他の教科では埋めがたいですね。つまり、日本の大学入試の場合、英語でいかに高得点出来るか。これでほぼ勝負は付いてしまうのです
センターの英語は簡単だ、と書きましたが、事実簡単です。ただ、従来の「文法」と「単語の丸暗記」型の学習ではせいぜい頑張っても150点が関の山。まぁ75%取れれば悪い方ではありませんが、これでは難関校には届きません。やはり、英語はほぼ満点取れるだけの力をつけておかねばなりません。ではどうすればよいのか?
この点に関しては、本誌でも繰り返し触れています。幼児期にやっつけてしまうか、小学校卒業までに準2級を取らせてしまう。これが一番楽で、コストがかかりません
どうせ中高と、英語の塾で毎年毎年百万単位で消えていくことになります。それらならば、幼児期に、小学生のうちに、少々のコストをかけて、英語をやっつけてしまうのが得策なのは明かですね。


| 先延ばしにしない教育

特集イメージ3 英語を「先延ばし」にする理由はいくらでもあります。「経済的な余裕がない」「時間がない」「やるべき事がありすぎる」。それはそれで結構なことですが、それで英語を先延ばしにするのは大問題です。
幼児期に英語をやっつけてしまえば、小学生、しかも低学年のうちに英検準2級が取れる。つまり中学入学時に、すでに英検2級に手が届いている状態です。ということは、中学を卒業するまでに準1級はクリアできる・・・つまり、一流の国立大学に手が届くのです。
これを少し先延ばしして、小学生からの英語のスタートになると、中学に入るまでに準2級が精一杯。中学受験があるならば3級止まりです。これだと、英検準1級取得は高校生へと先延ばしになる。すると、一流どころの国立大にはなかなか手が届かない。結果として、早慶などの一流私立大学を目指すことになるでしょうか。
さらに、中学まで英語を先延ばししてしまうと、どう頑張っても中学卒業までに英検の準2級が関の山。すると、東大には手が届かないどころか、早慶も厳しくなる。するとMARCH止まりとなる。
学歴が全てと言うつもりはありません。ただ、いつ英語をスタートするのかが、直接、目指せる大学のランクと関係しているのは事実です。1日延ばしにすることで、どんどん大学の、そして、お子さんの未来の選択肢は狭まっていきます。
今、目の前で取り組んでいる幼児・小学生の英語教育。つまりは、通える大学に直に響いてくるとご理解いただき、日々取り組んでいきましょう。英語はもはや「プラスアルファ」の習い事ではないのです。早めにやっつけてしまいましょう。


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プロフィール

船津 洋(Funatsu Hiroshi)

株式会社児童英語研究所 代表。幼児英語教材「パルキッズ」をはじめ多数の教材制作・開発を行う。これまでの教務指導件数は6万件を越える。卒業生は難関校に多数合格、中学生で英検1級に合格するなど高い成果を上げている。大人向け英語学習本としてベストセラーとなった『たった80単語!読むだけで英語脳になる本』(三笠書房)など著書多数。

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